第30話『黒電話の怪異・3』


やくもあやかし物語・30


『黒電話の怪異・3』     






 真岡の街だ……




 走りながら思った。


 南北に長くて西に向かって坂道が下っている、坂の向こうには港のパノラマ……港の沖には灰色の船がたくさん浮かんでいる。


 船たちにチカチカと火花と煙が立つ。


 ズドドーン ズドドドーン ズドドドドドーン


 数秒遅れて雷のような音、軍艦が揃って大砲を撃ってるんだ!


 ネットで検索したままの景色……ソ連軍の攻撃が始まったんだ!


 その子はピョンピョンお下げを振りながら坂道を駆け下っている。


 舗装されていない坂道は、その子とわたしの駆ける音でザッザッザッザと音がする。


 スピードに身を任せていると、足がもつれて転びそうだ。重心を後ろに傾けて転ばないようにする。


 その子は坂道に慣れているんだろう、どんどん距離が離れていく。




 ドッカーン! ドカドカドーン! ドドドドーン!


 キャッ!!


 ソ連軍の艦砲射撃が着弾し始める。


 港の方を狙っているようで、このあたりには着弾しない。


 それでも足の裏から震えがやってきて満足に走れない。その子が角を曲がった。


 数秒遅れて角を曲がると、すぐそこまでソ連軍が迫っていた。


 ズドドド ピューン ピューン


 機銃の音やら弾があちこちに当たって爆ぜる音が、ビックリするほど近くでする。


 ピューン! ピューン!


 目の前の路面に見えない矢が突き立ったように砂柱が立つ!


 ヒヤーーー!


 思わず立ちつくしてしまう。立ちつくした側を銃弾がかすめる! 逃げなきゃいけないんだけど体が動かない!


 もう、あの子を追いかけるどころじゃない!




 あぶない!




 声と共に男の人が横っ飛びにぶつかってきた!


 天地がグルングルンと二回転! 男の人に抱きかかえられたまま路地に転がっていった!


「ソ連軍が、そこまで来てる、南の方に逃げるんだ、逃げなさい」


 男の人は怖い顔を十センチくらいにまで近づけて言う。


 カーキ色の服は兵隊さんかと思ったけど、水筒をぶら下げているだけで武器は持っていない。平和学習で聞いた国民服という奴だろうか、胸には住所や名前を書いた布が張って……小泉源一郎と読めた。


「きみは名札……ないんだね」


「あ、はい、きゅ、急なことだったもので」


「そうか、そんなこともあるよね……名前はなんというの?」


「あ、えと、小泉 小泉やくもと言います」


「そうか、僕と同じ苗字だ……やくも……いい名前だ」


 男の人は、わたしを落ち着かせようとして聞いてるんだ……自分で分かるくらいに歯がカチカチいってる。


「お、おじさんは、どうして?」


 落ち着かなきゃならないと思って、わたしも質問する。


「妹がね、あ、下の妹なんだけど、お姉ちゃん、上の妹を迎えに行ってしまってね……危ないから追いかけてきた」


「あ、あ、セーラーとモンペにおさげ髪……」


「ああ、たぶん、この先の電信局……でも、もう間に合わないなあ……芳子……洋子……」


 そこまで言うと、おじさんは仰向けになった。右のわき腹が真っ赤に染まっている。


「痛みには強い方なんだけどね……」


 出血が多くて動けなくなっているんだ。


「南の方に逃げなさい……この路地を東に抜けて、南に……」


 銃撃の音に混じって、シュルシュルという音がしてきた。


「逃げろ!」


 おじさんは、わたしを路地の奥の方に付きとばした。突き飛ばされた勢いで数秒走った。




 ドッガーーーーン!!




 目の前が真っ赤になり、キナ臭い刺激臭と土埃で息が止まりそうになる。


 そして……今の今まで居たところが、見事に吹き飛んでしまった。




☆ 主な登場人物


やくも       一丁目に越してきた三丁目の学校に通う中学二年生


お母さん      やくもとは血の繋がりは無い


お爺ちゃん     やくもともお母さんとも血の繋がりは無い 昭介


お婆ちゃん     やくもともお母さんとも血の繋がりは無い


杉野君       図書委員仲間 やくものことが好き


小桜さん      図書委員仲間 杉野君の気持ちを知っている


霊田先生      図書部長の先生


 


 

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