第34話 お兄さん

「やっと、昔の呼び方に戻してくれたね、ニーナ」

 そう、私は幼いころから、彼らと辺境伯兄妹とよく遊んでいたわ。

 だから、マリアの影響で、私もフランツ様をフランツお兄さんと呼ばせてもらっていたの。

 私に兄はいなかったから、フランツ様を本当の兄のように思っていたわ。


 年上の優しいお兄さんに憧れない女はいないでしょう?


「だって、私も皇太子様の婚約者という立場があったので、ちゃんとしないとって……」

 フランツ様の声を聴いていたら自然と涙声になってしまうわ。


 いつからだろう。彼の呼び名を変えたのは……

 たぶん、家庭教師の先生に、「そんななれなれしい呼び方ではいけません」と叱られたからだったと思う。


 皇太子様の婚約者が、いくら幼馴染でも、安易におおやけの場で男の人に接してはいけない。それが、私が背負っている責任だと、何度も言われたわ。


「ああ、そこがニーナの凄いところだよ。責任感が強くて、しっかりしている。そこがキミの素敵なところだ。でもね、本当に辛い時は、もっと本当の自分を出さなくちゃだめだ。そうしなければ、君が本当に辛いことを周囲に気がついてもらえないんだよ」


 そう言って、私の頭を優しくなでてくれる。


「キミは、もう自由なんだ。せめて、僕の前では、君はもう少しリラックスして接してほしいと思っている」


「ありがとうございます」


「辛かっただろう。今までの人生がすべて否定されてしまったんだ。それなのに、君はよく耐えた。とても立派だった。僕は、そんな君がとても素晴らしいと思ったんだよ。キミがいいなと思った。今までの人生の中で、たくさん縁談の話はあった。みんな、素晴らしい女性だと思ったよ。でも、どんな素晴らしい女性よりも、僕はりんとして咲く花のようなキミが一番だと思った。だからこそ、僕は、ニーナに本当の気持ちを告げたんだよ。答えてくれないか、ニーナの本当の気持ちを……」


 私の本当の気持ち。

 立場も失った私だからこそ言える今の本当の気持ちは、なに?


 今までずっと本心を隠して生きていたから、ちゃんと自分の気持ちを伝えることに憶病になっているだけなのかもしれない。


 いま、勇気を振り絞って、一歩踏み出さないと一生後悔する。あの時の卒業パーティーみたいに……


「私で、本当にいいんですか?」


「違うよ、ニーナいないんだ」


 私のずるい言葉にも、彼はまっすぐ答えてくれる。

 そんな素直な目で見つめられたら、もう嘘なんてつくことはできないわよね。


「こんな私を選んでくださってありがとうございます。ずっと、一緒にいてください」


 顔から火が出るくらい熱いわ。ドキドキが止まらない。


「よかった」


 そう言って、彼は私の手の甲に優しくキスをしてくれた。

 私は、夢うつつでその光景を見つめていたわ。

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