イェードと大捕物(おおとりもの)

 イェードは戦争をしたことがない。

 狩りも大物と対面したことはなく、ファングボーンも新天地を求めた放浪の旅の際に、その地域を支配する族長から貰い受けたものだ。

 喧嘩やその仲裁、普通の狩りの経験はあったが、戦いの経験は浅い。

 それが、彼を喧嘩っ早くしていた。

 本来は決して血の気が多いわけではないのだが、自分というものをどこかではっきり示さないと、自分自身が消えてしまいそうな焦燥しょうそう感があるのだった。

 魔獣、『アンドルゴン』を目に留めたのは、やはり視力のいいイェードだった。

 真に巨大な竜ほどではないが、翼竜よくりゅうと呼ばれる魔法生物である。

 翼の生えた、トカゲのよう。その体長は大人数人分にもなる。

 大空を飛び、落着しては得物を狩る。

 一個体であったのはまだ幸いだが、アンドルゴンの方も「これ幸い」と狩りに入っていく。

 魔法が生まれる。

 魔力によって生成された、重さを持った火炎弾が翼竜アンドルゴンから放たれる。

 その大きさは、イェードなどの人間の半分以上。

 炎が向かう先も、イェードの真上だ。

 イェードは魔力を集中して火炎弾を、振り抜いたファングボーンで弾き飛ばす。

「手がしびれた」

 イェードはそううなった。瞬間とは言え熱気に触れて、衣服の霜が溶ける。

「どうやって戦います?」

 イェードは、ニクラムにそういた。

「私と、年長の者に続くが良い」

 ニクラムはそう言うのみであった。

 まだ子守りが必要な年齢だとでも思われているのか、戦力の一つに数えられていないような気がした彼は、大層な不満を抱えて襲撃者との戦いにのぞんだ。

 ただ、顔には出さない。

 厳しい旅路でまず求められるのは、厳しい規律だ。

 規律に反するものは、最悪追放か殺害の対象となるから、それを知っているイェードは少しも反対する素振りは見せず、出さない。

はんに別れろ!」

 隊には、隊長の他に班長がいて、イェードは班長ではない。

 各所に分かれ、散る形で配置についていた班長が、それぞれの得物を手に襲撃に備えていく。

 班長は皆、戦闘をこなせる者達だ。イェードはその他の戦闘要員でしかない。

 火起こしや調理を主な仕事とする男。その彼が運んでいた大型弓を持ってきて、イェードに渡した。

 班長の指示で、アンドルゴンを射るように命じられたのだ。

 イェードも馬鹿正直にファングボーンを振り回すだけではない。

 敵が大空を飛ぶのであれば弓矢を使う。

 アンドルゴンがさらなる火炎弾を放つ、その準備にかかる。

 両者狙いを定め、イェードがアンドルゴンの火炎発射と共に弓を射出する。

 剛力によって絞られた弦が、最大速度で骨の矢じりのついた矢を飛ばし、火炎弾に直撃する。

 火炎弾が、隊とアンドルゴンのおよそ中間で破裂し、響く音が凍土にとどろき渡る。

 二射。

 他の者が射った矢が翼竜の両翼に穴を空け、アンドルゴンはほぼ垂直に落下する。

 更に落下するアンドルゴンの頭を、イェードが放った矢が刺し貫く。

 空中で死に瀕する魔獣だった。

 適当に暴れ、のたうち、しばらくして動かなくなった。

 二回の弓芸を見せたイェードは、ニクラム長から称賛を受け取った。

 他の班長も、認めざるを得なかったようだ。

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