第35話 その日の夜

 私たちは、あの後はほとんど何も話さずにお屋敷に帰ったわ。

 そのまま疲れたからと言って、夕食後にすぐに解散になった。自室に引きこもって、そのままベッドに入る。


 旅の疲れで、すぐに眠くなると思ったんだけど、そうはならなかったの。眠れない。緊張、いや、違うわね……


 これは興奮だ。

 ずっと、気になっていた人に認めてもらえた。好きになってもらうことができた。それがとてもほこらしいんだと思う。


 ずっと、近くにいた男の人に、ずっと浮気をされて、自分の価値に自信が持てなかったのよ……


 私に魅力がないから、皇太子様は別の女性を好きになってしまった。本気でそう思っていたから……

 

 ※


「ニーナ、残念だがキミは皇太子の婚約者として、ふさわしくない。キミとの婚約を破棄する」



「お前が持つすべての権利をはく奪して、国外追放に処……」


 ※


 あの日の言葉は、何度も私の頭の中で繰り返されていたわ。忘れることができないのよ。あれは、私たちを祝福してくれるはずの卒業パーティーで起きた悪夢なのよ。天国から地獄に叩き落されたのよ。


 それもあのまま誰も助けてくれなかったら、私は国外追放で今頃、路上生活をおくっているか、盗賊にでも殺されていたと思うわ。


 だからこそ、私を助けてくれたフランツお兄さんは、かっこよかった。

 誰もが恐れる絶大な権力を持つ皇太子様に逆らってまで、私を助けてくれたのだから。


 ※


「お待ちください、皇太子様。仮にも相手は公爵令嬢です。帝国法のどこにも、皇太子様が臣下を勝手に国外追放にしていいなど書いてはおりません。刑を決めるのは、裁判所であり皇帝陛下です。それをしてしまえば、皇帝権と司法権の侵害となり貴方の立場も危うくなります」


 ※


 あんな風に、あの緊迫した状況の中、理路整然と私を弁護してくれた。そんなことでできるなんて、あの方しかいないわ……


 だからこそ、さっきの湖でのデートは嬉しかった……

 あの瞬間、あそこで死んでもいいと思うくらい幸せだった。


 ※


「ずっと君のことが好きだった。それはあの卒業パーティーの瞬間まで、届かない恋だった。届いてはいけない恋だった。でも、今は違う」


「僕は、君が欲しいんだ!」


「責任感が強くて、しっかりしている。そこがキミの素敵なところだ。でもね、本当に辛い時は、もっと本当の自分を出さなくちゃだめだ。そうしなければ、君が本当に辛いことを周囲に気がついてもらえないんだよ」


「違うよ、ニーナしかいないんだ」


 ※


 さっきの彼の言葉を思い出すだけで胸がざわつくわ。

 熱にうなされるように私は寝返りを打つ。


 今日は眠れそうにないわね……

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