第67話『名前は言えない』


やくもあやかし物語・67


『名前は言えない』    






 あれから一週間。



 ほら、梅の木に誘われて、崖下の路地を抜けたら、その梅の木が「今日は、このつづら折れは登らない方がいいわよ」って教えてくれた。


 なにかが居るんだ!


 それで、この一週間は、学校の行き帰りにも路地の向こうを見ないようにしてしていた。


 それで、この一週間は無事だったこともあって、路地の向こうが気にかかってしょうがない。


 それでね、今日は下校の途中で、ふっと目が行ってしまったのよ。


 瞬間、しまったと思った。


 あやかしはね、人に呪をかけるんだよ。呪(しゅ)というのは、まあ、呪いというか、暗示と言うか。


 たいていはナニナニをさせるって呪なんだけども、時にはナニナニしてはいけないと逆を言いながら、ナニナニに誘い込むという手の込んだ呪をかけてくることもある。


 ほら、『鶴の恩返し』でさ、女房になった鶴が言うでしょ「けして覗いてはいけません」とか。イザナギが死んだイザナミを黄泉の国に訪ねて、イザナミが言うよね「黄泉の神さまと相談するから、けして覗いてはいきません」ってさ。


 そうすると、たいてい覗いてしまう。


 人間の好奇心とこらえ性の無さをうまく逆手に取った呪なのよ。


 知ってたんだけど、お天気もいいし、一週間無事だったし、思わず覗いてしまった。


 チラ見のつもりだった。


 あの梅が元気に満開の花をつけていたら、それで納得して家に帰ったと思う。


「あれ?」


 路地の向こうに梅の姿が見えないのよ。


 花が散っていたのならまだしも、梅の木そのものが見えない。


 だから、確かめたくって、路地の向こう側に行ってしまった。




 え……無い?




 どこにも、あの見栄っ張りの梅の姿が無い。


 キョロキョロしていると、つづら折れの上の方から気配が下りてきた。


 タタタタ タタタタ


 振り返ると、五歳くらいの男の子と女の子が駆け下りてくる。


 男の子は坊ちゃん刈、女の子はおかっぱ頭で、昔の子どもって感じ。


「おねえちゃん、なに探してるの?」


 坊ちゃん刈が聞いてくる。


「あ、うん、ここに梅の木があったはずなんだけど」


「梅?」


「そんなのあったけ?」


「あ、えと……路地の向こう側から見えるとこだけ立派に花の付いてるやつなんだけど」


「ああ、あの見栄っ張り」


「ああ、それそれ、その梅」


 アハハハハ


 二人楽しそうに顔を見かわして笑う。笑われてしまう。


「見栄っ張りなら、そこだよ」


「ここ、ここ」


 おかっぱが、わざわざ、そこまで行って指し示してくれたのは、草叢の中に十センチほど覗いている古い切り株。


「これって……」


「何年も前に切り倒されたよ、見栄っ張りだから」


「見栄っ張りって、嘘ばっかり言うんだもんね」


「「そりゃ、切り倒される!」」


「ところで、あなたたちは?」


 わたしも、越してきてから一年。そうそう、こんな子供に笑われるのも癪なので、腰に手を当てて問いただす。


「おねえちゃん」


「なに?」


「今のぼくたちで良かったね」


「ちょっと前のあたしたちだったら……」


「「死んでるとこだよ」」


「あんたたち、妖だね!?」


 わたしは、胸の勾玉を取り出した。こういう時、セーラー服の胸って取り出しやすいよ。


「「あ、それは……(;゚Д゚)」」


 二人とも青ざめて固まってしまう。いい気味。


「「あ、あ、あ……」」


「あた、あた、あたしたち、フキノトウの妖精だよ」


「うん、ただの妖精」


「いいこと教えたげる(^_^;)」


「なに?」


「むこうに……」


 坊ちゃん刈が、さらに北の方の崖を指さす。そっちは、まだ未踏査の領域だ。


「なにがあるの?」


「名前は言えない」


「名前を言うと呪がかかって自由を奪われるよ」


「いまのお姉ちゃんなら、やっつけられる」


「ふだんは土に潜っていてやっつけられないけど」


「きょうは、啓蟄で、出てきてもボーっとしてるから……ね」


「やっつけられる!」


 ピューーーーーーー!


 それだけ言うと、あっという間に居なくなってしまった。


 恐るおそる、崖に沿って北に進む。


 モゴ モゴモゴ


 崖の下、そこらへんの茂みごと、なにかが動き出して、今にも、なにかが出てきそうな気配。


 大急ぎで勾玉を出して、モーゼが十戒の石板をそうしたように、頭上高く掲げた!


 ズ ズズズズズズズズ…………


 氷だけになったジュースをストローで吸うような音がして、それがしだいに小さくなって消えて行った。




 フウウウウウウウウ……どうやら間に合ったみたい。




 勾玉をしまって、元の道を戻る。


 路地を出てホッとする。


 もう、当分は、この路地の向こうには行かないでおこう。


 いそいで家に帰って、まだ、ちょっと早いんだけども風呂掃除に励んだ。




☆ 主な登場人物

•やくも       一丁目に越してきて三丁目の学校に通う中学二年生

•お母さん      やくもとは血の繋がりは無い 陽子

•お爺ちゃん     やくもともお母さんとも血の繋がりは無い 昭介

•お婆ちゃん     やくもともお母さんとも血の繋がりは無い

•小出先生      図書部の先生

•杉野君        図書委員仲間 やくものことが好き

•小桜さん       図書委員仲間

•あやかしたち    交換手さん メイドお化け ペコリお化け えりかちゃん 四毛猫 愛さん(愛の銅像) 染井さん(校門脇の桜) お守り石 光ファイバーのお化け 土の道のお化け 満開梅

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