第75話 娘

「はい、陛下」

 私は、陛下が無理を押して、ここに来てくれたことを悟る。だって、体は小刻こきざみに震えているし、声は堂々としているけどどこか弱々しい。陛下の体調のことを考えるとなるべく早く交渉をまとめなくてはいけない。


「私を、陛下の本当の娘にしてもらうことはできないでしょうか? そうすれば、全て解決します」

 陛下のかたわらにいたルーゴ将軍は、驚きながら目を見開いていた。みんなおんなじ反応をしてくれるわ。これに驚かなかったのは、お父様とフランツ様くらい。


 いえ、もうひとり驚かなかった人がここにいる。

 それは、私の目の前にいる皇帝陛下よ。


「公爵は、納得しているのかい、ニーナ?」

「はい、陛下。父は、私が娘であることに変わりはない。それに、陛下は、私のことをずっと実の娘のように気にかけていてくれた。だから、安心できる。この混乱をしずめるための最善手だ、と」


「ふむ」

 陛下は思案する姿勢になったわ。


「ニーナ国務尚書が、陛下の養女となり、オーラリア公国フランツ公王と婚約する。陛下の引退後は、グレア・オーラリアの土地をふたりで共同統治するという形で、平和に国家の再統合をはかりましょう。そうすれば、フランツ公王は陛下の婿むこになり、跡を継ぐのに理由はいらなくなる。グレア帝国も、陛下の後継者が統治するという形になり無理やりの併合という負の側面が緩和されます」

 グレゴール宰相は、私の意見を強く推してくれる。


「たしかに、フランツ公王は、皇族に準ずるオーラリア家の人間だ。新興貴族たちが正式な手続きを踏まなかったおかげで、選帝侯筆頭の地位も我が国の法律で明記されたまま保持されている。後継者が不在となった今では、彼が最も次期皇帝にふさわしい立場である。だが、オーラリア公国側に立ったニーナ尚書が陛下の養女となる点は、反発を生みかねないのでは?」

 ルーゴ将軍はそう危惧きぐしたわ。でも、そこはクランベールさんと打合うちあわせが済んでいるところ。


「たしかに、将軍の懸念けねんはごもっともです。ですが、公爵家は、グレア帝国第3代皇帝陛下の第2皇子が臣籍降下しんせきこうかしたことで誕生しました。言わば、グレア皇族の遠い親戚というのが歴史的な事実です。王朝の血脈が途絶とだえそうなときに、遠戚から後継者を呼び寄せるのは歴史的に見ても当たり前のことです。そして、ニーナ様は、あくまでグレア帝国の逆賊を討伐するために我らに協力してくれただけです。”グレア帝国の地方総監部から辺境伯領に出向した秘書官”という立場は残っているはずです。さらに、フランツ様とニーナ様の婚約は、表向きはまだ公表されていない。すべてがうまくまとまると、当方は考えております」


 ルーゴ将軍は納得したように頷いた。

「なるほど。そして、公爵家はこのたびの反乱に対して、海軍をまとめて逆賊たちに抵抗した英雄。ニーナも臨時的に就任したオーラリア公国国務尚書として、たしかな政治力を見せた実績がある。担当者として、オーラリア公国を列強に承認させ、そして今回の和平交渉をとりまとめたとなれば、後継者としての資質は申し分ないものになると」


「はい、その通りです、閣下」

 宰相様は、力強く断言する。そんなに言われるとちょっと気恥ずかしいわ。


「少なくとも、私のバカ息子やメアリより、資質は十分だよ」

 陛下は、優しく笑った。


「私はもともと、息子の統治者としての能力には疑問を持っていた。社交的で華やかだが、嫉妬深すぎる。持ち前の感受性で民の痛みに寄り添えると思ったが、嫉妬によって身を滅ぼしてしまった。感受性豊かな分、それが悪い方向に作用してしまったんだろうな。だからこそ、ニーナに期待していたんだ。実務面では、キミのほうが息子よりもはるかに有能だったから……お互いに補える存在になれるとね」


「陛下……」


「感傷的な言い回しになってしまった。すまない。だが、ずっとこうも思っていた。事実上の私の後継者は、ニーナだとね。だからこそ、キミの提案は私の本懐ほんかいとも一致する」

 陛下は目を閉じた。実の息子がかわいくないはずがない。

 父親としての自分を抑え込んで、帝国の最高権力者として、果たすべき責務をまっとうしようとする陛下は、深いため息をついた。


 見ていて、痛々しいほどの覚悟が伝わってくる。


「ニーナ。私の本当の娘に――になってくれるね?」

 陛下は、堂々と国家元首たる自分の責任をまっとうすると宣言してくれたわ。私もそれにこたえなくてはいけない。


「もちろんです、陛下」


 ※


 翌日、皇帝陛下から、皇太子の廃嫡と、私が陛下の養女となりフランツ様と婚約したことを公表されたわ。


 これで和平はほぼ完成した。

 あとは、砦に残る反対派を逮捕するだけ。

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