憂国(ゆうこく)の怪魔(かいま)

 ここで食い止めなければ、ゼロ国が危険だ。

 一〇〇〇人に及ぶ軍隊を指揮するイェードが巨弓きょきゅうの狙いをテンペストに向けて付けさせた。

 まだ遠い。

 まだ。

 まだ、

 良し。

撃てー!!」

 張りのある大きな声で、イェードは命じた。

 高速の飛翔体ひしょうたいを感知したテンペスト。その魔力によって凄まじい風の圧力が生まれる。

 最前線に設置された七〇基ほどの巨弓から放たれた巨大矢、全てが風の防護膜ぼうごまくによってはばまれる。イェルダントの頭蓋骨ずがいこつ程度なら魔力結界ごとつらぬ威力いりょくを持つ矢が、全て封じられた。

 一拍いっぱくと少し遅れて、あらしと最接近する。風の圧力はテンペスト自身を守るだけでなく、巨弓を地面からひっくり返して吹き飛ばすほどのものだった。

 現在のテンペストに焦りのような感情、感覚はなかった。

 自分へのえさ抵抗ていこうするのであれば、弱らせてから捕食するのみであった。

 テンペストの経験から、軽い抵抗のあとにはごちそうが待っている。

 大災害そのものの絶対強者は、敵対種を狩るべく行動を開始した。

「速い!!」

 瞬時しゅんじに天空へとがるテンペスト。大蛇だいじゃが一本のたての線となり、上昇する。

 これで巨弓による狙いは付けられなくなった。

 まばゆい光。

 テンペストによる攻撃、それは落雷だった。

 自然界の稲妻と比較して、長時間放射され、凄まじい熱をともなう落雷。

 ボルテクスがよく使用した『得物えもの』だったが、この怪魔も使うようだ。

 そして、威力はやはり桁外けたはずれだった。

 落雷は狙いをつけるのが難しいのだろうが、当てずっぽうでも放射数が多く、感電による死者が出た。人が一瞬で消し炭になる光景は、イェードですら強い恐怖を覚えた。

 轟音ごうおんで耳を痛めた者にイェードも入る。言葉による指揮ができなくなるのは危険だった。

 耳を押さえながら、イェードは副官と話をする。

「落雷が起こったとき、風が弱まった気がする」

 心をしずめ、冷静なイェードの声。

 副官も驚きながらうなずいた。

「い、言われてみれば……」

「あれだけの魔法だ。同時に二種類の魔法を、同じ規模では展開できないのかもしれない」

「ですが、あの大蛇は天空に居座ったままです。

 どうします?」

「少しでも相手の魔法力をぐ。

 命令だ。最前線の巨弓のうち、三〇基ほどをさらに進軍させろ」

 遠回しに、「おとりとなって死ね」という合図であった。

 時として残酷な行動が取れなければ、戦線そのものが崩壊してしまう。

 イェードの狙い通り、分散させた三〇基のうちの一部が真っ先に狙われ、雷の餌食えじきとなった。

 そこで、テンペストが下降する。

 敵の数が多すぎて魔力を使いすぎたために、自身の飛行態勢ひこうたいせいたもてなくなったのだ。

 イェードの狙い通りにことは運んだ。

 イェードは上手く言語化できなかったが、要するに物事のそうエネルギーには限度があるのだ。

 アザトでも説明しづらいであろう当時の話を、だが、数多くの実戦経験からイェードは学んだ。

「次の落雷が起きたときが勝負だ!

 者共ものども、準備にかかれ!!」

 イェードが宣言する。

 発射角度は限界近くまで上げている。

 自然のものではない放射稲妻いなずまが放たれる、同時にイェードが合図するまでもなく巨弓から矢が発射された。

 複数発が胴体に突き刺さり、大蛇が悲鳴を上げて天から落下する。

「この機を逃すな!!

 狙え!」

 イェードが命令し、数百もの矢が空中を飛ぶ。上空を狙い、さらに下を狙う。

 地面から持ち直して上昇しようと動いたのが、テンペストにとってはあだとなった。

 縦波のように発射される矢がちょうどテンペストに突き刺さっていく。会心の攻撃だった。

 最後の足掻きでテンペストはかみなりを正面、敵方向に放射した。

 稲妻が横に走るなど、前代未聞の光景だった。

 各部隊に直接命中はしなかったが、イェードの真横を通るなど、最後まで危険な戦いである。

 テンペストが完全に動かなくなるまで矢の射出は続けられ、この戦いで使われた巨弓の矢の数は二〇〇〇発にのぼった。

 テンペストの死体は持ち運ばれ、国長くにおさのアザトが直に検分するかのように見る。

 特にその人間一人ほどもある高さの首は、見事な黒緑色のひげがあり、皆が驚いていた。

 アザトはアルルにより、この大蛇の名をテンペストと名付けると同時に、りゅうと分類した。

 ドラゴンに似た生き物、ということらしい。

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