ユニバースラヴァーズ

すいま

第1話

「あなたは、この世界を愛していますか?」


封鎖されたはずの屋上で、錆びついた手すりに背をもたれる。

朝比奈ひるりは涙を溜めて、笑顔で問いかけた。


「愛しています。」


俺は心にもない言葉を口にしていた。ほんのちょっとの意地と、強がりと、朝比奈への下心を込めて。


***


下手な朗読といっても、静かな教室に響く女子の声は耳に心地よく、子守唄としては効果てきめんだった。6限目の魔の時間に、コクリコクリと次第に頭を落とした俺はそのまま深く落ちていこうと諦めていた時だった。聞き覚えのない声が好奇心を沸き起こし睡魔を食いつぶした。


誰の声だ?


振り返ると、紅い夕陽を浴びて一人の女子生徒がすっと立っていた。教科書へ視線を落とし、唇から滑らかに文章を吐き出す。

綺麗だ。幼さを残しながら柔らかく整った顔立ちに華奢な肩とすらりと伸びる腕。ちらりと見える脚。


そして、彼女と目が合ったとき、一気に血の気が引いた。目にしているそれを理解した瞬間めまいが襲った。素早く隠れるように向き直る。落ち着け、落ち着け。しかし、あれはなんだ?俺は何を見た?


あれは、誰だ?


皆おかしいと思わないのか?なぜって?なぜなら、昨日まであんな奴はこのクラスにはいなかったからだ!

なぜ悠々と馴染んでいる?思い出せ、いつから居た?昨日はいなかった。今朝は?居た。今日、俺がこの教室に入った瞬間から、あいつはあの席で笑っていた。その馴染み方は転校生のそれではない。まさか、俺だけが奴の存在を忘れてしまったとか?頭がクラクラして冷や汗が出てきた。


「大丈夫か?青い顔して」


気がつけば、授業が終わっていた。


「なぁ、あそこの女子だけど」

「朝比奈?」


朝比奈。そんな名前の奴はこのクラスには居ない。


「朝比奈っていうのか?」

「お前、一年から同じクラスじゃん」

「俺が?ちょっと待て、下の名前なんだっけ」

「朝比奈ひるり、だろ?頭でも悪いのか?」


朝比奈ひるり。一年から同じクラス。もしそれが本当なら、俺の頭がおかしくなったことになる。しかし、その朝比奈という生徒だけを都合よく忘れるなんてことがあるか?


俺はホームルームも記憶をたどる事に費やしたが、俺の頭の中には朝比奈の片鱗も見つけることはできない。

気づけば号令も終わり、俺の足はのそのそと教室を出ようとしていた。早く帰って休みたい。


「有斗さん?有斗裕也ありと ゆうやさん」

「は、はい?」


呼び止める声に思わず声が裏返る。振り向くと、俺の顎下ほどから見上げるように女子が立っていた。


「朝比奈、ひるり」


ギョッとした。目の前のそれはとても愛らしい容姿をしているにも関わらず、今の俺には不気味でしかない。


「少しいいですか?」


返す言葉も待たず、朝比奈は袖口を強引に引っ張る。そのまま人気のない特別教室棟の最奥まで俺を連れ去ると、流石に俺も冷静になり「おい!」とその腕を振りほどいた。


「お前、いったい何なんだよ」

「私のこと、わかりますか?」


朝比奈は真剣な顔で問いかける。どうにもバツが悪い。


「朝比奈、ひるりだろう?」

「去年の学校祭で私は何をやっていたか覚えていますか?体育祭では何の競技に参加してましたか?」


畳み掛けながら一歩二歩と間合いを詰めてくる。


「そんなの知らねぇよ!何なんだお前は!いきなり現れて意味わかんねぇよ!」

「やっぱり!あなた、私に覚えがないんですね。さっきの現代文の反応でわかりました」


朝比奈はなぜかホッとした表情で、胸を撫で下ろしている。


「いったい何の話だ」

「ここではまずいです。屋上に行きましょう」


屋上の鉄柵は人を守るには心許なく、その志は錆びついている。

屋上の中ほどまで進むと、朝比奈が振り返った。


「この世界の外には、もう一つの世界が存在します。そこでは今でも無数の世界が作られています。そして、それらは常に忘れ去られ、消えていきます」


唐突に語りだす朝比奈ひるりはの表情は、真剣そのものだった。


「多元宇宙論か?それともホログラフィック宇宙論?」

「これは、あなたにとっての事実です。そして、この世界はすでにカウントダウンに入っています」

「カウントダウン?」

「そうです。この世界を作った存在。いわゆる、神は、神のいる世界において万能ではありません。神の作ったこの世界においては万能ですが、永遠に続く世界など作れはしないのです。あなたは、この世界を続けたいですか?」

「滅ぶっていうのか?この世界が?」

「滅びはしません。終わるのです。はい、おしまい。めでたしめでたし。その先はありません。あなた達はそれを認識することもできません。物語は更新されず、そして忘れ去られて存在しないことになります」


存在しないことになる。つまり、俺には何の意味もないことになる。


「つまり、来年のマーキス6大ドームツアーも、ラブレイバーの三期も見られないのか?」

「え?ま、まぁそうなりますね」

「それは困る」


世界がどうと言われても、明日が来ないと困るのは誰だって同じだ。もしかしたらあのアニメの新グッズが出るかもしれないし、あのアイドルグループの新曲が出るかもしれない。そういうのを消化して、それで満足して、死んでいくのが幸せな人生ってやつなんじゃないのか?つまり、俺が満足して死ぬまで、この世界が終わってしまうのは避けなくてはならないのでは?


「正直に言うと、世界が終わるのは困る」

「ですよね!では、この世界を続けてください。あなたの力で」


朝比奈は胸の前で手を合わせて嬉しそうに笑った。それはとても幸せそうで、守りたくなるのは仕方ないと思う。


「いや、ちょっと待て。救うって言っても俺に何ができる」

「大丈夫です!この世界を救うのは、愛と想像力です!」


真顔でそんなことを言われても。

呆気にとられていると、朝比奈は振り返り、手すりを背に微笑んでいた。その目に涙を浮かべて。


「あなたは、この世界を愛していますか?」


***


結局の所、朝比奈の正体は何も分からなかった。ただ、スマホには朝比奈の連絡先が登録されていて、深夜の1時に電波塔まで来るよう一言残された。

今は深夜0時30分。寝ている親を起こさないように部屋を出て、自転車にまたがる。上り坂の最後の一歩を踏み抜けて息を切らしながら、踊る心臓をごまかして漕ぎ続けた。

深夜にも関わらずライトアップされた電波塔の時計は0時55分を示し、街灯の下に制服姿の朝比奈を見つけた。


「一人で来たのか?変なのに絡まれたらどうするんだ」


朝比奈はふふっと笑いを漏らして口元を押さえる。


「心配してくれたんですね。ありがとうございます。でも、大丈夫です。この世界は私の都合のいいようにできていますから」

「お前は一体何者なんだ?」

「そうですね。その話もしなくてはなりませんね。時間もないので、移動しながら話しましょう」


朝比奈はまた俺の袖口を掴んで引っ張っていく。向かうのは観光地と化した展望台のある電波塔の下。夜は動いていないはずのエレベーターだった。


「おい、動いてるはずないだろ」

「そう思います?」


朝比奈がいたずらっぽい表情を浮かべてボタンを押すと、予想とは裏腹にポーンと音を鳴らし扉が開いた。全面のガラス窓から景観がよく見える。気づけは扉は閉まり、エレベーターが上昇を始めていた。


「どうなってるんだ?」

「私は誰なのかって、聞きましたね?私は単に、あなた方がこの世界を続るための、神とのインタフェースです」

「インタフェースだって?」

「はい、なので、あなたの記憶通り、私はあなたと3年間を過ごしたりもしていません。そして、そんな私を異物と認識できたあなたこそがイレギュラーなのです」

「なんで、俺なんだよ」

「理由はありません。たとえそれが誰でも、同じ言葉を吐いたでしょう。ところで、あなたには私はどう見えていますか?」


俺は、朝比奈をまじまじと見つめた。改めて可愛い。


「私は可愛いですか?」


心を見透かされたようで、思わずドキッとする。


「まぁ、可愛いと思う」

「では髪型はどう見えますか?」

「どうって、長くて黒くてまっすぐで」

「体型はどうですか?」


真剣に問いかける朝比奈の視線に耐えられず、背後を流れる夜景を眺めた。おかしい、すでに展望台の高さは超えている。


「身長は俺の顔の下くらい。華奢だよな。スラッとしていて、その、スタイルも良い」

「そうですか。それが、あなたから見た私なんですね」

「どういうことだ?」

「私に実体はありません。見る人によってはロシア人のハーフ、5歳の幼稚園児に見える人もいるでしょう。これはあなたがモチベーションにするにふさわしい姿をあなた自身が見せているのです。どうです?やる気出ましたか?」


なんだ?つまり、朝比奈のこの姿は俺が求めた理想の女の子ってことか?


「ちょっとまて。それで俺が世界を救うモチベーションが出たと?」

「実際、あなたはここまで来てくれたでしょう?」


あぁ、なるほど。俺は屋上で見た朝比奈の笑顔を思い出す。


「分かった分かった。もうやめよう、そういう話は。頭が痛くなる。それで、これから俺たちは何をするんだ?」


朝比奈は扉の前に立って振り返った。

到着のチャイムと共に扉がゆっくりと開く。真っ暗な空と、眼下に広がるビルの光が海となって広がり、


「もちろん、世界を救うんです。」


そして、閃光が走った。


目が眩む光の中、逆光に佇む朝比奈はまたあの真剣な眼差しを俺にぶつけ、そして次の瞬間、爆風がエレベータの小部屋を叩きつけた。

俺はとても耐えられずに尻餅をついて床に這いつくばる。爆風が治まり顔を上げると、一面に炎が立ち昇っていた。

何が起こった?戦争?これが核爆弾というやつか?いや、それでは命など無かったはずだ。では何だ?


「有斗さん、立ってください。あれが最初の『終わり』です」


朝比奈の指の先。煙幕の向こうに蠢く影がある。どすんと地響きがあり、煙幕の中からそれが顔を出した。立ち昇った炎に照らされるそれは、生々しい表皮に無数の球体が蠢き、重々しい巨躯を重鈍な脚で前進させている。


「なんだよあれ、まるで怪獣じゃないか」


鉄骨の上に立ち上がると、脚が勝手に震えだす。


「どうですか?怖いですか?」

「現実なのか?これは」

「あなたにとっては現実です。放っておけばあれはこの世界を終わらせます。どうしますか?」

「どうしますかって、俺に何ができるんだよ」

「私の手を握ってください。そして、この世界への愛と、想像力を使ってください。あなたなら、あの怪獣をどうしますか?」


ごおおおおおおおおお!!

列車の汽笛が旅客機のエンジンから吐き出されたような咆哮が響いた。

口から赤いマグマのような液体が勢いよく飛び散り、辺りのビルを焼き溶かしていく。地響きを伴って進むそれは、まさに歩く災厄のようだった。


「早く逃げよう!」

「どこにですか?」

「遠くにだよ!あんなもの、自衛隊にでも任せておけば良いんだ!」

「そうです!それで良いんです!力あるものがそれをすればいい!想像してください。あれに抗う力を!」


抗う力。核と見紛うほどの閃光。先程の光景を思い出した。あれ程の恐怖を思い起こさせる力。


「核ミサイルをぶち込むんだ」


その時だった。電波塔の上を轟音が飛び、怪獣へと向かう。テールノズルから火を吹く姿でミサイルだと分かった。ミサイルが上空に達すると、先ほどと比にならない程の光が視界を奪い、鼓膜が破れ、皮膚を焼いた。喉が焼け息ができない!熱い!何も感じない!死ぬ!


「しっかりしてください!」


全身が焼ける感覚がまだ残っている。しかし、目の前には朝比奈が居て、しんしんとした夜景が広がっていた。


「怪獣は!」

「倒しました」

「倒しただって?街は、壊れてないじゃないか!」


街は火の気の一つもなく、塵の一つも舞っていないようだ。


「先にあなたが死んでいれば手遅れでした。雑なシナリオで助かりましたね。核ミサイルなんてちんけな解決策で退けられたんですから」

「何を言ってるんだ?」

「覚悟を決めてください。次が来ました!」


朝比奈が俺にしがみつくと、一条の光が鉄塔を切り裂いた。地面に叩きつけられた鉄柱たちは夜の街を叩き起こすように響いた。


「何なんだよあれは!」

「ありふれた言葉で言えば、魔王でしょうか。異次元の存在が異能の力で世界を滅ぼそうとしているようです」


魔王と称されたそれは夜の空に羽ばたき、魔法陣を展開しては構わず光弾を撒き散らした。


「早くやめさせろ!」

「それができるのはあなたです!有斗裕也!想像力を膨らませなさい!どうやったら倒せますか!」

「知らねぇよ!魔法少女でも呼んでこい!」

「ま、魔法少女!?」

「魔王には魔法少女!常識だろ!」


叫んだときには朝比奈は光りに包まれ、次の瞬間にはピンク色のドレスに身を包み、銀髪にティアラを冠していた。


「ほんとあなたって人は!」

「お前その格好」

「あとで覚えておいてくださいね!」


朝比奈は一足に飛び上がると信じられない跳躍力で魔王へ向かっていく。光弾を空中のステップで躱す。手に持っている無骨なステッキを展開し光弾を携えるとそれを一気に放った。

しかし、魔王はそれを軽々と両腕で弾き飛ばすと流れ弾が街を焼く。動揺する朝比奈に一瞬で詰め寄ると、拳の連撃を繰り出した。とても捌ききれるものではなく、そのまま地面に叩きつけられる。


「朝比奈!」


土埃の中に朝比奈が立ち上がるのが分かった。魔王は上空で最後のトドメとばかりに空を埋め尽くすほどの術式を展開し、傍目にも超大なエネルギーを集めているのがわかる。


「有斗さん!何か、必殺技はないんですか!」

「必殺技!?」

「早く!」


必殺技ってなんだよ!くそ、想像しろ、魔法少女は負けちゃいけない!


「朝比奈!」


朝比奈はハッとした様子で魔王に向き直る。


「術式展開!魔力充填!私は負けない。今まで一緒に戦ってきた皆のために!そして、アリサのために!って、有斗さん!アリサって誰ですか!」

「そんなの最終決戦前にお前を守って散った双子の姉に決まってるだろ!」

「何よその設定!もう!アリサのためにも、負けないんだから!」


朝比奈がステッキを上空へ掲げる。脚を踏み込み、ステッキが巨大なライフルのように変形すると、魔法陣から放電が走り周りの空間が歪む。銃口に魔力が集中し、5連の術式が展開すると、朝比奈は一気に目を見開いた。


「アルティメットワールドブレイカーァァァァアアアア!!!!!」


放たれた魔力は極大の奔流となって魔王へと突き進む。しかし、魔王の術式から魔力が開放されると両者の光線は拮抗し、周囲へ拡散していった。朝比奈の魔力は、次第に尽きていくのが分かった。


「もう……、駄目なの……?」


歯を食いしばり、地面が割れる。俺は叫んでいた。


「負けるな!今まで散っていった仲間のために!アリサのために!」

「有斗さん!ううううおおおおおおおおおお!!!!」


次の瞬間、光が脈打つように増して次第に収束し、色を変えて針のように細い一本の線となる。それは針穴を通すように、魔王の体を貫いた。魔王の体は灰となり、夜空に魔力の残光が雨のように降り注いだ。


「朝比奈!」


俺は倒れ込む朝比奈へ駆け寄った。


「私を魔法少女にするなんて、どんなセンスなんですか」


息も絶え絶えの朝比奈を抱きかかえる。


「すまない。でも、とても似合っていたぞ」

「あの技名はダサすぎです。魔法少女モノは、向いてませんね」


微笑む朝比奈に俺はありがとうと囁いた。

朝日が昇り、夜の青さが次第に赤みを増していく。ビルの隙間から光が差し込み、俺たちを包み込んでいた。



その時、空を暗雲が急速に包み込んでいった。


「おいおい、次は何だよ!」

「有斗さん、あれを観てください!」


いつの間にか制服姿に戻った朝比奈が、腕の中で空を指差した。

雲を切り裂いて突き出すように巨大な建造物が生えてくる。次の瞬間、小さな光点が無数に飛び出し、こちらへ近づいてくる。


「宇宙船だ!」


急降下したそれは地面を熱線で焼き街を破壊していく。


「有斗さん!」

「分かっている!愛と想像力だろ!」


言い終わる前だった。無数のミサイルが上空をパスし、小型の宇宙船を追尾する。

そして直撃すると爆風が宇宙船を揺らした。


「なんだあれ!」

「シールドです!」

「ずるいな!」


追うようにして戦闘機が滑空し、小型宇宙船と戦闘機のドッグファイトが繰り広げられていた。しかし、オーバーテクノロジーにはどうやっても分が悪い。


「こうなったら、あれを出すしか……」

「あれって、まさか!」

「開発中の新型機だ。まだテスト段階だが、やむをえまい。あいつのハイメガビームカノンなら、あの母艦にだって致命傷を与えられるはずだ」


その時、俺と朝比奈の上に巨大な人影が落ちた。


『待たせたな!裕也!』

「お前は、田中か!?」

『俺も居るぜ』

「松山?」

『俺も忘れんなよ』

「藤井まで!!」


「ちょっと待ってください!誰ですか!」

「クラスメイトに決まってるだろ!あの学校は実は政府の特務機関直属の施設で、密かにパイロット候補生を育成していたんだ」

「しょうもない設定ですね!」

「お前達、その機体は行けるのか?」

『おう、VFX-129-F ゼーバリスは無敵だぜ!』

「頼む、お前たちだけが頼りなんだ!」

『任せとけ。それと』

「なんだ?」

『朝比奈ちゃん、帰ってきたら話があるんだ。少しだけ待っててくれよな』

「それフラグですよ!」


田中たちはその重装甲を飛び上がらせた。

ゼーバリスの行く手に宇宙船が群がると、ライフルがそれを一閃する。


「強い!」

「チートじゃないですか」


しかしその時、母艦から黒い人型が投下された。それはとてつもない機動でゼーバリスへ肉薄すると、ビーム一閃、ゼーバリスの左腕を切り落とした。そしてもう一閃というところで、ゼーバリスがビームの刃で受け止める。鍔迫り合いで動きを止めている隙にゼーバリスはミサイルを斉射した。黒い人型は組み付いていた機体を離し、ミサイルを曲芸のように回避する。ビームで撃ち落とし、剣でなぎ払うとゼーバリスへ銃口を向けた。


「あれは!グラヴィトンキャノン!」

「ちょっと!敵に強そうな設定追加しないでください!」


ゼーバリスは迎え撃つように胸部装甲を開放した。エネルギー回路が組み変わり、全エネルギーが発射口に集中する。


「まさか、ハイメガビームカノンを使うのか!」


両者から放たれた光線は拮抗し、互いのそれを押し返す。


「この光景さっきも観ましたね!」

「好きなんだよ!」


オーバーヒートしたゼーバリスの節々から爆発が起こる。もう限界かと思ったその時、機体が紅く光りだした。


「あれは、ヴァルキュリアドライブ!」

「なんですかそれ!」

「ゼーバリスに隠された諸刃の剣、リミッターを外した最終形態だ」

「なにそれかっこいい!」


ハイメガビームカノンの出力が爆発的に上がると、グラヴィトンキャノンを押し返し、その人型を焼き尽くした。


「よっしゃあ!」

「でも、まだ……」


ゼーバリスはもはや動くことはできない。そこへ敵が包囲するように集う。

上空ではポッカリと口を開けた母艦から巨大な砲身が突き出し、地上を焼こうとしていた。


「くそ!ここまでか!」

「有斗さんが諦めないでください!」


その時、ゼーバリスの双眼が光り、ヴァルキュリアドライブの残光が溢れ出す。

ピピーと俺のスマホが鳴った。


「もしもし」

『裕也……か?』

「田中か!?大丈夫なのか!?」

『へへっ、ちょっとへましちまった。他の二人はもうダメだ。俺も、長くは持たん』

「そんな……」

『朝比奈ちゃんは、そこにいるのかい?』

「あぁ!今代わるからな!」

「え?私ですか?もしもし……」

『朝比奈ちゃん、約束守れなくて、ごめんな。』

「約束なんてしてませんけど」

『俺、ずっと、朝比奈ちゃんが好きだった。本当は直接言いたかったんだけど、ダサいよな。俺。』

「そんなこと、そんなことないです!」

『絶対、この世界だけは守るから。裕也!朝比奈ちゃんを頼んだぞ!ううおおお!!!』

「田中ぁぁああ!!!」


ゼーバリスは全身の増加装甲をパージした。反重力エンジンと骨格だけの華奢な体で最後の出力を振り絞り急上昇加速すると、その全てのエネルギーを解き放ち、母艦へと特攻した。暴走したエネルギーは母艦を爆炎に包み、ゆっくりと降下を始める。

小型の宇宙船は墜落を始め、そして、世界中で勝利の雄叫びが上がるのだった。


「田中、お前は良いやつだったよ……」

「有斗さん、自分で行かないのはズルいです」


朝比奈は、朝日に照らされて、涙を浮かべて微笑んでいた。


「これで、終わったんだな。全部。」


空を仰ぐ俺に、朝比奈は悲痛な表情を向けた。


「有斗さん、まだです。まだ、最後のシナリオが残っています」


朝比奈は数歩進み、振り返る。


「なんだって?どこだ?敵はどこにいる?」

「有斗さん、私を観てください」




「まさか、朝比奈。お前」

「私はこの世界では異物です。私がいると、この世界はどんどん歪んでいって、全ての原理原則が捻じ切れるように崩壊していきます」


朝比奈は、どこからともなくナイフを取り出すと、俺の手に包ませた。


「さぁ、時間がありません」

「そんな事できるわけ無いだろ!」


俺の手は震えていた。できるわけがない、でもやらなければならない。

朝比奈の手が暖かく包み込む。ゆっくりとナイフを握った俺の手を持ち上げ、自分の喉に切っ先を沿わせる。

少し力を入れれば、朝比奈のその細い喉を掻き切ってしまいそうだ。

朝比奈は動揺する俺の目を真っ直ぐに見つめる。


「あなたは、この世界を愛していますか?」

「俺は」


俺はこんな世界を愛してなんかいない。朝比奈を殺して続くこんな世界なんて望んでいないじゃないか。


「俺は、あなたを愛しています。こんな世界じゃない。あなたを愛しています!」

「有斗さん、どうして……」


力の抜けた朝比奈の手をゆっくりと離し、ナイフを地面へと落とした。その手は自然と朝比奈を抱き寄せ、朝比奈のすすり泣く声と吐息が耳元へと届く。


「でも、それじゃあこの世界は」

「愛と想像力なんだろ。こんな世界、俺がどうとでも作り変えてやる!朝比奈ひるりはただの女子高生だ!とびっきり可愛いただの女の子だ!世界は終わらないし、俺の日常は続く!明日も明後日も学校へ通い、無難な大学に入って中小企業に就職し、家族三人不自由なく暮らして。最後は家族に見守られて、いい人生だったって!お前と手を取って死んでいくんだ!」


朝日が満ちたのか、それとも想像力が飽和を迎えたのかはわからない。

ただ、最後に耳元で「しょうもないラブコメですね」と涙混じりの優しい声が聞こえた。


***


物語の基本は夢オチである。なんせ、全ては誰かの妄想であるし、この世界もまた神の見た夢である。だから、俺が今見ていた物語も全ては夢だったのだ。それはヨダレで濡れたノートが証明している。


やはり、朗読する女子の声は子守唄として効果てきめんだ。朗読していた生徒が着席するのがわかり、感謝の意も込めて振り向いた。朝比奈は今日も可愛い。

俺はいつもの通りやり過ごして生きていく。明日が平和ならそれでいい。ホームルームも起立と礼をして本日のノルマは達成だ。さっさと帰ろう。


「有斗さん?有斗裕也さん」

「は、はい?」


思わず声が裏返る。振り向くと、俺の顎下ほどから見上げるように、女子が立っていた。


「朝比奈、ひるり」

「少しいいですか?」


周りの視線が何事かと集まる。ただドギマギしていると、返す言葉も待たず、朝比奈は俺の袖口を掴んで強引に引っ張って行った。


果たして、俺はこの後どうなるのか。どう考えても冴えない俺の下剋上青春ラブコメが始まるとしか思えないが、それはまた、楽しみに待っていて欲しい。

俺達の戦いは、これからなのだから。


めでたし、めでたし。









暗転。










「残念ながら、有斗裕也の世界の物語はこれで終わりです。つまらなかった?上等です。でも、考えてみてください。これくらいの物語はそのへんにゴロゴロしています」


声の主は朝比奈のようであり、ブロンドのレースクイーンであり、語尾の甘い小学生でもある。


「本屋に並ぶ無数の本、気づいたら上映が終わっていた映画、ラジオから垂れ流される音楽。どれも作られては忘れ去られる一抹の世界たちです。でも、あなただけでも私達のことを覚えていてくれるのなら、この世界は続いていくかもしれません。どうですか?この世界の先を、この世界のありえた姿を、この世界の気に入らないところを、あなたの手で作ってみませんか?そうすれば、有斗裕也と朝比奈ひるりの世界はきっと続いていくでしょう。全ては想像力なのですから」


その女はニヤリと妖しく笑って踵を返すと、思い出したかのように足を止めた。


「あ、そうだ。最後に一つ聞いてもいいですか?」


振り返ると、朝比奈は優しいほほ笑みを浮かべた。


「あなたは、その世界を愛していますか?」



【完】

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