第38話 おしごと

「それでは、お兄様、ニーナ様、行ってきます」


「ええ、元気でね、マリア」

「気をつけて行ってきてくれ!」

 私たちは屋敷の前でマリアを見送ったわ。なんだか、彼女がいなくなると急に静かになる気がするわ。


 でも、マリアにも学園生活があるから、仕方しかたがないことよね。

 私も、今日からフランツ様とふたりでこの屋敷ですごさなくてはいけないのよね。はたして、ドキドキしすぎて心臓が持つかしら……


 この1週間、どこかよそよそしい態度になってしまっているし……

 うう、そう考えると胃が痛くなるわね。


「じゃあ、仕事に行こうか」

「はい」

 私たちは馬車で庁舎に向かった。


 ※


「今日は、職人ギルドとの打ち合わせがありますね」

 私は、秘書官としての仕事をこなす。

 この前の皇帝陛下との面会で、私も正式に辺境伯領でお仕事ができることになったの。


 今までは、フランツ様の私設秘書だったんだけど、今はグレア帝国の地方総監部から辺境伯領に出向した秘書官という立場になったわ。さすがは、皇帝陛下ね。1週間で辞令が来たの。これで私も宮仕みやづかえということになるんだけど、あんまり実感がないというのが本当のところ。


 でも、一応、お給料をもらえることになったし嬉しいわ。


 お給料さえ出れば欲しいものは自分で買えるもの。


「職人ギルドとの打ち合わせは、大事な議題があるから緊張するね」

「大事な議題ですか?」


 職人ギルドと、フランツ様が大事な打ち合わせ? どういうことだろう……

 なにが公共事業でもするのかしら? その協力要請かな?


「うん、実は作ってもらっている武器の規格を統一したくてね」

「規格を統一?」


 確かに職人ギルドには、辺境伯領の軍備のメンテナンスなどをお願いしているけど……規格を統一ってどういうことだろう?


「うん。たとえば、魔力砲とかね」

「あの、魔力を込めて打つ大砲のことですよね」


「そう。でも、あの武器は、常に強い衝撃にさらされているので、壊れやすいんだ」

「たしかに、すごい音がしますよね」


「そう、あれは内部で魔力を爆発させているようなものだから、壊れやすいんだ。壊れたらどうする?」

「職人さんに修理してもらいますよね」


「そう。でもね、今の状況だと、内部に使われている部品が、職人ごとに違っていて、新しい部品を作らないといけないんだ。そうすると、修理に時間がかかってしまうだろう? 使いたい時に大砲を使えないのは、とても厳しいんだよ」

「たしかにそうですね」


「でも、部品が統一できれば、戦場でも修理できるようになるじゃないか。部品をあらかじめ余分に作っておいて、戦場に輸送するのも簡単になる。さらに、他の武器の部品との互換性も持たせることができるかもしれない。そうすれば、戦略的にも可能性がとても広がるんだ」

 すごい。私は、戦争って魔法や剣で華々はなばなしく戦うものだと思っていたわ。

 でも、勝つためには戦争が起きる前からの事前準備が大事なのね。


「すごいです、フランツ様はそこまで考えていらっしゃるのですね!」

「ここは、最前線だからね。領民たちを守るためには、考えなくてはいけないことが多いんだ」


「でも、職人さん側としては、難色なんしょくを示すでしょうね。自分しかできない仕事に誇りを持っている人が多いでしょうから」

「そうなんだ。対応してくれたギルドには、補助金の助成じょせいをしたり、統一規格は武器に限定して他の分野での権利を保証するとかいろいろ交渉しなくてはいけないことが多いんだよ。ニーナにもいろんな書類をまとめてもらわなくちゃいけなくなるだろうから、よろしく頼むね」


 まだ、平時なのに、もしもの時を考えて動いているのね。王都とはまるで違う緊張感。これが最前線の領土の主としての心構えなのかもしれないわね。


 非常食の準備も入念にしているのもすごいわ。

 王都は、貴族たちが毎日パーティーしているし、地方の貴族領の食料の準備も正直に言えば不十分よ。小麦をある程度蓄えるくらいで、飢饉ききんが起きたらひとたまりもないでしょうね。


 こんなことを考えてしまうと、不敬になってしまうかもしれないけど……

 

 名君の皇帝陛下を継ぐべきは、彼なのかもしれない。


 でも、フランツ様は、絶対にそうは思っていないはずよ。

 彼は、この最前線の辺境伯領を守るという視点を重視している。彼にもっと野心があったら、中央での仕事を増やすはずだから……


 そういう私心がないところも、皆から信頼される性格だから……

 そんなところを、私は……


 続く言葉をあえて飲み込み私は事務仕事を再開する。


 心の中でも、彼を目の前にそう考えてしまえば、たぶん気持ちを止めることができなくなってしまうから――


 なんて、まだ、考えるのも恥ずかしいの、よ。

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