第16話 最後の日常
あれからも、前と変わらない世界が続いた。
何もしない結果起こる結末を知っていながら、何も出来ない。
与えられた情報が少ないという理由はあるが、それでももどかしさが拭えない。
自慢の運動能力に物を言わせて逃げようにも、あんなの逃げられるわけがない。
俺の体感だが、あの時幸を刺そうとした奴がしてたのは瞬間移動みたいなものだ。
実際に瞬間移動を行うなんて現実的ではないが、それがあまり誇張のない比喩として機能する程度には凄かった。
動体視力にも自信はあるが、直感がたまたま当たって幸を庇えただけであんなの普通避けられやしない。
あれが追っかけて来るんだとしたら、本当に終わりだ。
でもイブキがわざわざ嘘をつくとも思えない。
つまり、どこかに運命を変える手段があるもしくはあったということになる。
ゲームでは何となく詰んでいると感じたらセーブリセットすればなぞのばしょでもなければどうとでもなるが、生憎これは現実。
詰んでいるのかどうかすら分からない。
だから俺にはひたすら詰んでいないことを祈り、考えるしかない。
俺に考えうる限りの中から絞り出した前の世界との最大の相違点。
それは、翔の存在だ。
でもそれ以上は何も分からない。
連絡を入れれば命の危機くらいは救ってくれるそうだが、それで翔共々死んじゃいましたじゃ笑い話にもならない。
翔への連絡は最終手段としておこう。
そんなこんな連日考えている内に、祭りの日は訪れた。
「ごめん!もうちょっと待って!」
「はいはい」
前は俺が幸を待たせる形になっていたが、今回は俺が前日の段階で準備をしていたので俺が幸を待つ事に。
未来から来た俺はこの先起きることを粗方把握している。
幸と射的をやったり一緒に箸巻きを食べたり。
それら全て忘れたくない楽しい思い出だ。
でも一つ、記憶を消してもう一度味わいたい思い出といえば。
「お待たせ!ごめん、着物着るのに時間かかっちゃって」
そう、幸の着物姿。
これに関しては本当に記憶を消してもう一度見たかった。
めちゃくちゃ可愛い、本当に可愛い。
イブキにここの記憶を消しといてくれとか頼んだらそんなことも出来たのだろうか?
などと下らない事を考える。
こうやってしょうもないことを考えていられる時間も、あと僅かとなっていた……
「はへはほ!はへ!」
「いや箸巻き食い終わってから喋れって」
こんなやり取りもあったなあと密かに嬉しい気持ちになる俺だったが、幸は意外な方向を指差していた。
「……あれ、型抜き?」
「そう!楽しそうでしょ!」
「お、おう」
おかしい。
前は射的だったのに。
(小さいことだけど、未来が確かに変わってるってことなのか?)
「いらっしゃい……ってあれ?剛じゃねーか!」
「真介?何でここに」
「屋台のバイトだよ、接客は割と好きだし小遣い稼ぎには丁度良いかなって思ってさ」
「なるほどな。ていうか…」
真介の後ろで景品の棚に立て掛けられてるもの。
「お前、ホントにいつもラケット持ち歩いてんのな」
「おうよ、やっぱこいつがないと落ち着かなくてさ」
真介は基本常にラケットを持ち歩いている。
ラケットが傷つきそうなとこには流石に持っていかないらしいが、テニスが関係あろうとなかろうとだいたい持っている。
紛れもなく真介のトレードマークだ。
「ていうかさ、剛」
「どうした?」
耳打ちされる。
「お前、あの幸さんだっけ?と付き合ってるのか?」
「なっ」
「図星か?」
え?これは絶対に聞かれる運命なの?
「ち、ちげーよ!なあ幸!」
「へ?な、なに?」
「俺たち付き合ってないだろ?」
本人に否定されれば真介も引き下がるかと思ったが……
「そ、そうだね……」
幸は顔を赤らめながら俯いて言った。
やめろ、可愛いけどやめてくれ。
その言い方は1000%確実に誤解を招く。
「やっぱ図星だろ?図星なんだろ?」
「いや違う違う!違うって!」
でもいずれ、胸を張って肯定出来るようになると良いなあ。
「よしっ!」
「速くね?」
幸、型抜き上手くない?
ちなみに俺は初手でよくわからないことをして失敗した。
射的では圧倒的に幸より俺の方が上手かったが、型抜きでは反対になるらしい。
「おめでと、幸さん。景品持っていきな」
景品の棚を指差す真介。
ぬいぐるみであったりお菓子の詰め合わせであったり、こういう屋台にありそうな景品がいっぱい並んでいる。
「じゃあ、これ」
幸が選んだのは腕時計だった。
あまり幸に似合いそうな感じのやつではないけど…
「はい、剛」
「俺?」
「うん、普段からお世話になってるし、剛が着けたらきっとカッコいいよ!」
「そ、そうか?」
俺たちのやり取りを、真介はやれやれといった様子で見つめていた。
「そろそろか……」
「何が?」
「幸、絶対に俺から離れるなよ」
そして、地獄が始まる。
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