第29話 息吹の始まり
「翔が?」
「そ……翔があたしを庇ってこうなったの」
俯いて話す桜見。
その声からは、申し訳なさで満たされた重苦しい胸中が伝わってくる。
きっと桜見にとって、少なからず翔は大切な存在なんだろう。
「アイツ……No.50は、何度もカケルが戦ってる相手だった。単純な実力はカケルが上でも、能力の相性が悪くて何度も引き分けが続いてたんだ。今回だって、最低でも引き分けには持ち込めるはずだったの。でも、あたしが足を引っ張った」
声はどんどん沈んでいく。
多分、改めて口に出すことで心にある重りの重量をより感じてしまっているのだろう。
そしてそれだけ、翔のことを案じている。
「アイツとカケルが戦ってる横であたしがサポートしてる状況で、敵が突然あたしへ向けて襲いかかってきたの。あたし、ダメージもあって対応できなくて……もうおしまいって場面で、翔が割り込んできた」
「……」
俺は何も言わない。
きっと言わないのが正解だ。
体の傷と同じで、桜見にかかる重圧を軽くしてあげられるのはきっと翔だけだから。
「あの時割り込んできたのは戦ってる時のカケルじゃなくて、翔だった。あの後すぐに戻ったみたいだけどね。割り込んで傷を負いながらだけど、カケルもアイツに重傷を負わせて引き分けになった」
「……で、今に到ると」
小さく、弱く、頷いた。
結局翔がその日目覚めることはなかった。
俺は途中で自室に戻ったが、桜見はその後もずっとそこにいたらしい。
翌日になっても翔は目覚めない。
端寺さんから脈が少し弱くなったと伝えられてからは、様子を見に行くと嗚咽も聞こえるようになった。
食事は俺と端寺さんで交代制になったから医務室に行くこともあったが、用を済ませたらすぐ立ち去るのが暗黙の了解となっている。
自分のせいで、大切な人が死ぬかもしれない。
しかも一度命に別状はないと告げられた上で。
そのショックは俺たちが察せるようなものではないということだけは察する事ができた。
そしてその数日後、俺が食事を届けに行った時……
「……桜見、飯はちゃんと食えよ」
「うん、ありがと……」
沈む一方の桜見に背を向け、立ち去ろうとしたその時。
「……枯葉?」
「「!?」」
翔が目を開いた。
意識を取り戻したのだ。
そして翔の方へ寄ろうとしたが。
「かけ……」
「翔!!」
桜見が夢中で翔に抱きつくのを見て、俺は何も言わずに立ち去るのだった。
……………
「この血が適合すれば、間違いなく世界は変わる。奴らでさえ敵ではない」
「だが、この血は全人類でも一例しか確認されていない貴重すぎるものだ。そんなもん、適合させられんのかね?」
「出来なければ、神に見捨てられた。つまり、我々の進化への夢は誤りだったということだ」
「へえ、面白い。こいつが人類にどんな息吹を吹き込むのか、俺も見たくなってきたぜ」
「そうか。さて、善は急げだ。早速始めるとしよう」
「早速お越しいただくってわけか?」
「いかにも。ではお願いしますよ……大風博士」
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