閑話 委員会と警察 ~それぞれの考え方~

―――――警察署



 瑞希と凛華を保護し、彼女たちの両親が迎えに来るのを待っていた警察官———伊藤 博は自分がパトロールのタイミングでこんなことに巻き込まれるとは思いもよらなかったが、2人が思ったよりも普通でよかったと感じていた。



 彼は数日前に突発型ダンジョンが地元で発生したと通報を受けたときは巻き込まれなくてよかった、と思っていたが、その後は騒動になり周辺地域の人も集まり他の人が興味本位でもダンジョンにはいならないようにダンジョンの穴の周りを警備することになった。



(ダンジョンなんて縁もないと思っていたけどこんな近くに発生するなんてなぁ…。自分も落ちないようにしないと)



彼は内心ビクビクしながら警備をしていた。すると、彼が警備を始めた初日の夜に色々と荷物をもった女子高生ぐらいの身長の女性がダンジョンに向かって突っ走って来て、あまりに突然だったので制止の声をかけるも間に合わず、突入を許してしまった。



(ヤバいなぁ…、初日にこんなミスをしてたなんて知られたら怒られるだろうなぁ…)



 彼は自分の保身のために上司には何も言わずに交代の時も何も問題がなかったと報告をしていた。



 そして、何事もないまま警備を始めて数日が経ち、この日も前の人と交代で夜にダンジョンの穴があったと思われるところに行くとまさかの立ち入り禁止にしていたところに不審な人影が2つあるのを見つけたのだ。



「君たち、そんなところで何をしているんだ!」



(また自分が担当するときに面倒ごとかよ…)



 彼は内心ではどうしてこんなに自分のタイミングばかりで何かあるんだと不幸を呪い、手元の懐中電灯で2人を照らすとそこには、女子高生が2人いたのだ。


「あ、すいません。今から帰ろうと思っていたんです」



「今から? 今が何時だと思っているんだ? それにそこは…、ってあれ、そこにはダンジョンの穴があったはず…。それにその恰好…」



 彼は自分が警備をするはずだった場所の穴がなくなっていることに気が付き、もう一度よく2人を見ると、1人は刀を腰に下げ、もう1人は大きな剣を背中に背負っているではないか。


 彼はこの状況から導き出される答えは1つしかないと思い、話を聞くと、やはり彼女たちはこのダンジョンを攻略して出てきたようだった。



(ヤバいなぁ…、まきこまれたのは1人という話なのにもう1人も一緒に出てきちゃったよ…。無事でよかったけど、どうするかなぁ)



 彼は話を聞きながらどうしたものかと判断に苦しんだが、とりあえず先輩に丸投げしようと近くの所に連絡をして彼女たちを保護して両親に連絡を取るように言った。



「えっと…、すいません」


「ん、どうしたんだい?」



 彼は先輩から迎えに行くという連絡を受けてその場で提起していると、1人が申し訳なさそうに声をかけてきた。



「私と凛ちゃん、いえ、彼女もダンジョンにしばらくいたのでスマホの電池がなくて、連絡が取れないんです」


「なるほどね。それなら僕のを貸してあげるよ」



 彼は酸いって自身がいつも使っているスマホを取り出すと、彼女に貸した。



「あ、ありがとうございます」



 彼女は彼のスマホを使って両親に連絡を取ると、無事に繋がったようでいろいろ話していた。



「あの~、すいません」


「どうしました?」


「もしかして、あの日も警備をしていましたか?」



 もう1人の女子高生が彼にそう尋ねてきたのだ。彼はその言葉にギクリとして、おそるおそる話しかけてきた女子高生をよく見ると、あのとき制止の声が間に合わずにダンジョンに突入をした相手だということが分かった。


「あ、ああ。あの時の子か…」



 彼は上ずった声でそう答えると、彼女も気まずそうにしながら質問をしてきた。



「もしかして、あの時のことで怒られてしまいましたか…?」


 彼はこの質問にどう答えるべきかと悩んだが、嘘をつくのではなく、正直に話した方がいい可能性もあると思い、報告すらしていないことを伝えた。すると、



「なるほど…。それなら交渉の余地もありますね」


「交渉?」



 彼女はいったい何を言い出すつもりなのかと思い、そう口に出すと、彼女は自分と取引をしないかと持ち掛けてきた。


「あの日は私があなたの隙をついて突入したことにしてほしいんです。例えばトイレに行っていたタイミングに…、とか」


「それは僕としても願ったり叶ったりですが、それをする見返りは…?」



「私たちはダンジョンで多くのものを得てしまったのでそれを隠すのに協力をしてほしいんです」


「はぁ…」



 彼はどういうことかわからず空返事をしてしまい、彼女も具体的に話さないとダメかと思い、まだもう1人が電話をしているのを確認すると、どういうことか説明をしてくれた。



 要約をすると、これから警察でも委員会でも嘘の証言をしまくるつもりだから見逃してくれということだそうだ。特にバレたらまずい道具をいくつか手に入れているからそれを秘匿するのには協力をしてほしいということだ。



 彼はその程度で自分の失態を誤魔化せるならフォローぐらいしてやるかと思い、それを了承した。


「取引成立だね」


 彼女はニヒッと悪いことをするような笑いを浮かべるともう1人から彼のスマホを受け取って家に連絡をしていた。



(もしかしたら今危ない橋を渡ろうとしているのかもな…)



 彼は自分の選択がもしかしたら間違いかもしれないと思いつつも取引成立といわれたからにはうまく話を合わせて彼女たちに不利益を被らせないようにうまく立ち回ろうと思いつつ、先輩の到着を待った。



 それから警察署では事情を聞かれたり、もう1人はいつ入ったのかということも話に上がったりしたが、彼は自分がトイレに行って目を離した時間があると言い、その隙をついたと彼女———武藤凛華は答えていた。


 それからダンジョンで何を手に入れたかということが話に上がったときは武器と回復用の薬で既にそれらは使ってしまったと答え、彼もダンジョンから出てきた彼女たちは武器以外には片方の子———黛瑞希がスクールバッグを所持していただけで他には何も所持していなかったと伝えた。


 もちろん念のためスクールバッグの中身も確認したが、事前にバレたらまずい道具———マジックバッグをスキルで隠すところを伊藤は見ていたが、何も見ていないと答えた。



「ご協力ありがとうございました。私たちからは以上ですが、そろそろ、あ、来ましたね。ダンジョン委員会でも似たようなことは聞かれると思いますし、もしかしたらそれ以上に詳しく聞かれるかもしれませんので、頑張ってください」



 無事に取り調べを終えると、彼は入り口まで彼女たちの見送りをした。



(あ~あ、やっちまったなぁ…、バレたらどうしよう)



 彼は彼女たちを見送るとそんなことを考えていた。



「おい、伊藤」


「は、はい、何でしょうか」


「なんで敬語何だ? 何かやましいことでもあるのか?」


「いえ、そんなことは…。それよりも何です? 自分に用ですか?」



 彼はいきなり話しかけられたことで動揺してしまったが、それを隠すように相手の要件を聞こうとした。


「ん? ああ。彼女たちはどうせこれからいろいろと厄介なことに巻き込まれそうだからな。委員会の連中もどうできるかわからないし、しばらくあの子たちの面倒見てくれってさ」


「はい?」


「んじゃ、伝えたからな」


「ちょ、ちょっと、先輩!?」



 伊藤はもしかしたら自分が何か貧乏くじを引かされたということを察し、詳しい話を上司から聞くことになり、とんでもないことに巻き込まれたと再度自分の不幸を呪うのだった。






―――――ダンジョン委員会



「何? この前の突発型ダンジョンが攻略された? それは本当か? うん、ああ、話は分かった。それならその小娘2人をここに連れてきてくれ」


 久喜はそろそろ残業も終わるというところで部下からの電話があったことに舌打ちをしつつ電話に出ると、突発型ダンジョンが攻略されたことを聞かされた。



 彼はダンジョンという場所に対しては仕事の道具としてかなり使える、儲けられるものだと考えて以前勤めた企業を退社して委員会に所属をすることにして、それまでに鍛え上げてきた営業スキルで今の地位に上り詰めた男だった。




 そして、それなりの時間を待たされてダンジョンを攻略したとされる女子高生たちがついたという連絡を受けた。



(さて、どんなスキルや道具を使って攻略をしたのか。まぁとにかく俺のためにいろいろ利用させてもらわないとな)


 彼はそのようなことを考えながら部屋で待ち受けていると、部屋がノックをされてきた人物たちに入るように促した。



 そして、はいってきた人物を確認すると、強気そうな女子1人と弱弱しそうな小さな女の子1人が父親を連れて入ってきた。



「よくきたな。ダンジョン員会久喜支部の、久喜 伸平だ。立ち話もなんだからそこに座ってくれ」


(ちっ、父親連れか…。それなりに真面目な対応をしないといけねぇじゃねえか)


 彼は内心を悟られないようにビジネスのために鍛え上げた丁寧な対応で席に座るよう促した。



 そして、いろいろと話を聞こうと声をかけたところで、強気そうな女———武藤凛華はとんでもないことを言い放った。



「要求は簡単よ。私と瑞希、私たち2人にダンジョン関係者がこれ以上関わらないこと、これが条件」



情報を話す条件としてこんなことを言ってきたのだ。久喜はなぜこんな条件を、と思わずにはいられなかった。



ダンジョンでの成果を上げる冒険者がいれば彼らの評価が上がるのはもちろんだが、そこの支部に所属をしたものが優秀だという評価にも繋がることがあれば本部から久喜への覚えがよくなるのだ



そう言ったこともあって優秀なダンジョン探索者を確保しようとしていたにもかかわらず、委員会には所属をしないし、今後関わるなと要求してくるという小娘に対して怒りが起こらないわけがなかった。


これが普通の探索者であれば軽く上から脅しをかけて、金をチラつかせれば今まではうまくいったのに真面目そうな父親も連れてきていることから無茶な要求もできず、委員会にも所属をしていないから強制力を働かせることもできない。



どうすれば自身の利益に繋がるか頭の中で考えながら感情論に訴え出て交渉を進めようとするが、それも通用せず、もう1人に守られているのか一言も発しない方の女に目を付けたが、こちらは他の探索者にまるで興味もないというような素振りで会話もぶった切られてしまった。


(こいつら…。彼はもたらされて情報だけでもいい報告が上にはできそうだが、勧誘は失敗じゃねえか! こいつらを俺の駒にできれば俺は甘い汁が啜れるってのに何で俺のものにならねえんだよ!)



久喜は何か情報を秘匿されていることはわかるが、それが何であるかは全く予想をすることもできなければ、聞き出す手札もなかった。



挙句の果てに明日は授業があると言ってそのまま録音をしたと思われるスマホを片手に帰られてしまった。




「畜生が…っ!」



 彼は室内で机を思いっきり叩くと、そのように吐き捨てていた。



 貴重な戦力を確保できず、戦利品である武器を買いたたくこともできず干渉もできない約束を交わされて、彼としても話対取引しかできなかったという感じだった。


「舐めたマネしやがって…、だが、俺は諦めねえぞ…。あいつらを利用すれば俺の名が挙がるってもんだ…。あいつらが隠してるものを暴いて利用しつくしてやる」



 彼はそう言うと、スマホを取り出してどこかに電話をかけた。そして、色々と話し込むとさらに他のところへも電話をかけてすべての電話を終えるころには1時間以上を要していた。



「くっくっ、これであいつらはここを頼らざるを得ないだろう…」



 久喜は汚い笑みを浮かべながらそう呟くと、彼女たちが反してくれた情報をまとめた書類を作成して本部に提出をする準備を進めるのだった。

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