第56話 ウルスラの変化
ルーファスにほぼ全ての力を渡してしまったウルスラは、体力が著しく低下し思うように動けなくなってしまった。
それでもあの時、ルーファスと愛し合った事に後悔なんてなくて、全てを欲するように自分を求めてきたルーファスを愛しく感じた事は喜び以外なかったのだ。
まだ何処かに呪いが蔓延っているのかも知れない。呪いを奪った時の、あの体を襲う激痛をルーファスには味わって欲しくない。だからウルスラは浄化の力だけは渡したくは無かった。
今ウルスラにあるのは、その浄化の力だけだった。
それが命を繋ぎ止めることとなった。
自分はもう、長く生きる事は出来ないかも知れない。ウルスラは何となくそんなふうに感じていた。
でも、それで良かったのかも知れない。愛する人に恩返しが出来て、自分も愛して貰う事が出来た。ルーファスであればこの国を良くしてくれる筈だ。だからこれで良かったのかも知れない。
そんなふうに考えて、一人部屋で過ごす日々を送ってていた。
それでも自分が動けない事で迷惑をかけたくなくて、ベッドから出て部屋を歩くようにして体力をつけようとする。だけどすぐに疲れて体を休めなくてはならなくなる。
オリビアは心配して、体に良い食べ物とかウルスラの好きな食べ物を用意してくれる。けれどあまり多く食べられなくて、いつも申し訳ない気持ちになった。
ルーファスがいない間に薬草の花をオリビアは持ってきてくれるのだが、その花がある時は体が凄く楽になる。歩いても疲れが残らない。
お礼に歌を歌うと、花も嬉しいのか花びらをユラユラと揺らすのだ。
そうやって綱渡りのようにウルスラは命を永らえているようにオリビアは感じた。
この状況をルーファスに言おうとしても、それはウルスラにきつく止められる。こんな情けない姿を晒したくはないと思っているようで、頑なにそれを拒んだのだ。
ウルスラのそんな僅かな願いを、オリビアは聞くしか出来なかった。
そしてこんな状態であっても、ルーファスの寝室で一夜を共にしてから、ウルスラは幸せそうに微笑むのだ。
その笑顔を見ると、オリビアはいつも切ない気持ちになってしまうのだった。
そんな折、ウルスラの様子に変化が起こる。
いつもより多く食事を摂ろうとし、それが無理をしているようにも感じられる。部屋を歩いて体力をつけるようにするのも、疲れてもなかなか止めようとしない。
それでもいつもより幸せそうにしているのだ。それにはオリビアはもしやと思う事があったのだが……
一日の大半をオリビアはウルスラの事を心配して考えるようになり、何をしていても気が
「オリビア? どうした? お茶が溢れているぞ?」
「え? あ、申し訳ございません!」
「何か考え事でもしているのか? 最近物思いに耽っている事が多いように感じるぞ?」
「あ、いえ……」
「何か気になる事でもあるのか?」
「あ、はい、その……あの、もしも、ですが……フューリズ様がご懐妊されたら……ルーファス殿下はどうなさいます、か?」
「フューリズが? それはあり得ん」
「な、何故でございますか?!」
「私はフューリズとの子を成す等、考えられぬ。自身に結界を張り、子が出来ぬようにしていたのだ。奪う事が出来ても、こちらからフューリズの体に影響を及ぼす事は何も無い」
「そうなのですか?」
「屈辱と苦痛は与えたかも知れんがな」
「そう……ですか……」
「なぜそんな事を聞く?」
「あ、いえ……! その、もしフューリズ様がそうであったらと考えてしまいまして!」
「そうであれば、フューリズは不義をしたという事だろうな。あの者なら……やりかねん、か……」
「そんな事は……!」
「もしもの話をしていても仕方がない。それで、フューリズの様子はどうなのだ? 父親の見舞いにも一度も訪れていないと聞く。まぁ、行っても会えんが、それでもあれだけ慕っていた父親を心配一つせんとは……」
「それは……思うところがあったのだとは思うのですが……」
「最近、お前はフューリズを庇うような言い方をするのだな。絆されでもしたか?」
「そうでは! ……いえ、そうかも知れません……私はフューリズ様が憐れに思えてならないのです……」
「憐れ、か? お前はフューリズに髪を焼かれ顔に傷をも受けたのに、か? それを許せると申すのか?」
「今は……恨んでおりません」
「そうか……気持ちは分からなくもない……」
「え……」
その時扉がノックされ、執事がブルクハルトが永眠した事を知らせに来た。
それをオリビアがウルスラに告げに行く。
ウルスラはそれを聞いて、悲しそうに目を伏せた。
「ウルスラ様、アメルハウザー様はこの王城で葬送されるのが良いだろうと、国王は仰られておいででございます。明後日に葬送の儀がございますが、参列される事は可能でしょうか?」
「えぇ……私、お見舞いにも行かなくて……薄情だったね……」
「それは仕方がございません! ウルスラ様の体調を考えれば、赴く事はできませんでしたから!」
「でも……私のお父様だもの……実感はあまり無かったんだけど、会うたびに私に優しくしてくださって……私はどう接して良いのか分からずに、いつも他人行儀にしてしまって……も、申し訳……なく、て……」
「ウルスラ様……お泣きになってください。誰もウルスラ様を咎めたりしませんから……」
「それは出来ないの……泣いたら……恐ろしい事が起こるから……」
「恐ろしい事……とは?」
「いいの。泣かない。泣いちゃダメだから泣かない。それでも……お父様は許してくれるかな……?」
「ウルスラ様を許さないなんてある筈ございません! あんなにウルスラ様を愛しく思われていたんですから!」
時々、ウルスラに会いにブルクハルトはやって来ていた。その度に装飾品やドレス、王都で流行りのお菓子等を持ってきて、ウルスラを喜ばせようとしていた。
父親という存在自体知らずに育ち、親からの愛情も得る事が出来なかったウルスラは、ブルクハルトに甘える事一つ出来なくて、いつも緊張しながら接していたのを思い出す。
それでもブルクハルトはそれを優しく見守ってくれていて、無理に親子である事を強要しようとはしなかった。ウルスラのペースに合わせて自然と親子となれるように心掛けていたのだ。
こんな事ならもっと自分から歩み寄れば良かった。そう後悔してもそれは遅く、悲しみは胸を襲うけれど涙を流す訳にはいかなかった。
ルーファスの部屋で過ごすようになって、力を渡すようになってからは外出する事は殆どなく、誰にも会わないようにしていたウルスラだったが、ブルクハルトの娘フューリズが慈愛の女神の生まれ変わりであり、黒髪黒眼の少女である事を知る上層部の者は多い。
今ウルスラは、髪は青みがかってはいるが真っ白で、瞳は美しい空色であった。外に出ることもないから肌は白く、何もかもが白く見えて、痩せて儚げな感じに見える。
オリビアはその姿に心を痛めてしまう。それでもいつも笑顔を絶さないウルスラの力になりたくて仕方がなかった。
「ウルスラ様、見てください! 私、髪が生えてきたんです! まだ凄く短いんですけど、もういつものウィッグは必要ないので、これを黒く染めたんです! 明日の葬送の儀には、このウィッグを被ってくださいね!」
「え……良いの? それ、オリビアの大切な物なんじゃないの?」
「良いんです! もう隠さなくても良いので! それより、ウルスラ様は黒髪だと思われております。お顔はベールで隠せますが、黒髪は自然に見えた方がよろしいかと。これで皆が安心なさいますよ」
「ありがとう……オリビア……ちょっとどうしようか悩んでたの」
「それならば仰ってくだされば良かったんですよ! 余計なお世話にならずに済みました! 良かったです!」
「いつも……オリビアには良くして貰ってばっかりで……本当にありがとう……」
「お礼なんて必要ないですよ。それより喪服として黒のドレスを国王様から賜りましたが、少しサイズが大きいようですので、詰めて縫い直しますね」
「そのままで大丈夫だよ?」
「それでもウエストがかなり緩やかですので、ここを詰めた方がシルエットが綺麗になります。すぐに済ませますから……」
「いいの。あまりここはきつく締めたくないの」
「それ、は……なぜ、でしょうか……」
「うん……えっと……それは、ね……」
「もしかして……お子様が……」
その言葉に、ウルスラはお腹を優しく両手で覆いながら嬉しそうにゆっくりと頷いた。
オリビアも嬉しくなった。が、ルーファスが言っていた事を思い出す。
フューリズだと思い、ルーファスが夜に部屋に来ていた時であれば、子が出来る事はないと言っていた。
それでも子が出来たと言うのであれば、ルーファスの寝室で一夜を共にした時の……
でもこれをルーファスにどう説明すれば良いのか……
オリビアはまた一人、思い悩む事になってしまったのだった。
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