第60話 Unknown/RED

 倒壊したスカイツリーの瓦礫の隙間を縫い、騒ぎの中心地から離れていく人物がいた――強奪者、五堂マコトである。彼は青柳えるまに突き飛ばされ、ヨートの策である崩落に巻き込まれることはなかったが――、


「……まあ、避けようと思えば避けられたけどな」


 絶空で相殺する、というわけでなくとも、体を小さくして避けるなり、地面を隆起させた土の壁に隠れるなり、『銀世界』で凍結させるなりのやりようはあった。咄嗟にできたかどうかは、全てが終わった今になってみれば、できたと言えるが――言えるだけだ。


 当時はそこまで頭が回っていなかった、と言えば、そうだったかもしれない。

 だからこそ、えるまが突き飛ばしたのだろう……いや、彼女の早とちりもある。


 なにはともあれ、もう終わったことだ。

 うだうだと過去を振り返るのは非効率的だ。


「……えるまは死んだか」


 見たわけではないが、感じるのだ……自分の唯一の支持者が消えたことを。強奪した能力がなくなったわけではないが、『強奪』の能力は初期に戻っている……、これでは攻撃系統の能力しか強奪することができなくなった。


 しかし今だけだ。支持者を集めることは簡単なのだから、少しの辛抱である……、今の時代、クラウドファンディングだって珍しくもないのだから、互いにメリットがあれば建前でも支持はされる。


 強化の振れ幅こそ低いが、ないよりはマシだ。


「ここまでくればさすがにあいつも追ってはこねえだろ……、ヨート、か。……もしも、あいつに全てを打ち明けていれば……手伝ってくれたのか……?」


 と、マコトは今更ながらそんなことを考えてしまい、すぐにバカ野郎ッ! と自分を叱責する。仲間などいらない。必要なのは人材であり、いつどこで裏切り、裏切られてもいい相手にしか話せないことなのだ――彼女のことは。


 マコト自身、それが独占欲であるということは、自覚していなかったが。

 色々と理由をつけてはいるが、ヨートを引き込んだ場合、『彼女』がヨートに引っ張られてしまうのではないか、と危惧もしている……えるまのように。

 彼女はまた例外ではあるものの、実際、出会って数分で、ヨートはえるまを味方につけた。もちろんヨートのことだから、特別な感情はないのだろうが……、


(あいつの好意は、どれだけ膨らんでも尊敬にしかならねえからな――)


 すごいすごいと褒めてくれたことを思い出す――、あの言葉は劇薬だ。調子に乗ることは必ずしも悪いことだとは思わないが、それでも、彼に乗せられると自分が強くなったのだと過信してしまう。それで成功することもあるが、失敗だってもちろんある。

 失敗した時の方が、失うものは多いのだ――。


 言った彼に、そんな自覚はないのだろうけど……。


「あいつは周囲を引き上げる……だけど、どこかで崩れるんだよ……そして気づけば、あいつが中心に立っている――なあ『絶空』、お前も勘付いているんじゃないか?」


 そんな呟きは、当然、絶空の持ち主である少女に届くことはなく――、


 代わりにマコトが見たのは、赤い髪の青年だった。


「――ッ」


 後ろ姿だけだった――だから咄嗟に物陰に隠れる。

 面識がなくとも、マコトは彼の正体を知っていた――当然だ、有名人である。


 大手クランに在籍していなくとも、ダンジョンに潜らずとも、掲示板を見なくとも、彼の存在は周知の事実であるのだ……。


(二位……の、男……)


 殿ヶ谷アギト――、噂によればそれは偽名らしいが、本名の方も本当の名前ではない。それは城島マルコの頭の中を覗いた時に確認している……施設『明空院』で育てられたため、そこで名付けられた名前が本名ということにはなっているが――その前の名があるはずだ。


 さすがにそこまでの情報はなかったが……。

 だから、同期である『七夕ソラ』も同様に、である。


(あいつの能力は、確か……――)


 情報は少ないが、しかし奪っておきたい能力であることは確かだ。マコトがこれから挑む問題メインイベントの大きさを考えれば、あって損ではない能力――。


 だが、奪うこと自体が、かなりリスクの高い行動である。

 正面から戦えば勝ち目はない……いや、能力の手札は揃っているのではないか……城島マルコの『銀世界』、七夕ソラの『絶空』……、攻撃系統ではないが、赤座真緒の『遮音』もある。ヨートの『反転』も奪っておけば……いや、必要ないか。あれは使いどころが限られ過ぎている。

 


(心許ないと感じるのは、無意識に二位にびびっているだけだ……俺も心の問題か……)


 順位の力、である。

 分かりやすい上下関係が分かってしまうと自然と体が一歩引いてしまう。その差がある限り、下剋上など達成できない――気持ちからだ。

 そういうところはヨートを見習うべきか。保身を考えなければ、誰にでもぶつかっていける強さがある――まあもちろん、当たって砕けることの方が多いが……。


(リスクを負わないと、達成できない目的もある、か――)


 彼女のために。

 彼女を救い出すためには。


 ここでマコトが、保身を捨てて挑戦する必要がある。


 ……以前までのマコトなら、こんな危険なことはしなかっただろう……これもヨートのおかげ(せい)? なのかもしれない。味方にせよ、敵にせよ、彼の意志は伝播していき、それぞれの信念を歪めてしまう影響力がある。


 他人の影響をもろに受けるくせに、人にも影響を与えているのだ……もう、元の自分がどういった人格だったのか、分からなくなりそうだ。


「目的を決めたら、俺はそれを達成するためなら、なんでも捨てられた――」


 自分の命は例外として、だ。

 ただしそれは、自分が死ねば目的が達成されないという矛盾を回避するためである。


 目的を見失うな。あくまでも達成が最優先。

 自身の死亡は一番、回避すべきことである。


 でも、だったら――、


 別の人物に目的を引き継がせるのであれば、自身の死は必要なことか――?


「はっ、バカじゃねえの。そこまでいったら狂ってるじゃねえか」


 でも。

 そう思ったら、吹っ切れた――マコトが、物陰から出て――、


 赤髪の青年の背中に、絶空を放つ。


 その絶空が、ぱんっっ、という風船が割れたような音と共に、かき消されて……、


「おい」


 赤い彼が、振り向いた。


「それ、絶空だろ……てめえ、ソラから奪ったのか?」


 マコトは答えず、能力を連続使用する。赤い彼の足下を、銀世界で凍結させ――、


 だが、凍った彼の足は、くっついていた氷の破片を一瞬で周囲へ撒き散らす。


「答えるまでもねえ、か。まあそうか、奪ったからてめえの手元にあるってことだ――オレもバカな質問をしちまった……てめえが呆れるのも無理はねえな」


 マコトが持つあらゆる攻撃系統の能力を使い、彼を攻撃するが、彼に当たらない。

 いや、寸前で相殺させられている……?


 ナン子の『絶対防御装甲』とは違う、絶対防御の能力……?


「絶空が攻撃系統最強だとか言われているが、それには異論があるぜ。本当に最強ならオレの能力で相殺なんてできねえだろ。つまり、拮抗してるってことだ……。だが、使い勝手はオレの方が上ってわけだな……総合力ではこっちに軍配が上がるか?」


 彼は、絶空以上の攻撃能力も備えている……?

 まるで最強の剣と、最強の盾を両手に持っているような――、


 とんっ、という音が聞こえたと思えば、視界の先が真っ赤に染まっていた。


「なっ、がぁ――ッッ!?」


 彼の手の平がマコトの首に埋まる。一瞬で、呼吸が止まった。


 両足が完全に浮いてしまっている……じたばたともがくこともできず、意識が遠のいて……、

 赤い視界が、真っ黒になっていく。


「……ソラの手元には今、絶空がねえってことだろ……? はっ、いい気味だぜ、と思ったが――つまらねえし、満足できねえな。絶空を持たねえあいつを這いつくばらせたところで、気持ちがスッキリするわけがねえ――。

 なあ、てめえを殺せば、じゃあ絶空はあいつの元に戻るのか?」


「……ぎ、がっ、ぁ……ッ」


「答えねえか。答えられねえか? ま、分からなければやってみればいいか――、頼むぜ、お前ごと、能力まで死ぬってことだけは回避してくれよ――」


 そして、


 花火のように派手に鮮血が舞う。

 破裂した、と言うべきか――。


 大量の赤い血を全身に浴び、真っ赤に染まった二位だったが――、

 元々が赤かったために、さほど変化はなかった。


 ごろん、と転がる――五堂マコトの頭部。


 首から下が、赤い彼の足下にばたりと倒れた。


「これで、こいつが持っていた能力があいつに戻ればいいがな――」


 戻らなかったらどうしよう、と今更だが、足下の死体に、死体になる前に聞いておけばよかったと後悔する彼だったが――、半ば確信的に、戻っていると判断する。


 ソラはこういう時、『持っている』側の人間だ。


 能力が戻らないなんて、『凡人』だと言えるような運命ではない――。

 

 彼は口の端から垂れる血を舌で舐め取りながら、


「……さて、そろそろ本格的に再会しようぜ、ソラ――」



 


 

 

 ―――

 ――

 ―


 前編 ― 完 ―


 後編/『明けない赤い空』 へ ――つづく。

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