八幡冬華②

「たまたま引っかかっただけなんで、許してください」


「嘘つくんじゃねぇてめぇ! わざとだろうが!」


 転ばされた人がすぐに立ち上がり、物凄い剣幕で新之助に詰め寄った。

 新之助はその場から一歩も引かずに、口に笑みを浮かべたまま睨み返す。


「やめてくださいよ。先に暴言を吐いたのはそっちでしょ」


「ああ!?」


「八幡に対して暴言を吐いたのが先だって言ってんだよ」


「───っ!」


 新之助は…………私がブス呼ばわりされたことに対して怒ってるんだ…………。

 私が可愛くないことは事実なのに……そんな私のために…………。


「新之助、私なら大丈夫だから。こんなの全然気にしないし───」


「さっきの奴らといい、ムカつくんだよガキが!」


「っ新之助!!」


 突然、金髪の人が新之助の顔面に向かって右腕を振りかぶった。

 だけど私が声をあげるよりも早く、それに気付いた新之助は一歩後ろに下がりながら振り抜かれた拳を左手で受け止めた。

 まるで漫画の世界のように、相手の拳を手のひらでピッタリと。

 左手に持っていた焼きそばは砂浜の上に落ちて、砂まみれになってしまった。


「なっ!」


「あーあ、先輩方のせいで焼きそばが台無しだ」


「こ、こいつ───痛っ、痛てててて!! お、おいっ、手ぇ離せぇ!」


 そして新之助はたぶん、掴んだ相手の拳に思いっきり力を込めて握っているのだろう、相手の人の顔が徐々に苦悶の表情へと変わっていった。


「なんって、握力してんだお前ぇ!」


「ほら俺って野球部だったじゃないすか」


「知るかっ!!」


 そりゃ知らないわよね……。

 さっき会ったばかりなのに……。


「おいてめぇ! 藤巻の手離せよ!」


「なら、焼きそばと暴言吐いた分、謝ってくださいよ」


「はぁ!? なんで俺が───ッッ! わ、悪かった! 俺が悪かったから離せって!」


「はい」


 新之助がパッと手を離すと、勢い余って金髪の藤巻と呼ばれた人が後ろに転んだ。

 後ろの二人に起こされた後、三人はこちらを一度睨んだ後、何も言わずにすぐさま離れていった。


 新之助は落ちた焼きそばを残念がるように拾った。


「ったくなんて奴らだよなまったく」


「ごめんなさい……私が鈍臭いばっかりに……」


「謝んなよ。八幡が悪い要素なんて何もないだろ」


「でも…………」


「八幡がブスだとかどこに目付けてやがるんだ。たとえこの場にいたのが俺じゃなくて高坂やニノだったとしても、同じように怒っただろうよ」


「そんなこと…………」


 新之助が決してお世辞でそんなことを言っているわけではないことはすぐに分かった。

 だけど、長年染みついた肯定感の低さが言葉をついて出てくる。


「私が魅力ないのは本当のことだし…………」


 面倒臭い。

 自分でも分かるぐらい面倒臭い女。

『そんなことない』なんて、新之助が否定するのは分かっているのに、不要な掛け合いをわざわざ繰り返そうとしている。


「…………あのなぁ、俺達の誰かが八幡のことを魅力ないとか───」


「いいのよ別に。私は梨音達とは違うって分かってるから」


 新之助が呆れたように頭をかいた。

 せっかく助けてくれたのに、私はまだお礼すら言えていない。

 なのにこんな呆れさせるようなことばかり…………。


「…………そこまで言うならしょうがねーな。なら俺が、いかに八幡に魅力があるか教えてやるよ」


「…………え?」


 新之助の言葉に私は思わず俯いていた顔をあげた。

 なんていうか、新之助はよく女の子をストレートに褒める。梨音に対しても、前橋さんに対しても、桜川さんや望月さんに対しても。

 だけど私は一度も新之助からそう言った話をされたことはない。

 そのことについて私も、それを気にしたことはないし新之助が私のこと周りと比べて下に見ているとも思ったことはない。

 だから新之助がわざわざ前置きを置いてそんなことを言い出したことに驚いた。

 気を遣える人だけど自分の気持ちに素直で嘘をつくような人じゃないことは分かっていた。


「……いいかよく聞けよ。俺は二度同じことは言わない男だ。いいか? 二度同じことは言わないからな」


「もう二回言ってるじゃない」


「俺は…………」


「俺は…………?」


「………………お前を夜のオカズにしたことがある!!」


「……………………」


「……………………」


 えーっと…………脳がちょっとフリーズしてアレなんだけども…………夜のオカズってことは…………つまりアレよね…………? その…………欲求不満のときにする…………自慰行為的な…………。


「あ、あ、ああああんた何言ってんの馬鹿じゃない!?」


 突然の告白に顔が熱くなるのが自分でも分かる。


「馬鹿かもしれないが大マジだぜ!」


「そんなこと本人に直接言うとか頭のネジ何本か外れてるんじゃないの!? 馬鹿! 変態変態変態!」


「ははは、八幡が声荒げてんの珍しいな」


「おかげ様でね!!」


「でもいかに八幡が俺にとって魅力的か伝えるには、一番効果的だろ?」


「それは───」


 普通なら軽蔑するような発言。

 だけど、今の私はなぜかこんなくだらない発言に一番心が揺れ動かされた。

 私が単純なだけなのか、それとも新之助のキャラクター性のおかげなのか。

 こんな感情、今までで初めてかもしれない。


「ホントになんなのよもう…………そもそもなんでそんなにケンカ慣れしてるのよ……」


「色々あって去年は喧嘩しまくってたせいかもな。ははは」


「なによそれ……」


「焼きそば、1個買い直して高坂達のところ戻ろうぜ」


「…………そうね」


 新之助に促されて、一緒に追加で焼きそばを買いに行った。


(どうしよう………………顔、ちゃんと見れない…………)


 ヤバい…………もしかして……私…………。

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