これを開く前に賛成か反対かを決めてください

ちびまるフォイ

賛成・反対 の明暗を分かつ

「それって、賛成? 反対?」


「いや賛成とか反対ってわけじゃなくて……」


「どちらかといえば?」

「反対、かな」


「じゃあもう何も言わなくていいよ」


耳にイヤホンをつけてシャットアウトした。

賛成か反対かがわかれば、それだけで以降の無駄な時間を省くことができる。


が、イヤホンを引き抜かれてなおも話してくる。


「ちょ、待ってくれ。話を聞いてくれよ。反対とは言ったがそんなすぐにシャットアウトしなくても」


「俺の意見と違う時点で聞く必要ってあるの?」


「あるよ!」


「俺は反対意見を含めてさまざま考慮した結果、

 賛成という立場に立っているのにすでに知っている反対理由を時間をかけて聞くことに何の意味が?」


「お前が知らないことがあるかもしれないだろ!」


「かもね。だけど、それって時間をかけて拝聴する必要ある? コスパ悪くない?

 人間の人生は時間が限られている。自分にプラスになることに時間をさくべきであって、反対意見にもわざわざ時間をかける余裕なんてないんだよ」


「ええ……?」


ふたたびイヤホンを取り付けた。


反対する人間はまるで家にやってくる訪問販売のようにしつこい。

"いらない"と伝えてもいつまでもセールスしてくる。


「なんとか時間を大切に使えないものかなぁ」


人生の時間は限られているわけで、そのうち健康的かつ活動的に過ごせる時間はますます短い。

年を食ってしまえばできることも減ってしまう。

今の時間はどんな大金を積んでも代えがたい時間だ。


それを反対の意見などに時間を食いつぶされるのは生産的ではない。

どうしたものか。


あるとき、新しいイヤホンを探していると見慣れない機能がついた最新型を見つけた。


「指定ノイズキャンセルイヤホン?」


「はい、イヤホンをつけていたとき、名前を呼ばれて気づかないときってありませんか?」


「ああ、ありますね」


「このイヤホンは事前に登録した単語はノイズキャンセルしない機能がありまして、

 たとえば自分の名前を登録すれば呼ばれたときにもすぐ気づけるんですよ」


「単語登録……なるほど」


店員の説明は途中から耳に入っていなかった。

イヤホンを迷わず買うとすぐに2つの単語を登録した。


「賛成、反対っと」


賛成という単語を登録し、音が入るように設定。

反対という単語も登録し、単語に反応して今度はノイズとして扱うようにした。


これで賛成だけを拾えて、不要な反対はキャンセルできる。

試しに通行人に声をかけた。


「こんにちは。あなたは賛成ですか? 反対ですか?」


「反対です。なぜならーーーーーーーーーー」


反対意見をいろいろ話しているのが口の動きでわかる。

でもイヤホンがキャンセルしてくれるので耳には届かない。


「すごい! これで反対派の雑音に悩まされないぞ!」


それ以来、もうイヤホンが手放せなくなった。

人と話すときの第一声はいつもこう言うようにしている。


「君は賛成か反対か。それだけ教えて」


と。最初にどちらに属するかを聞いておけばお互いに不毛な意見交換をしなくて済む。

もうイヤホンが手放せない。常に耳にあるのが普通になってしまった。


ある日のこと、特別講演会のオファーがやってきた。


「あなたは賛成ですか? 反対ですか?」


「賛成ですよ! 賛成じゃなかったらオファーなんてしません」


「じゃあ話を聞きます」


「実は賛成派の先生にぜひ2回ほど講演していただきたいのです。

 先生は熱心な賛成活動家と聞き及んでおります」


「ほほう、それはいいでしょう」


先生などと呼ばれるのは初めてで悪い気はしなかった。

当日は立派な講談所に案内されて壇上に上がった。


「みなさん、どれだけ賛成が正しいかをこれから説明します!!」


スクリーンに投影されたプレゼン資料を使っていかに賛成であるべきかを熱弁していると、聴衆のひとりが手を上げた。


「あの、質問いいですか?」


「その前に立場をはっきりしたまえ。君は賛成? 反対?」


「反対です。そrーーーーーーーーーーーーーーーー」


「では講義を続けます。賛成の優れている点はこのとおりです」


今度は別の聴衆が挙手をした。


「質問いいですか」


「その前に、あなたは賛成ですか反対ですか」


「反対です。なぜnーーーーーーーーーーーーーーー」


「講義を続けます」


また別の人が挙手をする。

質問を求める人数はどんどん増えていく。


「ああもう! この中で賛成の人だけ手を上げてくれ!」


全員が手をおろしてしまった。みな反対だった。


「では講義を続ける! 反対するやつは、賛成がどれだけ正しいかを頭に入れてからなおも反対すべきかを考え直せ!!」


強権ぶりに聴衆は怒り心頭でヤジのごとく無秩序に文句をいいまくった。

反対という言葉に反応していないのでキャンセルできない鋭い言葉が耳に突き刺さる。


「こんなのおかしいだろ! 間違ってる!」

「全然考えられてないじゃないか!!」

「一方的で独善的な内容だ!!」


「うるさいうるさい! 反対なら反対って言えーーーー!!」


「「「 二分できるような単純な話じゃないんだよ! 」」」


聴衆全員からディスられるという散々な結果に終わった。

ノイズキャンセルイヤホン慣れしていることもあって、真正面から人に拒絶された経験は心に傷を残した。


「人間って怖い……」


いままで自分がやってきたことを深く反省した。

イヤホンも外した。


いまだに賛成が正しいと思っているが、自分の意見だけを押し通すようなものでは人に拒絶されてしまう。

賛成であっても歩み寄りをしなければ溝は深まるばかりだ。


「ようし、これからはちゃんと反対の意見も考えよう!」


心を入れ替え、これまでの自分のスタンスを大きく変えた。


溝が深まった状態でいくら賛成であることを伝えても無意味。

相手に敵だと認識されて拒絶されないよう、賛成か反対かはむしろぼかして説明する必要がある。


1回目の講演は大失敗だったので、2回目は念入りに準備をした。


話す内容は原稿にしたため、反対だと言われないようにしっかりチェック。

反対派の敵だと認識されるような言い回しは徹底的に削除した。


賛成であることを強調しても反対の態度を固くしてしまう。

賛成か反対かはあえて内容に含めずに自分の意見を伝えるように原稿を書き終えた。


「これでバッチリだ!!」


何度も何度も推敲とチェックを重ねた原稿を持って2回目の講演へ向かった。


「みなさん、これから私の意見を述べたいと思います!」


聴衆はまだ賛成も反対でもないフラットな状態。

きっとこの話を聞いて自分の立ち位置を決めるのだろう。


胸に息を吸い込んで原稿を読みあげた。


「えーー、この世界には賛成も反対もありますが、どちらも正しいわけでもなく

 かといって悪いわけでもなく、それはまるでコーヒーとミルクの関係のようなもので、

 賛成には賛成の意見があり、反対には反対の意見がありましてこれからお話する内容は

 そのどちらでもないことを先にお断りいたしまして、もしも聞いてて違うなと思ったことがあれば

 賛成か反対かではなく一個人の意見であることを心にとめてあーだーこーだ……」


のべ6時間にもおよぶ完全無欠の大熱弁をした結果、聴衆はすべて同じ意見になった。




「「「よくわからないが、話長いから反対!!!」」」

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