第63話 道程


 ルーファスはこれまでの事をオリビアに聞いた。


 ウルスラと夢で会えなくなってから、どんな生活を送ってきたのか、どうなってこの王城の下働きの仕事をする事になったのかを。


 思うように生きられず、翻弄されながらもここにたどり着いた事を知り、そしてフューリズとして、慈愛の女神の生まれ変わりとしてルーファスと共に生活する事になった経緯を話して聞かせたのだ。


 オリビアは終始涙ながらに話し、王都の呪いを取り除いていった事も話した。



「王都の呪いを、か?! ウルスラが一人で?!」


「はい……自身から光の粒を放ち、その粒が呪いを吸収したらウルスラ様に戻って来るのです。その呪いを体に取り入れた時、ウルスラ様は身体中の痛みに襲われて……」


「だからよく体調を崩して休んでいたのだな?」


「そうです。ルーファス殿下の呪いも早く取り除きたいと、よく仰っておられました。ですがなかなかお会いになられないので、それも出来ないと……」


「そんな事をしてくれていたのだな……」


「ルーファス殿下に力をお渡しになられてから、髪も瞳も色を変えていき……ルーファス殿下が呪いに侵されて運び込まれた夜、髪はもう真っ白に……それでもウルスラ様は嬉しそうで幸せそうで……何よりもルーファス殿下を気遣っておいででございました……」


「ウルスラ……」


「そのお名前はルーファス殿下から貰った名前だからと、フューリズと呼ばれるのは仕方がないと分かってはおられたのですが、私と二人の時はそう呼ばれることを嬉しく思われていらっしゃいました」


「私は何も知ろうとせずに……何も聞こうともせずに……!」


「ルーファス殿下に名前を頂けた事、勉強を教えて貰った事、食事を用意して貰った事、生活に必要な物を頂けた事、そして……一緒にいられた事に恩を感じておられました……辛い時も苦しい時も、ルーファス殿下との思い出があったからこそ頑張ってこれられたと……ですからルーファス殿下の為になるならと、フューリズ様を名乗る事を承諾されたのです」


「全ては私の為に……私の方こそ、ウルスラには助けられたのだ……ウルスラの健気に生きる姿を見て、自分も頑張らねばと思えたのだ……」


「ウルスラ様が贈られた薬草の花……いつもルーファス殿下がいらっしゃらない昼間にウルスラ様は手にされて……そして歌を歌われていたのです。そうすると花は更に光輝き……その時だけはウルスラ様の体調も良くなられて……ですから薬草の花を持って出られたのだと思います。それを手にしなければ、歩く事すら困難だったと思いますので……」


「ウルスラは大丈夫なのだろうか……そんな体で一人で、一体何処に行ったというのか……」


「分かりません……分かりませんが……時々独り言のように、あの森へ帰りたいと悲しそうに仰ってました……」


「あの森の……あの小屋、か……」


「ルーファス殿下、もしかしたらウルスラ様はそこにおられるのかも知れません! どうか……どうか見つけて差し上げてくださいましっ!」


「分かった。オリビア。今までありがとう。ウルスラの力になってくれて……」


「私の事など……!」



 そう言ってまたオリビアは涙した。


 涙脆かったんだな、とルーファスは思った。


 視界がハッキリしてから出来ることが多くなり、書類整理に追われ執務室に籠りっぱなしだったルーファスは、今こそあの森を探す時ではないかと考えた。


 そして逃げたフューリズを探さなければならないとも思った。放っておけば、必ずまたここに来て騒動を起こす。復讐の女神とはよく言ったものだと、その事実に妙に納得できた。やはりフューリズはそうだった。あんな奴が慈愛の女神の生まれ変わり等、ある筈はなかったのだ。


 ではフューリズは今何処にいるのか。


 地下から逃げ出した後、近隣の街や村へ巡り、人々を操っていたのだろう。あの力さえあれば、簡単に人を従わせる事は可能であり、自分の思うままに生活する事は容易かったのだと推測できる。


 意に沿わない者には容赦なく罰を与える。それも自分の手を汚さずに、だ。


 やることが汚い。フューリズの事は一ミリたりとも理解等出来ないし、しようとも思わない。


 フューリズが生まれ育った環境は、本来ウルスラが得るはずのものだった。それに胡座をかき、慢心し、それでも自分は不幸だと言い意に沿わない事があれば処罰を与え排除する。


 実に傲慢で醜悪だ。


 フューリズの事を考えると、いつもルーファスの心は荒れてしまう。それはフューリズの呪いなのかどうなのか……


 しかしウルスラの事を考えると、心が穏やかになっていく。これが慈愛の女神の力なのか? いや、それだけではない。そうではない筈だ。そう思い直しながら、ウルスラに出来うる事を一頻り考える。


 

「オリビア、また夜に食事の用意をしておいて貰えるか。リュックに食材や衣類等も……」


「もちろんです! いつまたウルスラ様と夢でお会いになれるか分かりませんもの! あ、それと……手紙を書いてもよろしいでしょうか?」


「あぁ。届くかどうかは分からぬが、私も手紙を書こう。気持ちを伝えたいのでな」


「はい!」



 ルーファスはその後、ウルスラを探す事に専念した。フェルディナンは、力の殆どが譲渡されたのであれば、もう慈愛の女神の生まれ変わりは守らなくても良いのではとの考えだったが、それには流石にルーファスは憤りを隠せなかった。


 利用するだけ利用して、必要なくなれば放置する等、あってはならない事なのだ。

 ウルスラを探させないのであれば、継承権を放棄すると言ったルーファスに、フェルディナンは仕方なく自由にさせる事を承諾したのだ。


 それと同時に、フューリズの捜索にも力を入れるように告げた。それにはナギラスとリシャルトが請け負った。

 フューリズがヴァイスを殺害し、そして地下から脱走された事に責任を感じているのもあったが、ルーファス以外ではリシャルトしかフューリズに対応できる者がいないからだというのも理由だった。


 フューリズがいた街や村には瘴気が漂っている。それを見抜けるのは高度の聖魔法を使える者のみとされている。


 ナギラスもリシャルトも、何処の国にも属する事はなかったのだが、ここまで関わって放置する事が出来なかった為、こうして協力してくれているのだ。




 王都が魔物に襲われフューリズが王都から逃げ出した時……


 フューリズは魔物の脅威に晒されながら、一人走りながら思った。


 自分には誰もいない。操る事は出来ても、自分を本当に慕い共にあってくれる人等いない。そんな思いに駈られていた。


 今までしてきた事を思えば当然の事なのだが、フューリズにはそれが理解出来なかった。自分は当然の事をしてきたのだ。裏切られて憤るのは当たり前で、それに罰を下すのが悪い事だとは思えない。

 

 慈愛の女神の生まれ変わりとして育てられたフューリズはプライドだけは人一倍高く、そうでは無かったと分かってからも、培ったものは簡単には覆らなかったのだ。


 こうして逃げ出している自分にも苛立っていて、何一つ満たされなかった事が許せずにいた。


 走って襲いくる魔物を倒しながら、なぜ自分は一人なのかと、悔しい思いでいたその時。



「フューリズ様!」



 自分を呼ぶ声が聞こえた。思わず立ち止まって声のする方に顔を向けると、そこにいたのはローランだった。



「ローラン!」


「フューリズ様、何ですかその髪色と瞳は?!」


「えっと、これは……」


「とにかく、ここは魔物がいて危険です! 安全な所までお送りします!」


「あ、ありが、とう……」



 久しぶりに会えたローランは、以前と同じように優しかった。


 そうしてローランに守られながら、フューリズは王都を出たのだった。





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