第8話 辺境伯領の農業事情

 私は、フランツ様の仕事の手伝いをはじめた。

 朝に庁舎に出勤し、昼に屋敷に戻り、また夜まで働く。


 辺境伯領は広大で、そこだけでひとつの国家のようなもの。だから、彼のお仕事は多種多様な分野に及ぶ。


「フランツ様、非常食及び軍用食の統計終わりました」

「ありがとう。やっぱり、ニーナは仕事が早いね、助かるよ」


 私は、とりあえず書類に書かれている数字にミスがないかやその統計資料をまとめる係になった。

 外国語新聞の翻訳も同時にやっている。


「ところで、フランツ様。こちらの穀物ですが、これはどうしてこんなに大量に貯蔵されているんですか?」

「ああ、ひえのことだね。これは、もしもの時にとても役に立つものだからね。領民にも栽培を奨励して、税金の代わりに収めることも許可しているんだよ。非常時用に別途、買い取ってもいるしね」


「ひえ?」

「そう。これは丸い穀物で、食料にも飼料にもなるんだ。40年くらいは貯蔵しておいても問題ないし、領地の非常食として、父の代から貯蔵するようにしているのさ」

「戦争が起きたときでも、飢饉が発生した時でも使えるんですか!!」


「そのとおり。辺境伯領は知っての通り、戦争が起きた場合の最前線だからね。帝国のどこよりも食糧不足になりやすいだろう。だから、小麦だけでなく、稗やイモなどをたくさん栽培しておくようにしているのさ。補助金を出したりしていてね。イモは誰でも育てやすいし、日持ちもするからね。保存期間が過ぎたイモは、酒造りとかに回して、領地の収入として役立てているんだよ。酒なら簡単にヴォルフスブルクに輸出したりできるし」


「だから、辺境伯領は、飢饉が起きたときでも餓死者が少ないんですね!」

「ああ、管理が難しいが、領民たちもこういう税金の使い道なら理解してくれるし、協力も得やすいからね」


 飢饉のときに辺境伯領の餓死者が少ないことは、帝都では奇跡と呼ばれている。

 これが奇跡の裏側なのね。さすがは、歴代領主が全員名君と言われるエリート家系……


「イモの話をしていたら、クロケットが食べたくなってきたな。帰りに、買って帰ろうか」

「クロケット……?」

 聞きなれない言葉だ。イモ料理なんだろうけど……


「そうか、ニーナは知らないのか。たしかに、庶民的な料理だからね。よし、ランチはそれにしよう!」

「はい! 楽しみです!!」


 慣れない仕事でおぼえることはたくさんある。それだけ大変だけど、やる気につながる。

 たぶん、今までの人生の中で、私は最も充実した日々を過ごしている。


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