第32話 エスコート
私は、ゆっくりと彼の手をとったわ。ほんのり冷たくなっている美しい肌。見ているだけで、溶けてしまうかもと怖くなる。私のすべてが吸い込まれてしまう。そんな錯覚が生まれていく。
顔がとても熱くなる。貴公子のエスコートは、何度も経験しているのに、まるで初めての経験みたいにとても緊張するわ。だって、これはほかのエスコートとは違って、特別だから。
少しずつ、お互いの体温で肌は温かくなっていく。
幸せ。手をつなぐとかではなく、エスコートだけど、フランツ様のやさしさや存在が直接伝わってくるの。
この手を永遠に放したくはない。そんなバカなことを考えてしまうくらい浮かれあがっている私。
「ニーナ、これからも屋敷に住んでくれるのかな?」
「えっ!」
そうだ、そんなことを考えたこともなかった。あのお屋敷にいるのが当たり前だったから……
もしかしたら、迷惑なのかしら……たしかに、赤の他人がずっと居候するのは、よくないわよね。
「あの、できればそうしたいんですが……迷惑ではありませんか?」
ちょっと答えを聞くのが怖い。
「迷惑じゃないよ。むしろ、嬉しいくらいだ。もうすぐ、妹の学園がはじまって寮に帰ってしまうと、あの広い屋敷に一人暮らしになってしまうからね」
そうか、もうすぐ春休みが終わるのね。帝国の学園は、春休みが長いの。寒冷な場所にあるから、雪に閉ざされてしまう地方が多いから、ちょっと変則的なスケジュールになっているの。
いや、ちょっと待って。
もしかして、マリアが学園に戻ってしまうということは、ふたりきりであのお屋敷に住むってこと!?
同棲だよね、それ……
たしかに、メイドさんや執事さんはいるから、ふたりだけってことにならないんだけど……
いいの!? 私は嬉しいけど、フランツ様はそれでいいの!?
もしかして、これって遠回しのプロポーズ?
いや、それはないわ。絶対に! だって、私じゃ釣り合わない。
フランツ様は、帝国の次代を担うこと間違いなしの逸材で、社交界の憧れで、優しくて素敵な人。
私は、失脚した公爵令嬢で、皇太子様に捨てられた哀れな女よ。釣り合いがとれるわけがないわ。
「やっぱり、よくないですよね。フランツ様にもよからぬ噂が立ってしまうかもしれないしれないし……これ以上の迷惑をかけるわけには……」
私がそう言った瞬間、フランツ様の手に強く力が入った。
「違うよ、ニーナ。それくらいのこと、僕にとっては迷惑なんかじゃない。僕は、キミにそばにいて欲しいんだよ?」
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