第17話
「お、きたきた。ハージーメー!」
「うるさい叫ぶな恥ずかしい」
土曜、約束していた合コンの日。晃太郎から送られて来た詳細通り、西口の居酒屋に入ると、すでに多くの人間が集まっていた。
鷹取条南大の学生御用達、やっすい居酒屋だ。
どうやら今日は貸切らしい。
「マジで二橋さん来てくれた!?」
「あ、どうも。二橋です」
知らないメガネ男に会釈。パンプスを脱いで座敷に上がり、晃太郎の隣に座る。
軽音サークルのメンバーは知り合いだが、ほかの面々は誰一人として知らない。何人いるんだ、これ。
「すまんねハジメ!噂の美女を呼べってみんなしつこいから」
「一番しつこいのは晃太でしょ」
「否定できねー」
私の後からも続々と人が集まってくる。お見合いパーティーかよ。
女子の一団が登場したところで、幹事らしき男が声を上げた。
「これで全員か?じゃあ悪いけど、先に飲み代徴収していい?男子は四千円、女子は二千円で」
おそらく一人三千円程度の飲み放題付きコース、団体割引適用といったところ。女子はタダ、と言わないあたりが、大学生らしくて良いと思う。
千円札を二枚取り出して、晃太郎に渡す。
「ハジメのぶんは俺が出すよ。無理に来てもらったし」
「……じゃあ有り難く。ありがと」
「どういたしまー。これ、俺と二橋のぶんな」
飲み代が浮いた。私が行きたいと言ったわけではないが、私が行くと決めた飲み会だ。出してもらうのは少し申し訳ないが、ここは甘えておく。
「っしゃー!じゃあ自己紹介!と行きたいところだけど、さすがに人数が多いな。それだけで二時間終わるわ」
とくに面白くもないのに、幹事の言葉にみんなが笑う。
はぁ、帰りたい。
「仲田!サークルの紹介だけしとけ!」
「そうしますかー。まずは、俺らの草野球サークル。この辺に座ってる野郎どもね。『サウスホークス』ってチームで野球してまーす。女子マネはいつも募集中!はい拍手ー」
サウスホークスって……まんますぎる。鷹取条南だからでしょ。安直すぎてびっくりした。
はぁ、帰りたい。
「続いてー、ジャズサークル。そっちの席かな。ソウマくんというイケメンがいるので、女子は注目するように!はい拍手ー」
「ソウマでーす。イケメンでーす。トランペット吹いてまーす」
イケメン……?どこがだよ。
はぁ、帰りたい。
「次ー。写真サークル。女子がいっぱい来てくれましたー!えーと、あ、いたいた、立って立って」
え。
「誘いまくってようやく来てくれました、新本聖ちゃん!はい、サークル代表挨拶!」
「あ、はい、にいもとです。以上です。座ります」
なにしてるの!?写真サークルだったの!?
「はい、最後ー。鷹条のリア充集団、軽音。はいはい、リア充乙。えっと、今日バンドいくつ来てんの?」
「面子足りないけど四」
「だそうでーす。あーと、どこだ」
晃太郎に小突かれた。
というか、聖だよ、聖。合コンなんか縁がなさそうに見えたけど、えー。
「なに?痛いんだけど」
「立て」
「お、いた!我らが鷹条のツートップ!」
立て!と言われて、仕方なく立つ。あ、聖と目が合った。
「二橋瑞さん!付き合ってください」
「はじめまして。お断りします」
ふざけた告白を断ったらすごいウケた。猛烈に帰りたい。ツートップってなに?もうひとり誰よ。
ひとのことをウケ狙いに使うな。
とっとと座って、晃太郎に耳打ちする。
「ツートップってなに?」
「俺も初めて聞いた」
「俺がフラれたところで!あとは各々で親交を深めてください。はい、グラスもってー。あ、そっち飲み物ある?そこのピッチャー渡してやって。はい、はい、グラスもったねー。はい、今日の出会いにかんぱーい!」
かんぱーい。
はぁ、帰りたい。
「なぁ、なぁ。なんで盗撮魔ちゃんいんの?」
「知らないよ」
「仲良いだろーが」
写真サークルだってことすら初めて知ったのに。まぁ、驚きはしないけれど。もしこれが『サウスホークス』のマネージャーです、とか言われたらもっと驚いていたに違いない。
「二橋さーん」
「あ、どうも。はじめまして」
「さっきフラれた幹事の仲田です、よろしくどうぞ」
ガタイがいい。
なぜか握手を求められたので、ビールのグラスを持ち替えて握手をした。
「晃太郎に紹介してくれって頼んでんのに、こいつぜんぜん取り合ってくれないの」
「そうですか」
「あ、俺、児童教育学科の三年ね。こう見えて小学校の先生目指してます」
左様ですか。
「美人だなーって思ってた」
「ありがとうございます」
「クールだねー。人見知り?」
うっっっっっ!とうしい!!!
「ナカちゃん、ナカちゃん!鬱陶しがられてんぞ」
「え、マジ?俺うざい?」
うざい。すっごいウザい。
「いえ、別に」
「ウザくないって!」
適当に相槌を打ちながら、大宴会席とも呼べそうな座敷を見渡す。
聖は聖で、さっきのエセイケメントランペッターに絡まれていた。あんな、いかにも面倒くさいです、みたいな顔もするのか。
「二橋さん、チームのやつに紹介していい?」
「はぁ、まぁ……はい」
連れられるまま、サウスホークスのメンバーが集まるエリアに移動する。
晃太郎は早速、写真サークルの女の子に話しかけていた。
また、聖と目が合う。
肩をすくめて見せると、軽く笑ってくれた。大変だね、お互い。
「二橋さん連れてきたぞー!」
「ウオー!」
「どうも、二橋です」
あー、男臭い。臭いが、じゃなくて、空気が。
嫌いとまでは言わないが、なんとなく暑苦しい。
ひたすらに聞き流して、ひたすらにポテトと唐揚げを食べて、ちびちびハイボールを飲む。
こういう安い居酒屋のサワーは悪酔いするので、飲むならビールかハイボールにしとけ。教えてくれたのはマスターだ。
下戸というほどでもない。ただ、強くもない。下手な飲み方をすれば悪酔いするし、場合によっては具合も悪くなる。
幸いいまのところ記憶を飛ばすようなことはないが、一度謙太郎の部屋のトイレで盛大に吐いた。三人揃って。
あのときの地獄は二度と味わいたくないので、以来酒の飲み方には気をつけている。
やっと三十分。
初めはサークルごとに固まっていた席も、いまでは入り乱れて座っている。もう、誰がどこのメンバーなのかさえ判断がつかない。
「瑞ちゃん、瑞ちゃん」
「……聖!」
「はじっこ行こう」
そろりそろりと移動して、ふたりで壁にもたれる。
なんだかすごく、安心した。
「まだ三十分しか経ってないのにすごい疲れた」
「ね。瑞ちゃん、面倒くさい顔隠さないから笑い堪えるの大変だった」
「だって面倒くさいんだもん」
ずるずると体を傾けて、聖の肩に着地。あー、丁度いい位置。シンデレラフィット。
どんな顔してるかな、今。
「聖、こういうの参加するんだね」
「んー、合コンと名が付くものは三年目にしてまだ三回目」
「………………は?」
ガバっと体を起こす。いま、なんて?
キョトンとした聖の顔を見つめる。いま、なんて?
「聖、三年だったの?」
「………いや、えーと………二年生です」
「え、いま三年目って言わなかった?」
え?だって二年必修の統計基礎学II……え?
とりあえずハイボールを飲む。ぬるい。
「二回目の」
「ん?」
「二回目の二年生です」
むせた。ハイボールが鼻に逆流して痛い。
「年上だった!」
「あ、はい。しかも浪人してる……」
「………ふたつ上だった!?」
気まずそうに、恥ずかしそうに目を逸らす。
知らなかったとは言え、盛大に馴れ馴れしく接してしまった。
だって二年の必修講義にいるんだもん。同じ学年だと思うでしょ。どうりで他の講義で見ないわけだよ。
「えっと、ショウさんとお呼びした方が?」
「い、いい!いいから、いつもどおりで!」
「じゃあ、聖。認識のすり合わせをしよう」
合コンとは名ばかりの大規模な飲みの席で、私と聖はふたりだけで喋った。
アルコールも手伝って、いつもより口数も多め。
聖とは学部も学科も同じだった。二年で取得する単位はほとんど取れていて、普段は私たちとは違う講義で単位を稼いでいる。
一年生の頃から写真サークルに所属しているけれど、たいした活動はしていないらしい。
いつも行動を共にしている他の三人は三年生の友人同士で、サークルや部活は別。
出身はふたりとも東京。大学からこちらで一人暮らしをしている。
「で、遊び歩いてたら統計の単位だけ落として留年、と」
「うん。イタリアで出席日数足りないことに気づいて、絶望した」
「遊び歩く規模がデカすぎる」
趣味は写真と旅行。カメラを携えて国内も国外も飛び回っているそうだ。
話を聞けば聞くほど、行動力が凄まじい。
「だって平日の方が移動費も宿泊費も安いんだもん」
「いいなぁ、私あんまり旅行とか行かないから。今度連れてってよ」
ピッチャーからハイボールを継ぎ足す。聖のグラスにも注いでやる。
炭酸も抜けてしまって、ぜんぜんおいしくない。
「ぅゔん!」
「今!?発作起きる要素あった!?」
「無自覚ぅ……」
どう自覚しろと。
聖の面白い反応が見たくて、狙って顔をキメている節もあるけれど、この謎の発作に関しては未だに理解不能である。
まったく無意識のタイミングで「ぅゔん!」と言われるので、ちょっと検証が追いつかない。
「顔がね」
「顔」
「顔が良いの……自覚して」
それは自覚している。
私は顔が良い。両親の良いところを良い感じに受け継いで、最良のバランスで配置している。
それを自覚して、保つ努力もしている。
着飾るのも、洋服も、化粧品も、靴も、ネイルも好きだもの。
でもそれは。
「聖だって、同じでしょ?綺麗な顔してる」
「ぅぅんぬぁぁ……」
だからなんのモンスターだよ。
可愛くなりたいとか、美人が羨ましいとか言って、羨むだけ羨んで努力をしない人種がいる。そういうやつらはこぞって、見た目の良さは全て天然物だと思い込んでいるのだ。
私はたしかに素がいい。聖だって素の造形が整っている。
でも、私も聖も、それ相応の努力をしている。
たとえ素がそこそこでも、可愛いや美しい、格好いいは作れる。
たとえばマスター。私はマスターの生まれ持った造形を知らない。でも、あの人の綺麗は手を加えまくった人工物だ。
目をいじって、鼻にシリコンを入れて、肌も髪も歯もお金をかけて、理想の美しさを保っている。立居振る舞いだって、きっとそうあろうと意識しているのだろう。
たとえば晃太郎。写真で見せてもらった高校時代のあいつは、それはもう酷いものだった。
三ミリ坊主に、ニキビで荒れたあばたヅラ。眉はボサボサ、口周りにはムダ毛。
モテたいという理由で、あいつは見た目を整えた。今ではニキビの跡もほとんど見えない。
キューティクルは死んでいるが、髪も服も清潔感を保っている。
中身が残念でモテてないけど。
「可愛いでしょ、聖だって」
「は、じめちゃん、酔ってるぅ……」
「酔ってるよ。お酒飲んでるもん」
手で顔を覆い隠して、モガモガ。
「顔!顔が良いのもそうだけどぉ!」
「うん」
その手を顔に押しつけて、叫んだ。
「ふぁおがふぃーのもふぉうだふぇお!ふぁおがふぉのふぃなふぉー!」
「何語だよ!」
「こ、心の叫び」
だめだ、やっぱり無理。本当に面白い。まったく意味が分からない。
笑いながら、聖の顔から手を引っぺがした。何言ってるか分からないよ。
良い機会だから、今のうちにじろじろ眺める。目も大きいし、鼻筋も通っている。
うん、私好きだよ、こういう顔。
「聖、カラコン入れてる?」
「裸眼、両眼でニ.〇」
「目、茶色いね」
至近距離で覗き込んでいると、じわじわと頬が赤く染まっていく。おお、チークいらず。
頬に滑り落ちてきた栗色の髪を一房捕まえた。セミロングは今日も緩やかに巻かれている。
私の黒髪ストレートとは違う髪質。柔らかくて良いな。いろいろアレンジできそう。
「おじいちゃんが……イタリアのひとだから、それで。髪も、地毛」
「へぇー!綺麗に染めてるって思ってたけど、天然物だった!」
「んぉぁぁぁ……ぅぅぬぅぅぅ……」
面白いからモンスターやめて。ハイボール吹き出すよ。
少し遠くから、幹事のナカノだかナカムラだかの声が聞こえた。あんまり呂律回ってないけど、大丈夫なの。
「はーい!ちゅうもーく!いま二時間経ったけど、お店のご好意で延長させてもらうことになりましたー!引き続き残る人は追加料金徴収しまーす!帰る人はここで解散!」
ちらほらと解散メンバーの手が上がるが、思っていたより多くの人が残るようだった。
中には明らかに帰った方が良さげな泥酔者もいる。
「どうする、聖」
「どうしよっか」
目が合って数秒。
髪に触れていた手をそっと下ろして、手を握った。私より大きな手。桜色のジェルネイルが施された、私より長い指。
握り返された一瞬、宴会場の喧騒が消えた。
「私、もう少し聖といたいな」
おもむろに立ち上がった聖が、想像以上の声量で叫んだ。
「わ、あの……!新本と二橋、ここで抜けます!」
「ちょ、聖!引っ張らないで!」
「行こう、瑞ちゃん!」
無理矢理引っ張り上げられて、ぐいぐいと手を引かれる。ちょっと、鞄!
どこからともなく、私のバッグが腕に押し付けられた。
ニヤニヤしてる晃太郎。お礼を言いつつ、なんか腹が立ったから蹴飛ばしておいた。
「二橋瑞は新本聖がお持ち帰りします!!」
ヒュー!という間の抜けた音が聞こえたけれど、背後を気にしている余裕なんか、これっぽちもなかった。
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