十月十日
『咲いた花火は どこへ落ちるのだろう
夜空を美しく照らす 一瞬の輝きに あなたは何を重ねるの
始まってしまえば 立ち止まることは許されない
またこの日が巡ってくるのを待つしかできないけれど
未来の今日は ほんとうに今日とおなじ?
チリチリと焦げ付く煙が 私の鼻をかすめて漂う
見えなくなっても 確かにあったことを証明する切ない匂い
貴方も私も 君もあの子も みんな好き勝手のやりたい放題
そのくせ知りたがって 寂しがって 泣く素振り
焦点の合わない眼鏡でも 実体があれば触れられるのに
色眼鏡をかけた人々は 虚像にばかり目を向ける
愚かだ、怠惰だと言う私も きっとおなじ穴の狢』
「あれ、布余ってない?」
「こっちのレースは」
「ちょっとピンクのペンキ持って行かないでよ!」
大きな声に囲まれて、私の身体は緊張してしまう。
文化祭の色が強くなってきた教室で、出し物であるメイドカフェの準備が進められている。教室内の飾り付けや、メニュー表の作成、メインであるメイド風の衣装の製作など、各々のグループから上がる声が、教室を埋め尽くしている。
ミシンがある被服室は他クラスとの兼ね合いもあって、借りられる日が限られているらしい。フリルのついたエプロンは後回しにして、髪飾りやシュシュなどの可愛らしい小物類を、柳崎さんやミコが中心となって進めている。
私は教室の飾り付けグループに入っていて、紙のリースなんかを作ったりしている。切った折り紙を繋げるのと、使い捨てコースター用の厚紙を切るのが役割だ。
「おいー! 制服につくから!」
タケルは加瀬くんたちと看板部門らしい。廊下に掲示する用の目立つ看板を任されて、ペンキで色を塗っている。今までと変わらないタケルの楽しそうな笑顔が眩しい。他の男の子たちと数人でじゃれあいながら、和気藹々と作業をしている姿がちらちらと視界に入る。
ついこの前まで、タケルの隣にいたんだと思うと不思議な気持ちになる。私はあんな風に楽しく作業できる友達はいないけど、このクラスに居場所がないとは言え、クラスで空気として扱われているとは言え、参加しないわけにはいかない。じりじりと動かない時計の針を眺めつつ、黙々と手を動かしていく。
単調作業の合間に、各グループの雑談や大きな声が聞こえて来て、一人を痛感する。
「ミコ、ここってどうすればいいんだっけ?」
「うん? あー、ここはね、こっちに針刺して、ここで留めると……ほら」
「わ、すご」
「あんた、いい嫁になれるわ」
一番よく聞こえてくるのは、やっぱり柳崎さんたちのグループだ。ミコは中学の頃、裁縫が得意だったし、教えてあげている会話がチラホラ聞こえてくる。
ちらりと視線をそちらに向ければ、楽しそうに笑うミコの顔。柳崎さんや他の友達に囲まれて、キラキラとしている。私の知っている素朴なミコの面影はありつつも、やっぱり遠くへ行ってしまったんだなという気持ちになる。
そういえば、受験の時にミコと作ったお守りを交換したっけ。そのお守りを握りしめて、一緒にこの高校の合格発表を見に来たのが懐かしい。
「由良さん、厚紙もうちょっと切ってもらえる?」
「え、あ、う、うん」
急に話しかけられて驚いてしまった。一緒に作業をしている桐谷ユカリさんは、手元の厚紙に丁寧に折り紙を張っていた。飾り切りされた折り紙は、確か桐谷さんのアイディア。雪の結晶のような綺麗な模様に切られた色とりどりの折り紙が、厚紙に貼られるのを待っている。
「綺麗だよね。手先が器用でうらやましい」
隣から松原ケイさんが、折り紙をつまみながら話している。
「これ、桐谷さんが全部切ったんだよ、すごいよね」
「たいしたことじゃないよ」
「ううん、すごい、と思うよ」
賑やかな教室の隅っこで、かき消されてしまうような他愛のない会話。こんな時に何を話せばいいのか、私にはわからない。
「ねえ、由良さんって部活入ってるの?」
松原さんが唐突に聞いてきた。
「う、うん。文芸部」
「文化祭は何か出し物するの?」
「みんなで書いた文集を販売するんだって」
「え、じゃあ小説とか書いたりするんだ。すごいね」
「そ、そんなことないよ」
「桐谷さんは、部活入ってるの?」
「何も。クラスのだけだよ」
「そっかぁ。私も部活入ってないから自分のクラスのしかわからないの。ね、一緒に由良さんの文芸部、行ってみようよ」
「えっ?」
「文化祭一緒に回ろうよ! ね、あとさ、ユカリちゃんと、カレンちゃんって呼んでいい?」
にこにこと屈託なく笑う松原さんが目の前にいる。天然パーマなのだろうか、ふわっとしたショートカットの髪の毛とぽっちゃりした体型が親しみやすくてなんでも話してしまいそう。
「うん、いいよ」
「やったぁ、私のことはケイって呼んで」
「ケイ、手、止まってる」
早速桐谷さんに言われて、照れ臭そうに飾り付けの作業を再開する松原さん。
「これ、切ったよ。はい、……ユカリちゃん」
「うん、ありがとカレン。ユカリでいいよ」
桐谷さんは薄く微笑んでくれた。私の心の中にじぃんと何かが染みわたっていく感覚。一人ぼっちじゃなくなっていくような気がして、照れ臭いのに嬉しい。
「文化祭って、めちゃめちゃ高校生っぽいよね。一大イベント!って感じ」
松原さんは一人でどんどん話していく。さっきまで、ミコやタケルを眺めて、孤独を感じていたのが馬鹿みたいだ。私の目の前にだって、私のことを知ろうとしてくれる人がいるんだから。
「文化祭の出し物が出そろったらさ、一緒に何を見て回るか決めようよ」
「いつくらいにできるのかな?」
「チラシになるのは三日前くらいじゃない?」
「わぁ、楽しみだなぁ」
松原さんのウキウキとした様子が、私にも伝わって来てソワソワしてくる。
部活の文集作りだけが、私の文化祭かと思っていたけれど、クラスのことも、新しくできた友達のことも考えたらとても楽しみになってきた。
嬉しい気持ちを胸にいっぱいに抱きながら、同級生の会話を楽しんだ。
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