予約席 -Disappointing version-

 友だちと、小学校に登校していたときだった。 

 「昨日のTV、見たよ」

 「私も、見た」

 「私も。いいなぁー、Jさんも来たんでしょ、うらやましい」

 Jとは、元アイドルで、今は実力派俳優のことである。

 ある番組の取材で、私の両親が営む、小さな喫茶店に取材に来たのだ。

 それは、私の店が、ことで、とても有名だったからだった。

 「素敵だわ、現れない恋人のために、予約席をそのままにしてるなんて」

 「しかも、10年も」

 「どんな二人なのかな」

 「わからない。けど、あの席は、二人のための永遠の席なのよ」

 「素敵!ほんと、憧れるわ」

 「ねぇ、今度こそ、お父さんに誰が予約したのか聞いてよ。友達でしょ、私たち」

  友人たちの勝手な妄想に聞き飽きている私は、愛想笑いを浮かべることしかできない。


 予約席に現れない客の噂は一人の新聞記者から広まり、様々な憶測とともにSNS上に拡散していった。

 いつしか、予約をした人物は、恋人同士という設定に絞られ、なぜ来ないのかという理由に好奇心が集まり、様々なストーリーが生み出された。


  1.彼(彼女)が事故にあって永逝してしまい、店に来られない、とか。

  2.世間的には許されない恋のために、店に来られない、とか。

  3.それぞれの家庭を持った二人が、30年後に再会するための予約席だとか。

  …とか、…とか、…とか。


 その日は、学校から家に帰っても、友人の言葉が頭から離れず、気分が落ち込んでいた。

 夕食の支度をしている母親の背中を見ていたら、イラつきがに限界に達して、何百回となく尋ねた質問を母親に投げかけた。そして、「もう、あたし、友だち、いなくなっちゃうよ」と、小さい声で呟いた。

 母親は白菜を切る手を止めて、振り返り、私を凝視した。

 「誰にもいわないから、お願い」

 「お父さんと約束したから」

 「それ、聞き飽きてるから。ねえ、ねえ、ねえ」

  小さい子供のように駄々をこねる。

 「もうすぐ11歳だよね」

 「そうだよ、あと、5日」

 「わかった。教えてあげる、ちょっと待ってて」

 母親は、軒下にある喫茶店から父親を呼んできて、私の前に並んで座った。そして、父親が静かに、あの日のことを話し始めた。

 

 10年前、喫茶店の開店初日の日、15分前。

 1歳だった私は、予約席に座っていた。

 そして、ものすごいお漏らしをした。

 開店時間が迫るなか、必死にかたづける両親。

 しかし、シミも匂いもすぐに消えない。

 父親は仕方がなく、予約席のサインをテーブルに載せる。

 近所に住んでいた新聞記者が、3日後に「いつも予約席だね」と訊ねる。

 父親が真相をごまかす。

 そして、予約者が来ない予約席が誕生した。

 

 真実を知ったその瞬間から、「誰にも言わない」が「誰にも言えない」になった。

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予約席 @Maverick55

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