勇者、イェード

 戦いの最中さなかのイェードには、ある考えがあった。

「私がわざと捕まってみます!」

「イェード、何をするつもりだ!?」

 近くに居た赤髪あかがみのマルスが驚きの声を上げる。

 すでにイェードの周囲には爪のついた足はほぼ無くなっていた。刺される危険性は薄いと判断したのだ。

「先ほどの動きから、あの怪物にも捕食するための口があるはずです。身体を治すのにも食事は重要なはずです!」

 全て推測だが、当てずっぽうというほどでもない。

「ならば、獲物を捕えて食べる場所をあの怪物から教えてもらい、武器で叩きます!」

 マルスたちが止める間もなく、イェードはわざとすきを作り、片足をイモートの足に絡ませた。

 幸いにも、ファングボーンと自身の重みでは、高く持ち上げられることはなかった。

 松明の灯火ともしびから離れ、暗闇の中の決死行だった。

 場所が変わり、底なし沼のような場所に引きずり込まれそうになる、その直前でファングボーンを振るって自身の足に絡む、怪物イモートの足を切断する。

 場所は底なし沼手前、危ないところだった。

 イェードは、月下にて怪物の姿を見る。

 沼から空気の穴が浮いていたのを見逃さなかったイェードは、その沼に向けて思い切りファングボーンを振り下ろす。

 手応えあり。

 まるで女性のような甲高い、鋭い悲鳴が湿地帯の森に響く。

 繰り返すこと三度の打撃。

 ねっとりとした青黒い血液が汚臭となってファングボーンを汚す。

 『不死身ふじみ』の名のごとく、それはひどく抵抗した、周囲の足を利用し、イェードの身体を刺し、イェー度の四肢や首に絡めて、動きを封じようとする。

 イェードの身体が発光する。全力の魔力が集中しているのだ。

 イェードのそれは、筋力強化に特化している。傷の治りも、イモートほどではないが早い。

 イェードは大きな唸り声を上げて絡まった足をほどく。

 今にも捕食しようと沼から顔を出した、大口を空けたイモートの牙だらけの頭を全力で横殴りにし、粉砕する。

 頭部ほど複雑な部分、器官が再生するかは、誰にも分からなかった。

 そのイモートの本体部分は確かに再生せず、死んだかのように見えた。

 しかし、問題はまだ足が動いていたことだった。

 致命傷は避けたが、腕や足の一部を刺されてその場に崩れるイェード。

「くそっ!!

 どうやったら動きを止めるんだ!」

 イェードが吐き捨て、なんとかして危険な外的の足の爪などをファングボーンで切り払う。

 急いで救援に向かったマルス隊の者たちが、やけっぱちで足を攻撃する。

「空気の穴がもう一つだ!

 左にある!」

 後に理解されることになるが、そのイモートは奇形きけいであり頭がくだで連結されていたのだ。

 つまり双頭の怪物。

「だが、近づけねえ!!」

 しかし、しばらくしてイモートは動きを止めた。

 イモートの足を中心とする肉体の修復は心臓の鼓動が如く、完全に自動で行われる。

 脳は栄養を大変に喰う器官。双頭のイモートは、常に空腹だった。

 あまりに一度に熾烈しれつな攻撃を受けて再生を繰り返したため、急激な栄養失調で倒れたのだ。

 なかなか再生しなくなった怪物の足を、根本から切断していく。その数は約百本にもなった。

 もう一つの頭のほうは、マルスが得物の槍を突き入れて始末した。

 豪腕によって槍が泥沼に深くはまり込み、引き抜くのは大変そうだった。

 死人は出なかったが、満身創痍まんしんそういのイェードはその村で手厚い介抱を受け、帰るのは二十日もった後だった。

「これは、食べたくないな」とは、後にその死骸しがい視察しさつしたイェードのべん

 あの双頭の怪物は二度と見たくない、そう思っていたイェードだが、『大きな村』になんとかして帰った後に綺麗に彫刻ちょうこくされ、色を塗られた大型の石版を見てなんとも言えない顔をした。

 話を聞いたイェードの友人がすぐに作業に取り掛かり、イェードと伝聞の存在をしっかりと彫刻してみせていたのだった。

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