第9話 クロケット

「これがクロケットなんですね!」

 私たちは庁舎の近くの庶民的なレストランでポテトクロケットを注文した。

 フランツ様は、領主様なのに、あまり飾らない。

 今日も、パンとクロケット、サラダとスープのランチだし……


 他の大貴族の当主はみんな豪勢なコース料理を食べているのに、すごい差ね。


「そう、うちの地方のクロケットは、蒸したジャガイモに刻んだ玉ねぎや肉を加えて衣を一緒に油で揚げたものだよ。東の国では、"コロッケ"とも呼ばれているんだ。それに影響を受けて作ってみたんだ。うちの領土の衣にはひえも使っているんだ。優しい味で熱々だからね。一口食べてみるといい。やみつきになるよ」

「では、いただきますね」


 私は、ナイフでクロケットを食べやすいサイズにカットする。サクサクの衣の中からは、真っ白なイモが姿を現す。

 本当に揚げたばかりなのね。中から白い湯気が出てきているわ。


 口に含むと、香ばしい衣とホクホクのイモのうま味が口に広がる。玉ねぎの甘さや肉のうまみがよりクロケットの味にコクを与えているわ。


「とても美味しいです」

「よかった。すべて、うちの領土で取れたものなんだよ。トマトのケチャップも加えて食べてみるとさらに美味しいよ」

「ケチャップ?」

「東大陸原産のトマトという野菜を使って作るソースなんだ。きっと気に入ると思うよ」


 小皿に入った赤い調味料を私は恐る恐るクロケットにつけてみる。さすがは国境付近の街ね。知らないものがたくさんあるわ。

 酸味と野菜の甘みが同居した芳醇なソース。それがクロケットとよく合う。


「最高ですね」

「よかった。この街は、交通の要衝だからね。たくさん珍しい食べ物があるんだ。ニーナにもいろいろ食べさせたいと思っていたんだよ」

「帝都にいたら、こんな美味しいものがあるなんてわからなかったと思います。私の知らないものが、世界にはたくさんあふれているんですね」


 ここに来て、本当に私は世界が広がった。

 周囲を見渡すと、年頃の男女がランチを楽しんでいる。私も、貴族に生まれなかったらこういう風に、殿方とデートしていたかしら。

 いや、そもそもこれはデートかもしれないわ。


 皇太子様との婚約がなければ、もしかしたら彼が私の婚約者だったかもしれない。

 だって、そうでしょう? 家柄的にも、親同士の関係的にも、私たちはぴったりの間柄なのだから……


 でも、未来ある彼に私は重荷にしかならない。

 だから……


 せめて空想の世界だけは、幸せにひたりたい。

 それぐらいは許してくれますよね、神様?


「ニーナには、いろいろ教えたいんだよ。今までたくさん我慢してきたんだろう? ここにいるときくらい、ひとりの女の子として過ごして欲しいんだよ!」


 そういう風に優しく私を気遣ってくれる彼のことを好きにならない女なんているのかしら?


 私は幸せな気分を噛みしめながら、クロケットを口に含んだ。

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