第44話 変質

「かったるい。もうハンバーガー飽きた」

「なら牛丼ね」

「それも」


 江戸川区、東京湾近郊。

 モールスグリーンの電動軽自動車の車中しゃちゅう

 運転席と助手席にチーズバーガーを頬張る二人の女性の姿があった。

 体形たいけいから顔に至るまでそっくりの二人だが着ている服装は対極たいきょく

 助手席側は白のゴシックドレス姿、運転席側は黒の半袖シャツに着古した藍色あいいろジャケットをジーンズと合わせた姿だ。


「そう言えば定時連絡ていじれんらく

「あれ、私の番だっけ?」


 ゴシックドレスの少女がカールした髪をげながら頷くと、ジャケット姿の少女が「しくじった」と長い髪をわしゃわしゃとむしってから汚れたままの指で携帯を操作する。


「あー私です。織部洋子おりべ ようこ。はい、知美ともみも一緒に昼食中です。作業もとどこおりなく、異常ありません。五時には帰投きとうします」


 最低限の報告で通話を終了し、ティッシュで携帯画面を拭く。


「あー、かったるい。向こうから連絡してくればいいのに」

「取り込み中だと出られないでしょ」

「もう二週間も手掛かりなしで、そりゃ一回は近くの中型を処理したけどさ」


 先に食べ終えた白ゴスロリの少女、織部知美がダッシュボード上に置いていたグリーンのバインダーを手繰り寄せる。


「その間にも海岸付近で行方不明者が十六名。いずれも手掛かりなし」

「大方、銀糸に足を取られて海に落ちたんじゃないの? 普段と違う状態なんだし。そもそも、窃盗犯せっとうはんなんて勝手に死んでればいいの」

「そういう過激な事を言うのは私の前だけにしてね」

「時と場所ぐらい選ぶって」


 織部姉妹おりべしまい。東京防衛に携わる中で、名を知らない者は居ない。

 現在の首都防衛のかなめの一組だ。

 彼女達が海岸付近で何をしているかと言えば、銀粉回収の護衛である。

 ここ数日、海辺での失踪事件が多発しており、いずれも所持品はおろか死体すら見つかっていない。

 事態を重く捉えた特防は銀糸を回収する部隊に魔法師・魔法少女を護衛に付ける事を決め、二人に白羽の矢が立ったのである。


「海の中に敵が潜んでるとしたら厄介よね。探す方法が無い」

絨毯爆撃じゅうたんばくげきとかどう?」

いくら小型のアルカンシエルでもそれぐらい耐えるでしょうね。水中だと尚更、威力は期待できないし」

「そうかな。デカブツは吹き飛んだんだし案外効くかもよ?」


 やれやれ、と知美が海の方を見る。

 砂浜は未だ白い粉であふれている。

 早く回収を進めなくては銀粉を狙って海に近寄る人間が後を絶たない。


「吹き飛んだデカブツ、それも気になるのよね」

地方選抜ちほうせんばつの誰かが倒したんでしょ?」

「知り合いに聞いても、誰が倒したのかわからないって。あれだけ大きいのをどうやって」

「言っても、空気で膨らんでただけの中型ハリボテだし……ねぇ? 地方勢にも凄い奴はいっぱい居るんだって。しつこいなぁ、知美も」

「洋子は適当過ぎ」

「寝る場所があって、三食きっちり食べて、たまに贅沢出来れば私は何でもいいの。藪蛇やぶへびだけは御免ごめんだっての」


 洋子はバーガーを平らげ、指をぺろりと舐めて椅子を限界まで倒した。


「作業再開五分前に起こして」

「分かった」


 それから二十五分。各々の休憩を終えて車を降りる。

 季節外れの少し冷たい海風に、洋子は身震いをして手を打ち鳴らす。


「さてと、午後も銀糸の無駄遣い分は働きますか」


 後ろのトランクに収納された四つのケースの内、二つを引っ張り出す。

 二つは午前中用、取り出した二つが午後の分だ。

 二人が寸分違わず揃ってケースを解放する。銀糸がケースから滑り出し、二人が光の帯に包まれた。

 変身は一秒足らず。先程まで別々だった二人の服装が、今は同じものに変わっている。


「「」」


 緑を基調としたミリタリーチックで硬派こうは戦闘装束せんとうしょうぞく

 曲線ラインの多い衣装でスカート部分は折り重なる六枚の羽根で構成されている。

 腰のベルトには武器となる六つのポーチが並んでいた。銀糸によってまとめ、い上げられた髪は大きな帽子の中へと織り込まれて一体化している。

 見栄えよりも戦いやすさを優先したフォルムだ。


『私は西側を』

『なら私は東ね』


 銀糸のアシストにより双子の二人だけが使える唯一無二ゆいいつむにの力、テレパシーで会話をしながら所定しょていの位置に着く。

 変身状態が続く限り二人のテレパシーは途切れない。

 これで通常通信よりも早くお互いの状況を知り、動くことが出来る。

 完全連携ユニゾン。それが二人の武器だ。



 ◆◆◆



 銀糸回収作業地点から沖合おきあい二キロの地点。

 海底に積もった銀粉に紛れて、直径二メートルほどの赤茶色いイボの様なものが形成されていた。

 海上の波とは明らかに違う脈動をするそれは、時折側面に小さな穴が開き、赤黒い液体を吐き出す。

 ゴポリ。吐き出される液体を求めてか、大小の魚が寄って来る。魚が通り過ぎようとした瞬間、イボの表面がもちのように伸びて魚の側面に張り付いて引き寄せ、球体の中へと引き摺り込む。

 暫くするとイボの中で何かが潰れる音が響き、また気泡と液体が吐き出される。


『…………』


 暫くして、その一定の動きが崩れた。

 イボが一気に引き絞られ、赤黒い液体だけでなく大量の骨が吐き出される。

 それは先ほど捕らえた魚たちだけではない。もっと大きな、人骨も混じっていた。

 二メートル大だったイボが、数秒で人型となる。

 今までの極彩色かつ単眼の人型ではない。赤茶色の表面色をそのままに、よりリアルな人の形をしていた。

 まるで、今まで喰らってきたモノを再現するかのように。

 人型はしばらおのれの形を維持する為に制止していたが、突如とつじょとして二キロ離れた銀粉回収作業地点へと顔を向けた。

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