-8話
そして、憂鬱な放課後。
俺、壱岐、間島先輩は生徒指導室で玖雅先生と向き合っていた。
……帰りたい……
「昨日も言ったはずだ。間島。首を突っ込むんじゃない」
「私、何もしてないよ。先生」
「とぼけるな。今日の休み時間……この二人に余計なことを吹き込んだろ」
!?
何で知っているんだ!?
「昨日のことで私、この二人と仲良くなったんだ。休み時間に後輩たちに会いに行っちゃいけないの?」
「とぼけるなと言わなかったか?」
背筋に寒気が走る。
と、同時にふわっと甘い香りがし始めた。
「同じことを何度も言うのは嫌いなんだよ。一回でわかりましたって素直に言えばいいものの……」
……あれ……何だ……?
視界がぼやけて……
頭がボーッとする……
「いいんだぞ。力ずくで言うこと聞かせてたって」
先生の声が何だか遠くに聞こえる。
俺はただ、何となく先輩や壱岐に巻き込まれてしまっただけだ。
別にこの件がどうなろうと構わない。
ここでもう関わりませんって言ってしまえば……
「スト――――――ップ!」
そんな俺の意志とは思えない思考は、誰かの声によって一時停止した。
……ハッ!
何だったんだ、今の!?
俺は隣の間島先輩を見る。
先輩も夢から醒めたような顔をしている。
「何をやっているんですか!」
俺を我に返らせたのは、眼鏡の小柄な女教師の声だった。
彼女は頬杖をついている先生の前に仁王立ちになる。
「生徒にその力を使うなんて……どういうつもりですか!? ていうか生徒じゃなくても安易に使わないでください!」
怒られているのに素知らぬ顔の玖雅先生。
「聞いているんですか!? 先輩のそういうところ、よくないと思いますよ!」
「先輩言うな。そっちこそ生徒の前でわめき散らしたり、公私の区別がつかないのはどうかと思うぞ」
「今それは関係ないでしょう!?」
この眼鏡の先生……確か、二年生担当の国語教師だったよな。
関わりがないから、名前が思い出せない。
「二人ともいい加減にしろ。その言い合いが一番駄目だろ」
さらに後ろで声がする。
振り向くと、数学の先生……これまた名前が思い出せないが、立っていた。
爽やか系で女子から人気があるのは知っている。
「荒波先生ー!」
間島先輩が歓喜の声をあげる。
そうだ、荒波先生だ。
「先生、助けて! 玖雅先生が魔法を使って私たちをいじめるの!」
いかにも被害者ぶって、先輩は荒波先生に泣きつく。
魔法……
さっきのは魔法だったのか!
道理で体が言うこと聞かないわけだ。
担任め。自分のクラスの生徒に魔法を使うとは。
「間島……前にも言っただろ。危ないから首を突っ込むなって」
荒波先生は庇ってやるどころか、呆れたように先輩を突き放した。
「そうですよ、間島さん。あなたのその好奇心……自ら危険に飛び込んでいくようなものです。いくら仲間を増やそうとも私たちは、あなたに警告し続けますよ」
仲間というのは、俺と壱岐のことか。
俺はそんなものになった覚えはないが……
「……わかった。今回の件、アレ絡みだね?」
どれだけ叱られても、先輩は自分のペースを保っていた。
……アレ?
「だから先生たち、私に関わるなってしつこいんだね」
三人の先生は答えなかった。
アレが何なのかわからないが、イエスということでいいのだろう。
「そう思うのなら大人しくしてろ。余計な手間を増やすんじゃない」
「邪魔はしないよ。でも誰がこんなことをしたのか知りたい!」
「間島……あまりしつこいようなら保護者に連絡という手段をとってもいいんだぞ」
脅しかよ!
先輩も「さすがにそれは!」と、手を合わせる。
親への連絡。
その一言は、まだ子どもの俺たちにとって最強の脅し文句だ。
「先生方、言い過ぎると逆効果になると思いますよ」
いつまでたっても終わる気配のないこの不毛なやりとりに、終止符を打ってくれる人が現れた!
「伍紙先生……」
担任はあからさまに嫌そうな顔をし、残りの二人の先生も気まずそうな表情になった。
「駄目だと言われたら、余計に反抗したくなるものでしょう? 人って」
押してはいけないボタンを押したくなるときがある。
そんな衝動に駆られるのと同じ感覚だろうか。
「彼らのことは、私が見張っておきましょう。なので、今日はこのくらいにしてあげては?」
救世主の伍紙先生は、俺と壱岐の肩に手を置いてニコリと微笑んだ。
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