第43話 前を向いて
あれから数日。
組織内の雰囲気は沈んでいた。
けれど皆沈んだままではどうにもならないことを分かっているからちょっとでも明るくしようとする。
でも、誰もがそれじゃ悲しみを誤魔化せなくて。
そんな中で、俺は……
「オラァッ!」
何かをぶつけるように、訓練室のサンドバッグを全力で殴る、蹴る。
その威力は自分で言うのもどうかと思うがえげつないの一言に尽き、人があんな状態になって死ぬのも納得だった。
そこに二つほど、人影が現れる。
「や、剛」
「お邪魔するわね」
「……翔、桜見。桜見はともかく、翔は研究室に籠ってたんじゃないのか?」
「進めてた解析が片付いたからね。この事は、後で皆に話すよ」
「そっか」
「それにしても剛、前向きに進めてるみたいで良かったよ」
「っ」
「幸、あんたのこと心配してたわよ?分かりやすく気にしてたから~って。後で話しかけてあげなさいね」
前向き。
そうだ、後ろなんて向いてられない。
進み続けろ、それしかない。
そうしなきゃ、理仁の命もあの敵の命もただ俺の手で奪っただけだ。
「ああ、分かった。ありがとう」
「じゃあ剛、ちょっと話でもしようか」
「話?」
「そう。なに、そんなに長くはならないよ」
「もしかしてあたし、お邪魔?」
「だね」
「むっ……そんなハッキリ言うこと無いでしょ!」
「まあまあそうかっかしないでよ枯葉、事実なんだから」
「あんたの一言でかっかしてんのよ!……まぁいいわ。続きは後でたっぷりしましょう」
「うん。久々に喧嘩といこうか」
物騒な二人だ。
でも、楽しそう。
理仁が死んでからは見られなかったけど。
今のこの二人は、心の底から楽しそうだ。
そんな桜見も退室して、俺たち二人がこの部屋に残される。
「さて。……剛、いい加減縛られ続けるのはやめなよ」
「え?」
「君は確かに生きて帰って来たし、前を向いてトレーニングしてる風に見える。実際前を向いてるのは事実なんだと思う。けど、進んでない。あの戦場から君を縛ってる鎖が君をここに繋ぎ止めたまま、その方向だけを向かせて縛ってるだけなんじゃないかい?」
「そんなこと……」
「ないって、言える?」
言えない。
真正面に心が指を差した時、今その方向には未来がある。
でも俺の視点は、そこから動かなかった。
「……翔の、言う通りだ。でも、どうすれば良いのかが俺には分からない」
そうだ。
動けてなかったとして、どうすればこの鎖は俺の心から外れるんだ。
この答えを他人に求めるのが弱いって、恥だって、分かってる。
ただそんなのを恥じる余裕なんてなかった。
そんな弱さも、今更だった。
「僕には、理由があるから。カケルが戦ってくれたのが無駄にしたくない。それが、僕の戦う理由だよ」
「なら俺は!どうすればいいんだよ……!どうやったら、それが見つかるんだよ……!」
「それを見つけるには、動くしかない。鎖を外す必要なんてない。引きちぎってでも、地面を這ってでも、探すしかない。僕も何年も何年ももがいて、最後に辿り着いた理由がこれだ」
「まだ、戦わなきゃいけないのかよ」
「ああ。剛だって、今更引き返そうとは思わないでしょ?」
「……そりゃそうだ。もう引き返せないだろ」
「なら、やってみるしかない。僕も、出来る限りサポートするよ」
「ありがとな、翔」
「いいよ。なんだか剛を見てると、何年か前の僕を見てるみたいな気分になっただけだから。お礼とか言うなら、生きててくれたらそれで良いよ」
そう残して去った翔の後ろ姿は、とても大きく見えた。
理仁が死んで、時間はそう経ってない。
皆、傷が癒えた訳じゃない。
それは当然翔だって例外じゃなくて。
でも、歩むしかないんだ。
翔も、皆も、それをきっと知ってたんだ。
いつか俺も、皆に並べるようになりたい。
それくらいになれば、幸を守り切れるかな?
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