第52話 蝕んで
「あたしについて教えて欲しい?」
「ああ。いきなり変だとは思うけど、経歴とか」
「どうせ翔に諭されたとかなんでしょ?良いわ。教えたげる」
「そんなあっさり言っても良いのか?」
「過去は過去よ。消せるものでもないし、今更忌むことこそ無駄じゃない」
「やっぱりメンタリティーが違うな」
「誇れることじゃないわよ。もっとその普通の感性を誇るべきよ」
「そっか。そういうもんか」
「とは言ったって、あたしは物心付いた頃にはここにいたから、大して話すこともないのよ」
「物心付いた頃からって、ここ十何年か前からあったのか?」
「正確には、今のコーストの前身ってとこね。昔は地上にその建物があって、孤児になっちゃった能力者たちの保護施設ってとこ。そしてあたしは産まれてすぐ、その施設に預けられた。要は捨てられたってやつね」
「親から、産まれてすぐに?」
「それも仕方ないわ。……そこのクッキー、取ってくれない?」
「これか?」
俺は近くにあったクッキーを桜見に手渡した。が、クッキーには特に変化は見られない。
「はい。食べてみて」
「?」
「良いから」
「お、おう。いただきます」
言われるがままそのクッキーを口にする。普通のよくあるクッキーの味の後、若干の痺れが全身を駆け巡った。
「今のは?」
「端的に言うと毒ね。これがあたしの能力よ」
「えっ、俺今毒物食わされたのか?」
「心配しないで、今のは限界まで加減したわ。ただ本気でやってれば、あなたもう死んでるわよ」
「へぇ……じゃあ、もしかして」
「ええ。こんな能力が生まれつき備わってる子ども、普通の家じゃとても扱えないでしょ?」
能力は大抵、最初の頃は制御できないものらしい。なのに毒だなんて危険な能力を赤ちゃんが持って生まれてしまったら、普通の家ではとても扱えない。子供を捨てるという行為は、とても容認できない。でも、そのまま置いていては一家全員死んでしまうかもしれない。俺は、黙ることしか出来なかった。
「まあ、それでたまたま親があの人の知り合いだったから、家の全部を蝕む前に、あたしはここに預けられた。こんな感じで良い?」
「あぁ。ありがとう」
「良いのよ。それより折角だしダーツでもやってかない?丁度相手がいなくて退屈してたから、お代だと思って」
「良いけど俺初心者だぞ?」
「大丈夫。ルールは説明しながらやるから、あんたはただ的に向かってこのダートを投げてれば良い」
「これダートって言うのか?」
「そ。dirtの複数形のdirtsがそのままゲームの名前になってるの」
「へー。ダーツは昔からやってるのか?」
「そうねぇ。普段はこの時間なら翔とやるんだけど、アイツ今忙しいらしくて」
「ふーーーーん」
「……その反応なに?」
「いや、別に?」
やっぱり仲良いなこいつら。とか考えながらゲームを進めていくのだが……
「嘘やん……」
「あたしの圧勝ね。あとなんで関西弁?」
「や、全部プルってそんな……初心者への気遣いとかないんですか?」
「勝負で手を抜いて楽しい?」
「少なくとも本気の上級者にいじめられるよりはな」
「まあ筋は結構良かったし、やってたら上達するわよ」
「そりゃあどうも……」
「じゃ、あたしはそろそろ寝るわ。じゃあね」
「ああ」
そう言ってこの部屋を去った桜見を見届けた後、俺はなんか悔しくて徹夜で一人黙々とダーツの練習に励んだ。翌日徹夜したことを桜見に呆れられた後に事情を聞いた翔から勝負を申し込まれ、これまたボコボコにされるのだった。
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