第50話 狂気
「……それで、話って?」
「はい。……これは、僕の心の話です」
「心?」
「ええ。この事を話そうと思ったら、ちょっと昔の話から始めないといけないんですけど……付き合っていただけますか?」
「それは全然」
「ありがとうございます」
成宮の過去とは何なのか。
もしかしたら、そこに成宮がここに居る理由があるかもしれない。
「僕は、昔から一人でした。六歳になる頃にはもう親はいませんでしたし、親戚の家に預けられることもなくて」
「どうしてだ?」
どうしてかと聞いた時、成宮の表情がどこか曇ったみたいに見えた。
そして少し間を置いてから、衝撃の一言。
「殺したんです、僕が。事故でもなんでもない。殺したかったから、殺したんです」
「へ?」
どういうことだ。
殺したかったから?
憎かったとか何か理由が?
「僕は生まれつきの狂人で、ただ人を殺したくて殺したくて仕方がなかった。何かが憎かった訳じゃなくて、単純な衝動で、殺しました。人の死に様が見たいとかでもなんでもなく、お腹すいたな~くらいの軽い感覚で」
「……………」
「僕の能力は生まれつき三つあって、一つが栄養の完全な自給自足。もう一つがステルス。そして最後に能力者の探知でした。一つ目のお陰で一人で家とかが無くても死ぬことはないですし、二つ目のお陰で殺すのは楽でした」
……単純に、理解が出来なかった。
その動機も、その過去を淡々と語る成宮も。
ただただ怖くて、おぞましくさえ映った。
「僕が両親を殺したのは四歳の時。その後は一人で姿を隠して放浪してましたから、何かを教わることもなくて、殺した事に後悔どころか、自分が悪だという自覚さえもありませんでした。……けど、ずっとそうだった訳じゃないんです」
「どこかで、契機があったのか……?」
「はい。僕は三つ目の能力でターゲットを探してたんですが、あれに引っ掛かるのは能力者だけ。つまり必然的に能力者がターゲットになるわけで。それで僕、能力者を所属してる組織とか、能力者である自覚すらない人も見境なく狙う辻斬りとか呼ばれてたみたいで」
「……………」
二度目の沈黙。
他人の事をここまで怖いと思ったのは俺が覚えている限り初めてだし、きっと覚えていない過去まで含めてもここまでの恐怖はなかっただろうと思う。
「まぁそんなある日、僕はある人達を殺してしまいました。……望月さん。炎さんのご友人です。僕のステルス能力って雨の時は作用しなくて、本当に短い通り雨が急に降って僕の姿を炎さんに見られちゃったんです。僕はそれに焦ってその場を離れましたが……あの時の炎さんの表情は、今でも明確に覚えています。辛そうな瞳で、そして憎しみを同時に込めた瞳で、ただ僕を見つめてました。……僕はここで初めて、この行いは誰かを悲しませるものなんだって知ったんです」
……いや、違うのかもしれない。
成宮は俺が思っていたみたいに怖い存在じゃないのかも。
成宮の本質が、見えてきそうだ。
「けど、今更後戻りは出来なくて。普通の人がご飯を食べるみたいな感覚で人を殺していた僕は、もう何もしなくても勝手に人を殺そうとして動き出しちゃって。自殺しようとしても、恐怖が勝って出来なかった。ならせめて、僕は炎さんに惨たらしく、もう原型もないくらいぐちゃぐちゃに殺されたいと、そう考えたんです」
「望月に……?」
「はい。己の手で死ぬことを選べないなら、誰より僕を憎んでいる人に何より惨たらしく殺される事が、最大の贖罪だと考えたんです。……本当に、馬鹿ですよね」
徐々に見えてきた成宮の本質。
きっと根底には、おだやかで優しい気質があるのだろう。
けれどそれを飲み込む勢いの狂気もまた同時にある。
そして成宮はそれを、翔みたいに多重人格になるのではなくて、一つの人格の中に内包している。
その苦しみは想像を絶するだろう。
それは、成宮なりの贖罪なのだろうか。
「そして時間が経って、炎さんはここのメンバーになって僕と対峙した。僕は抵抗も何もせずに、ただ突っ立っているだけでした。……けど、彼は僕を殺さなかった。その理由はいつになっても教えてくれませんが、ただ自分に貴方を憎む資格はないとだけ言っていました」
「憎む、資格……?」
少し思案しても分からない。
悪意の有無に関わらず、望月が成宮を今でも殺したいほど恨んでいたとしても誰も文句は言えないだろう。
なのに憎む資格がないとは、どういう意味なんだろうか。
「そして僕はもう、絶対に人を殺しません。どんな衝動にだって打ち勝ってみせる。……まだどうやって罪を償えば良いかは分かりませんけど。少なくともそれが見つかるまでは、僕はここで皆さんの力になり続けたいんです」
「……そっか」
最初は恐怖を感じた。
けど根底はきっといい奴で。
そんな成宮を、俺は信じたいと思った。
そうして差し出した手を、成宮は……
「……よろしくお願いします」
そう言って、握ってくれた。
…………………
眠りの中。
あれ?ここは……確か、過去の俺と会った……
「よ、元気してたか?」
「っ!?」
突然眼前に現れたのはまさしくその過去の俺。
「どうしたんだ……?」
「忠告しに来てやったんだよ」
「忠告……?」
なんだ?名地か忠告を受けるような事があったのだろうか。
「お前、人を信じすぎだ」
「は?」
どういうことだ。
別に悪いことではないだろう。
「信じるのは悪いこととは言わない。けど、誰かの話から始まった信用は所詮上辺だけだ。裏側まで徹底的に洗い尽くして、それでも信用できると思ったものを信じた方が良い」
「……」
何も言い返せない。
けど、俺は信じたいんだ。
みんなの事を、信じていたいんだ。
「へぇ。それでも信じるって?……まぁ良いや。どうせいつか気づくだろ。それじゃ、頑張れよな」
「え、ちょ!?」
突然意識がホワイトアウトする。
次の瞬間には目が覚めていたが、俺はまた新たな悩みの種を抱えてしまった。
「どうすりゃ良いんだよ、クソ……」
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