第70話 偽りの軍務尚書

―グレア帝国・右翼コンス尚書陣営―


「皆の者、あれは偽物だ。国璽こくじもサインもあの話も全て偽物だ。皇太子殿下と私を信じろ。逆賊を討伐すれば恩賞はおもいののままだぞ。いいか、私たちは数で勝っている。このままあの偽軍旗どもを押しつぶせば、勝利の栄光など簡単に手に入る。突撃だ、とにかく突撃しろっ!」

 俺は、なんとか兵をまとめようと必死に語気を強めて命令を出した。


 新興貴族派と手を組んで、ルーゴ将軍や公爵のような老害たちをやっと排除して、軍務尚書まで登りつめたんだ。ここで死ぬわけにはいかない。


 そもそもあいつらは、軍のベテランである俺よりも若造のチャーチルの方を評価していたんだ。


 このままでは出世で追い抜かれる。だからこそ、新興貴族に手を貸して、軍を掌握しょうあくした。


 チャーチルまで向こうの反乱に手を貸したのはラッキーだった。ライバルが自分から退場してくれたんだからなぁ。


 そして、あとは攻めれば勝ちのところまで来ている。俺の名前は、栄光ある軍務尚書として、帝国の歴史に刻まれる。


 なぜなら、帝国最大の反乱を鎮圧した英雄となり、新興貴族派たちから受けた資金援助で大富豪として暮らせるのだからな。名誉と金。俺はすべてをつかんだはずなんだ。その栄光ある道をこんなところで閉ざされてなるものかぁ。


 歴史は勝者によって作られる。それが真実だ。ここであの反乱軍を倒せさえすれば、あとはどうとでもなる。


「さあ、全軍、突撃だ! 勝利の栄光を我らに……」


 だが、兵士たちは一歩も動かなかった。なぜだ、俺はグレア帝国の軍務尚書にしてコンス陸軍大将だぞ。


「お前たち、命令に従わないのか!! そうであれば、この場で処刑する。私にはその権限があるんだ」


 俺の大声に、兵士たちはピクリとも動かない。こいつらめっ!


「よかろう。お前らも逆賊だな。ならば、血を見せてわからせてやる」


 俺が剣を抜いた瞬間、ひとりの若い将校が俺の前におどり出た。

 鉄仮面をつけているせいで、顔が見えない。


「いや、その必要はないよ。キミたちの負けだ。コンス


「俺は大将だ。無礼な奴め。名を名乗れ!」


「なに、正式な手続きを踏まずに昇進した自称・大将閣下を敬っただけですよ。私の名前は……といえば、わかるかな? いつわりの軍務尚書閣下?」


 俺の目の前には、長年のライバルだった青年が鉄仮面の中から素顔をさらした。


「ははは、久しぶりだな。チャーチル!! だが、敵陣のど真ん中に、護衛も連れずにノコノコやってくるとはな! 皆の者、さあ早く切り捨ててしまえ。早い者勝ちだぞっ」


「無駄だ。お前のような男には、私は殺せない」

 強がりを言うチャーチル。馬鹿な奴め。


「その強がりの代償は、お前の大事な命でつぐなうんだなぁ。さあ、やれ。切り捨てろっ!」


「……」

 だが、兵士たちは動かなかった。


「どうした。どうして、命令に従わないんだ!!」


「なっ、言っただろう? 私は殺せないって! さあ、諸君、いつわりにまみれた自称軍務尚書閣下を捕らえるんだ! 今すぐな」


 チャーチルの大声がトリガーとなって、兵士たちは一斉に俺の首元にやりを突き立てた。俺の幕僚ばくりょうたちも兵士たちに取り押さえられていた。


 俺の体の中で、血の気が引く音がした。目がチカチカする。どうして、俺は部下たちに裏切られたんだ!?


 どうして、俺は今、殺されそうになっているんだ。俺は、グレア帝国の軍の大将だぞっ。


「おまえたち、おちつけ。なっ、おちつけよぉ。お前らが殺そうとしているのは、グレア帝国の軍のトップだぞ? どうなっても知らないぞ。これで俺たちが、この戦争に勝ったら、お前たちは反逆者の片棒かたぼうをかつぐことになるんだ。将来を考えろ。今なら許してやる」


 だが、兵士たちは俺に向ける敵意をおさえようとはしない。


「さあ、コンス。すべてを話して楽になれ。そうすれば、裁判くらいは受けさせてやる」


 チャーチルは、俺に向けて強い眼光を向ける。

 誰が話すか、どうせ裁判になったら死刑だ。


「弁護士を呼んでくれ。弁護士が来るまでは、何も話さない」


「まだ、立場が分かっていないらしいな」

 チャーチルは兵から槍を受け取り、俺に向ける。


「おい、嘘だろ。やめろ、やめてくれ。ここで俺が死んだら、真実が分からなくなるかもしれないんだぞ。お前たちにだって、俺は重要な証人だろう? なぁ、司法取引をしようぜ。俺の命を保証してくれれば、すべて話す。それに、新興貴族から受け取った金だって分けてやる。そうだ、俺の後任は、チャーチルに任せる。最高だろ? だからさぁ、ぎゃああぁぁぁあぁあああああああ」


 右の脚に熱い痛みが走った。あいつの持っていたランスが俺の右足を貫いていた。


「この槍には毒が塗ってある。早く治療しないと大変なことになるぞ」

 

 毒!? 毒だと!?!?

 死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。


「話す、すべて話す。俺は新興貴族たちと手を組んで、皇帝陛下の暗殺未遂とクーデターを計画しました! すべては皇太子殿下とメアリ子爵令嬢の指示です。だから、早く解毒魔法を――死んでしまうぅ」


 俺は半狂乱になりながら、真実をすべて話した。


「皆の者、聞いたな! これが真実だ。反逆者の皇太子の旗を降ろして、オーラリア公国の旗を掲げろ。我らはこれより、オーラリア公国フランツ公王を援護する!! この勘違い尚書は連れていけ」


「「「おおおおおおおお」」」

 兵士たちの力強い掛け声がこだました。

 兵士たちの頭上には、オーラリアの旗がひるがえっている。


 数人が、俺を抱き上げて連行する。


「話した、全部話した。だから、早く治療を……約束が違うぞ、嫌だ、死にたくない」

 プライドも捨てて、必死に頼む。


「安心しろ、毒なんてしこまれていない」

 あいつは、冷たく言い捨てた。


はかったな、チャーチルぅ」

 俺は怨嗟えんさの絶叫を上げた。


「だまれ、この反逆者めっ」

 絶叫を上げていた俺は、さっきまであごで使っていた兵士たちに頭を殴られる。

 強烈な痛みが視界をくもらせた。


「我らの敵は、悪逆皇太子とその取り巻きだ。今から祖国を取り戻す」

 いまいましきライバルの声とそれに力強く呼応する兵士たちを見ながら、意識が薄れていく。


 どうして、俺の命令は聞けないのに、そいつの言うことはすんなり聞くんだよ?

 俺は、いったい、なんのために……


 ここまでやってきたん、だ

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