第44話 会えた
ルーファスがフューリズと婚姻を結ぶことに承諾した。
王命とは言え、無理にそうさせるのと、自らそう望むのとは訳が違う。だからその事をルーファスから聞けた事がフェルディナンは嬉しかった。
これできっと二人は幸せになれる。自分がしたことに間違いは無かった。そうフェルディナンは思った。
そしてルーファスの申し出により、ウルスラはすぐにルーファスと生活を共にする事となった。
元々のルーファスの部屋にウルスラが住まう事になったのだ。
ルーファスの部屋は広々とした居間があり、寝室、書斎、客間、別室、浴場、収納部屋等があり、そこだけで生活するのに何も不自由しない。
ウルスラの持ち物は殆どない。けれど、着替えや装飾品や小物等、フェルディナンが用意した物は多く、それが持ち込まれると収納部屋はいっぱいになった。それにはウルスラは、自分がした訳ではないのに申し訳なく思ってしまう。
ウルスラの部屋は別室となり、そこにもウルスラ用に真新しい家具が持ち込まれた。そのどれもが美しさを放っていて、曲線を描くように作られたその家具は、職人が時間をかけて丁寧に作り上げた物だと素人目からしても分かる程だった。
あれよこれよと変わっていく自分の環境になす術もなく、ウルスラはただ流れに身を任せるように従っていった。
今までもそうだった。抗おうとしても上手くいった試しがなかった。だからその時々で、自分の出来る事を全力でしてきた。今回もそうだ。
だけど今回は今までと違う。ルーファスの傍にいたいと思った。それが叶ったのだ。
ここに来るまで自分を助けてくれたルーファスを、今度は自分が助けるのだ。そうできる事も嬉しかった。
しかし、喜んでばかりはいられない。あの黒い霧は隙あらばルーファスの身体の中に入り込もうとする。それを何とかしないといけない。
そうは思っても、ウルスラはあれからルーファスと顔を合わす事ができないでいた。
ウルスラの部屋だとあてがわれたこの場所から出る事を、極力禁じられてしまったからだ。
「用がなければ外に出るな。必要な物は侍女に申せ。全て届けさせる」
そう言ったルーファスは、ウルスラの方を見ようともしなかった。それからウルスラは、一日の大半を自室で過ごすことになった。
食事も一人で部屋で摂る。侍女もなるべく近づかないように言われているようで、呼ばなければ部屋に来てくれる事すらない。
まるで囚われの身。籠の中の鳥のような状態。
それでもウルスラは、ルーファスの傍にいられる事がなにより有り難かった。
昼間はルーファスは何処かに行ってる事が多く、部屋にはルーファスの気配は感じられない。けれど、陽が暮れるとルーファスか帰ってきたのが分かる。そう感じられるのが嬉しくて仕方がないのだ。
傍にいるのに会えない。部屋から出てはいけないと言われ、誰と会うのも監視がついてしまう。
ルーファスがここまで警戒する人物。それがフューリズだったのか。そうウルスラは悟った。
ルーファスの言った事を考えると、フューリズがルーファスにあの黒い霧を纏わせた張本人。言わば、呪いをかけたという事だ。それで目も見えず話す事も出来ず……
あの時黒い霧を少し取り除けて、ルーファスは話せるようになった。だからあの黒い霧を全て取り除けばルーファスは元気になれる。だけど自分を拒否するルーファスとどう向き合えば……
部屋での過ごし方は主に読書だ。話し方や立ち居振舞いの講師の教授を受けるのに、別の場所へ赴く事はあっても、それ以外は殆ど読書に時間を費やしている。
読む本が無くなれば図書室へ行き、新たに本を借りてきてまた読書。そうやって足りない知識を吸収していった。
しかし極力外出禁止とは言え、扉が施錠されている訳ではなかった。出入りは問題なくできたのだが、実は強力な結界が張られてあって、ウルスラは部屋から出られない状態にはなっていた。
けれど、ウルスラにはそれは効果がなかった。その結界は簡単に解除でき、出入りに何の支障もなかったのだ。
日中は侍女が待機しているのみで、ルーファスの姿はない。
生活が一変してから部屋に籠るばかりになっていたけれど、ウルスラには気になる事があった。勿論、ルーファスの事も心配だったが、自分がしてきた仕事とスラムの皆の事だ。
「極力外出はしないようにって言われたけど、外に出ても良いよね……だって用があるんだもん」
部屋からそっと出ると、居間には侍女がいた。ウルスラを見ると、どうしたのかと駆け寄ってくる。
「フューリズ様、いかがなさいましたか?!」
「え? えっと、王都に行こうと思って……あ、それと前の職場にも行きたいかな?」
「なりません!」
「どうして?」
「それは……ルーファス殿下から……そう言われております……」
「でもルーは用が無ければって言ってたから、用があれば良いって事でしょ?」
「そう、ですが……」
「あ、じゃあ、一緒に行こう! えっと、貴女の名前は……」
「オリビアでございます。ルーファス殿下につかせて頂いております侍女でございます」
「オリビア……オリビア?!」
「えっ?! はい!」
「わぁ! 会いたかった! 会いたかったの、貴女に!」
「えっ?! な、何ですか?!」
自分を見て嬉しそうにニコニコ笑うフューリズと呼ばれた少女を見て、オリビアは困惑していた。
フェルディナンより、この少女をフューリズと呼ぶように、そしてフューリズとして扱うようにと言われている。
しかし、この少女がフューリズでない事をオリビアは勿論知っている。自分の髪を無くしたフューリズの顔を忘れる筈もない。
だが、フェルディナンよりこの事は絶対にルーファスに言ってはならないと言われている。それはルーファスの為であり、この国の為である、と、そう諭されたのだ。
王から直々に声をかけて頂ける事すら叶わない侍女という身分の自分に、王命だと言われてしまえば逆らう事等できなかった。
そんなフューリズの身代わりの少女が、自分の事を知っているかのように言う。オリビアはこの少女に会ったことがないのに、なぜ自分を知っているのか疑問に思った。
「あの時はありがとう! ルーがね、オリビアが用意してくれたって言ってたの! いつもリュックに色んな食材があって、凄く助かったの!」
「え……な、に……一体……何の事を……」
「あ、服……それもルーに謝りたかったの……取られて売られちゃったから……」
「……! もしかして貴女は?!」
「あ! ……こんな事言っちゃいけなかったかな……私今、フューリズだもんね……」
「ウルスラさんですか?!」
「覚えててくれたの?!」
「あぁ……っ! やっぱり! しかし何故こんな事になってらっしゃるのですか?!」
「えっと……なんか色々あって……」
オリビアは驚いた。まさかこんな事が本当に起こるだなんて信じられなかった。そして、ルーファスが見た夢を、ウルスラも共有している事実に驚きと嬉しさが込み上げてくる。
それからウルスラは、夢を見れなくなった経緯を話した。街に行って捕らえられ、山にある採掘場で働いてた事、そこで事故が起きて逃げ出し、村を転々としながら生きてきた事、その後行商人に拾われて、王城で働く事になった事を掻い摘まんで話して聞かせた。
オリビアは終始涙をボロボロと溢し、嗚咽をあげて泣いていた。それにはウルスラは申し訳ない気持ちになってしまう程だった。
そして、自分がフューリズと名乗る経緯も話して聞かせると、またオリビアは泣き崩れる。本当に涙脆い人なんだなぁ……って、ウルスラはオリビアを暖かく見守るしかできなかった。
「ルーファス殿下は……ずっと今でも……ウルスラさんを気にかけていらっしゃって……就寝前に食事の用意をするのも、リュックに食材を用意するのも、今も変わらずされておいででございます……!」
「そう、なんだ……私の事、覚えててくれたんだね……」
「勿論でございます! あの頃……目が見えなくなり声が出なくなり、手も震えてしまい何をするのも人の手を借りる事しか出来ないご自分に苛立ち、自暴自棄になっておられたルーファス殿下の心の支えは、ウルスラ……様との日々があったからでございます!」
「そんな大袈裟なもんじゃないよ。私こそ、いっぱい助けて貰ったもの。あの夢でルーに会えたからね、一人でいてもね、寂しくなかったの」
「ウルスラ様……」
「ここがね、ルーの部屋だって、すぐに分かったの。何だか懐かしく感じて、それだけでも嬉しかったの」
「そうでしたか……そうでしたか……」
「もう、私の事で泣いちゃダメだよ? ね?」
「ですが……お痛わし過ぎて……」
「私はほら、こうやって元気だよ? それよりね、ルーが心配なの。呪いがかかってるの」
「呪い?! 呪いでございますか?!」
「うん、多分。それがね、目が見えなかったりさせてたんだと思うの。でもね、あれはそのままにしてちゃいけないと思うの」
「それはそう、ですね……ですが……フェルディナン陛下はルーファス殿下がああなってから、何人もの医師に診せ、祈祷師、呪術師にも診て貰い、何とか出来ないかと手を尽くされたのです。ですがそれでも変わる事なく……」
「うん……よくは分からないけど、凄く強力な呪いでね、ルーファスを黒い霧が纏ってるような感じなの……それはフューリズって人がしたとルーファスは思ってて……」
「フューリズ様であれば、そうされるのは納得致します」
「え? そうなの?」
「そういう方なんです。意に沿わない者がいれば罰を与えるのは当然とばかりに……」
そう言うと、オリビアは自分の被っていたウィッグを取り外した。それを見てウルスラは驚愕の表情を見せてしまった。
「そ、れは……」
「私が結い上げた髪型が気に入らない。そう言われて私の髪を焼いたのです。それからは髪は生えなくなりました。少し顔にも火傷の痕が残りましたが、そんな私をルーファス殿下が助けてくださったのです」
「酷、い……」
「そういう方です。私はまだ良い方です。腕や脚を斬り落とされた者、目を潰された者、耳を聞こえなくされた者や声を失った者もいますよ。そのどれも、機嫌を害されただけの理由でございます」
「…………」
それを聞いてウルスラは何も言えなくなった。そこまでする人だったなんて……ルーファスが
「外出するな」
と言うのは、
「これ以上被害を出すな」
そう言ってるんだと分かったのだ。
思わず涙が出そうになるのを何とか堪える。そして、オリビアの火傷の痕が無くなれば良いのに。そうウルスラは思った。
その途端、ウルスラから白い光が表れ、それがゆっくりとオリビアを優しく包んでいった。
突然の事で驚いたオリビアは何も言えずに光に包まれるがままになったが、それは心地よく暖かで、そのままずっと身を委ねていたいと感じられるものだった。
光が無くなってからハッとしたオリビアは、何があったのか、自分に何か起こったのかと辺りをキョロキョロ見渡して、自分の頭や顔を撫でてみた。そこにはケロイド状となっていた火傷痕が無くなっていて、元の綺麗な頭皮へと変わっていたのだ。
「こ、これは……どう、してっ?! ウルスラ様が?!」
「え? あ、うーん……よく分からないけど、治れば良いなって思って……」
「あ、ありがとうございます! 顔にあった火傷の痕も無くなってるようです! 本当にありがとうございます!」
「ううん、そんなの全然……髪も生えたら良いんだけど……」
「そこまでは望みません! これだけでも充分でございます……!」
またオリビアは涙をボロボロ流して嗚咽をもらした。
早く泣き止めば良いのになぁー……
ウルスラはニコニコ笑いながらそう思って、オリビアの背中をナデナデしながら見つめていたのだった。
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