第37話 取扱注意

 ――六年前。


「リップスイングインパクト!」


 紫の光が巨大なヒキガエルに似た怪物とビルの狭間を飛び、左頬に一撃をお見舞いする。

 巨大なあごが大きく左方向にずれ、一拍置いて根こそぎ銀色の粉となって飛び散った。


「はあぃ、一番乗り」


 紫の飾り羽を模した髪飾りに銀色のショートヘア。

 目を一直線に覆う半透明のバイザーには細かな装飾が施されている。

 そして白と紫のツートンカラーを意識した、少し布面積の小さいドレス型の戦闘服。スカートは淡い紫のフリル付きで、飛び跳ねる度に紫の軌跡が宙を踊る。

 少女は紫色の棍棒こんぼう、メイスをクルクルと回しながら怪物から距離を取ろうとする。

 しかし怪物の目玉がぎょろりと動き、紫の少女を捕捉。同時に、砕かれた顎に格納されていた四本の舌に居た機関がデロリと延びて、別々の方向から少女を狙った。


「スターダスト……」


 彼女が棍棒を構えて迎撃しようとしたその時、赤い光が割り込み、手にした大型ハンマーで四本の触手全てを爆散させた。


國子くにこちゃん、先行しすぎ」

「いやーっ、つい熱くなっちゃって」


 紫の少女、浮田國子うきた くにこはぺろりと舌を出し、不敵に笑う。


夢子ゆめこが絶対、フォローしてくれるって分かってたから」

「また、調子いい事言って」

「今日は助けてくれなくても大丈夫だったと思うよ。絶好調だから!」


 夢子が右前脚、國子が左前脚を其々粉砕それぞれ ふんさいする。アイコンタクトだけで、完璧な連携を完成させていた。


「そういうなら、最後の一撃はどうぞ」

「いいの? ラッキー」

「それで力使い果たさないでよ。まだ、近くに三匹いるんだから」

「了解、了解。ふん、ふふん」


 二つの前脚を失って、無様に倒れてくる怪物に対して、國子が無駄に棍棒を振り回してから片手で構える。更に余った左手で頭の羽飾りに触れると、それが新しいメイスとなった。

 武器二本による迎撃態勢だ。

 夢子は「はぁ」とエネルギー過剰使用のパートナーを横目に、赤色のハンマーを強く握る。國子が打ち漏らした場合の保険である。

 彼女の能力はその日、その時の気分によって威力が変化する。戦闘技術は高いが、安定運用に欠けるというのが上層部の判断だ。そういった魔法少女・魔法師は一定数居るが、彼女はとりわけ特殊で、好調時には大型を圧倒するポテンシャルを有しているが、逆に不調の際には中型相手でも苦戦するほど波が大きい。

 その為、基本として二人以上で出撃する事が義務付けられていた。

 なまじ大型の対応が期待されている為、必然的にパートナーは大型に対応出来る一線級の魔法師・魔法少女となるので、組む相手は絞られる。


「ダブルスターダストぉーー」

「……あれさえなかったらなぁ」


 夢子の呟きは、國子の声に掻き消される。


「インパクトおおおおおお!」


 誰に聞かせるわけでもないのに、自分で考えた技の名前を大声で叫びながら二本のメイスで怪物の頭部を粉砕する。


「今日のあたしってば超素敵!」

「残りも張り切って倒そうね」

「次は?」

「西の方から回るといいかも」

「オッケー。次も競争する?」


 二秒の間を置いて、二人が駆け出す。

 あの頃は何の不安もなく、私達の誰かが欠ける事なんて考えすらしなかった。



『北極のゲート破壊を確認。繰り返します、北極のゲート破壊を確認しました』


 ほぼ瓦礫となった平地に國子は立って、イヤホンから聞こえてくる『北極奪還成功』のアナウンスを聞いていた。

 北極・南極攻撃のカウンターとして各国に転送された数体の大型アルカンシエル。奪還作戦で主戦力が削がれていた故に、防衛で多くの仲間たちが死んだ。


「ねぇ、誰か……」


 呼びかけても、誰も応答しない。

 北極解放で喜ぶ管制室の声を聴きながら、國子は一人孤独に地面に膝を折って泣いた。

 それでも、奪還を成功させた夢子は帰って来ると信じていた。死んだ仲間の為に一緒に泣いて、「また明日から一緒に頑張ろう」と言うつもりだった。

 日本からの参加者全員の戦死を聞いたのはその翌日。

 もう、ここに私の居場所は無い。そう思った。


「ねぇ、誰か褒めてよ。それから、『貴方だけの手柄じゃないでしょ』って笑ってさ……」


 チームを組んでいた友達はみんな死んだ。報道されるのは北極奪還と作戦に参加した人達の事ばかり。

 国に残り、必死に戦って散った少年少女の事なんて新聞の片隅にしか乗らない。

 大型は当面現れないだろうと人々は言う。対大型に優れた國子の力を発揮する場面は、


「もう……私はいらないんだ」


 絶望するには十分だった。

 逃げる様に特防を出て、学校にも行かず、家の中で寝返りを打つだけの日々。

 魔法少女として戦った国からの手当ては、ただ起きて、食べて、寝る、という最低水準の生活をクリアするには十分だった。

 そんな時、アルカンシエルが家の近くに降って来た。

 本来なら狙われない筈の場所に落ちて来た巨大な肉片の一つ。

 警報がけたたましく鳴り響くのを聞き、二年は閉じたままだったカーテンを開く。


「やっとお迎えが来た」


 気付けば特防から密かに持ち出していたケースを手に外に飛び出していた。

 死ぬなら、一番楽しかった時の思い出と一緒に。

 五年も前の銀糸だ。それに、適性も失っているかもしれない。

 それならそれでいいと思った。変身できないなら、そのまま死ぬだけ。

 巨体に向かって走る。その最中、緑色の光が怪物に向かって伸びる。


「一番槍、取られちゃった……」


 それが極彩色の表面に触れた瞬間、アルカンシエルが爆散し無数のつぶてが降り注いだ。

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