第47話 救われる


 オリビアがルーファスの寝室に薬草の花を戻す。


 オリビアだけが不在時に寝室への入室を許可されていて、シーツを替え清掃するのはオリビアの仕事であった。

 だから薬草の花を持ち出す事は可能だったが、許可もなく勝手に持ち出した事を申し訳なくも思っていた。


 それでも、ウルスラにこの花を見せた事は良かった事だと、後悔はしていなかった。

 なぜなら、花は一回り大きく成長し、今までよりも光輝いていたからだ。


 ウルスラの歌声で花の様子が変わった。もしかして、その効果も向上しているのではないかとオリビアは期待した。

「また明日も? うん、いいよ。ね? オリビア?」

と笑って言うウルスラに、また花から歌をねだられたのだと悟った。

 それが効果を向上させるのであれば、毎日歌を歌って貰った方が良いとも思った。だから快い返事をしたのだ。


 ルーファスの寝室から戻ってウルスラの部屋に行くと、一人で勝手に簡素な服に着替えを済ませたウルスラから、オリビアはまた強引なお願いをされる。



「ねぇ、オリビア、やっぱりこれから王都に……」


「ダメです! 今日は大人しくしてくださいと申し上げた筈です!」


「でも、結局スラムにも前の職場にも行けなかったし……あ、じゃあ、王都に行かないから、前の職場に行きたい! それなら王城だから良いでしょ?!」


「それは……ですが……また外出なさるとルーファス殿下が……」


「私、皆にお別れもお礼も言えずに来ちゃったの。だからそれだけでもさせて欲しいの」


「そうでしたか……」


「昨日みたいにはならないよ! ね?!」


「分かり……ました」


「やった! ありがとう! オリビア!」


「あ、ですが……ウルスラ様がフューリズ様と知られてはならないので……やはり……」


「じゃあ、会わないで様子見るだけにするから。ダメかな……?」


「それならば……」



 つくづくウルスラには甘いなと自分でも思うが、こうやってお願いされてしまえば、これ以上断るなんてオリビアにはできなかった。

 ウルスラが言うのはワガママとは言えないレベルのもので、フューリズのワガママと比べれば雲泥の差である。だからこんな可愛い申し出を断ってしまうのが申し訳なく感じてしまうのだ。

 そして今日も顔が分からないようにベールの付いた帽子を被っての外出となる。

  

 部屋から出ると、また部屋の前にいる騎士に止められる。今日は王都じゃないと話し、一緒についてきて欲しいと告げると、また嬉しそうに頷いた。


 王城の一階、西側にあるゴミ処理場。そこには王城から出たゴミが溜められており、その周辺は悪臭が漂っている。

 それにはオリビアも騎士も眉間にシワを寄せ、鼻を押さえて何とかその悪臭に耐えようとしていたが、ウルスラは平気な様子であちこちへ行って様子を見ていた。


 休憩中なのか、人の姿は見えなかった。


 ウルスラは一際悪臭を放つ場所へ行き、大きな容器の蓋を開ける。そこには前にウルスラが生ゴミを利用して作った堆肥があった。その近くにはウルスラの作った小さな畑もあった。

 


「あ、ちょうど良くなってる。これ、誰か引き継いでくれないかなぁ……あ、野菜収穫しなくちゃ。あぁ……育ちすぎてる……」


「このようなお仕事をされていらっしゃったのですか?」


「え? うん。人が生活してたらゴミは必ず出るでしょ? だから大切な仕事でしょ?」


「そうですが……」


「生ゴミでね、堆肥を作ってたの。ルーに借りていた本に載っててね、それで試してみたらちゃんと出来たの。それで畑を作らせて貰ってね、野菜を育ててたの。でも……それももう出来ない、よね……」



 しょんぼりした顔をするウルスラだったが、すぐに顔を上げてニッコリ笑う。



「ねぇ、王城の周りを見てみたい! 良いでしょ?!」


「え?!」


「王都には行かないよ? この周りを見てみたいだけなの。ね?」


「……少しだけですよ」


「ありがとう! オリビア!」



 王城で仕事をしていたとウルスラから聞いていたけれど、まさかこんな仕事だったのかとオリビアは驚きと切なさの面持ちでウルスラを見詰めた。

 それでも王城での仕事にありつけた事を嬉しそうに話していたウルスラを思い出し、それ以前はもっと過酷だったのだと悲しくなってきた。

 そのウルスラの細やかな願いを叶えないなんて出来る筈もなく、王城の周りを歩く事にした。


 辺りをキョロキョロ見ながら、嬉しそうにウルスラはズンズン歩いていく。その後を置いていかれないように、オリビアと騎士は必死についていく。

 昨日の事等無かったように、ウルスラは楽しそうに足取り軽く進んで行った。そうやって暫く行くと、眺めのいい庭園が現れた。



「凄く綺麗なお庭だね! 見て! オリビア!」


「あぁ、走ってはいけません! 

 

「あ、ここ凄く綺麗! お花がいっぱい!」


「……っ! ここは……! ウ……フューリズ様、もうそろそろ帰りましょう?!」


「え? あ、オリビア、疲れちゃった?」


「え、えぇ、そうでございます。フューリズ様がこんな所まで来られたので疲れてしまいました」


「じゃあ、ここで少し休ませて貰おう? ほら、彼処にベンチがあるよ!」


「あ、いえ! それはなりません!」


「どうして? あ、ここは誰かのお家なの?」


「あ、その、は、い、左様でございます! ですから……」



 そこはフューリズの邸だった。ここで働く人達皆フューリズに操られている状態であり、今は仕える主人がいない状態にも関わらず、いつもと変わりなく自分の仕事をこなしている。


 フューリズが捕らえられ帰って来なくなり、フェルディナンはこの邸で働く者達を解散させようとしたのだが、誰もが何を言われても耳を傾ける事なく、自分に課せられた仕事を静かに全うするのみだったのだ。

 それにはフェルディナンもどうすれば良いのか迷っていたのだ。


 そして、そこで働いていたオリビアにとっては、この場所は二度と足を踏み入れたくない場所であった。


 

「大丈夫。オリビア、大丈夫だからね」


「で、ですが……」 



 戸惑うオリビアにウルスラは優しく微笑んで、そっとオリビアの手を取って庭へと入って行った。


 庭師はウルスラ達を見ても、何事も無いようにいつも通りの作業を続けている。


 それは掃除をしている人もそうで、まるでそれしか見えていないかのような態度で過ごしている。


 オリビアは辺りを恐る恐る見渡しながら、ウルスラに引き摺られるように進んでいく。


 怖かった。


 髪を燃やされる以前も、オリビアはフューリズに酷い仕打ちを受けていた。体罰は当たり前、食事抜きも当然のようにおこなわれ、それでも逆らうことも出来ずに、日々怒らせないように怯えて仕事をしていた事は昨日の事のように思い出される。


 髪を燃やされた時、熱さと痛みと恐怖で逃げ惑う自分を見てフューリズは高らかな声で嘲るように笑ったのだ。

 その声は耳にまだこびりついていて、記憶と共に甦ってくる。


 そんな心情から思わず強引に足を止める。


 これ以上進むことが怖くて出来なかったのだ。


 ウルスラはそんなオリビアを見て両手で手を繋ぎ優しく笑って、それから昨日のように光輝いて、雪のように光の粒を降らせた。


 それは邸にいる人々に、屋外、屋内関係なく降り注ぐ。


 昨日と同じ現象に、オリビアは辺りを見渡す。それは美しく幻想的で、ずっと眺めていたくなる光景だった。

 そんな中、ウルスラは優しく歌い出す。それは薬草の花に聴かせていた歌だった。


 さっきまで怖かった。苦しくて悲しくて辛い思い出ばかりのこの場所にいたくなくて、今すぐにでも逃げ出したくて、怖くて怖くてどうしようもなかった。

 そして、髪を焼かれたからだと言ってこの邸から逃げ出したような形になって、残された皆に会わす顔がないとも思っていた。


 けれど、今はそんな思いが嘘のように無くなっていく。あの時の頑張った自分を誇りに思えてくる。どんなに辛い目にあっても、髪を焼かれるまで逃げ出そうとしなかった事を褒めてあげたくなる。

 フューリズは厳しかったけれど、他の皆は優しかった。共に戦う同士のように感じていた。他の皆とは楽しい思い出もあった。

 それを全て、髪を焼かれたあの日から忘れてしまっていた。


 涙が溢れて止まらない。


 辛い事ばかりに目を向けて、心配してくれていた人々から自分を隠すように生きてきたのは自分自身だった。自分で自分を殻に閉じ込めていたのだと漸く気づいた。

 

 涙は止まらないけれど、自分の中から淀んでいた物が吐き出されるような感じがして清々しい。いつになく気分は晴れ晴れとしていった。


 いつの間にかオリビアはウルスラと見つめ合って笑っていた。

 

 凄い。本当にウルスラは凄い。


 オリビアがそう感じていた次の瞬間、また濁った光の粒がウルスラの元へと帰ってきて体の中へと入っていった。

 その衝撃で倒れ込みそうなウルスラを、オリビアと騎士二人でしっかり支える。


 そのまま、またウルスラは部屋へ運び込まれる事となってしまった。


 ウルスラ達が去った後、フューリズの邸にいた人達は呪いから解放されていた。自我を取り戻すことができた。

 

 しかし、王都の時のような暴動は起きなかった。それはウルスラの紡ぎだした旋律が皆を癒したからだった。


 そうしてフューリズの邸にいた人々は、長く苦しめられた呪いから一瞬にして解放されていったのだ。


 暴動は起きなかったものの、フューリズへの思いは根強く残ったそのままで……

  

 

 

 

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