エピローグ

 期末試験を迎えるまでの間、俺達は定期的にニノの家に集合しては期末試験に向けての対策勉強を行っていた。

 その後のニノとにのまえ家の人達の関係は良好らしい。

 ニノには俺と梨音の関係性は知られてしまったが、その後に新之助がイジってこないということは秘密のままにしてくれているみたいだ。

 今さらバラされたとしてもやましいことは何もないわけだし、梨音と幼馴染であることは皆んな知っている。

 俺達の関係性ごときで人一人が幸せになるのなら安いものだ。


「新之助様は少々お頭に問題を抱えていらっしゃるようで」


「うるせー! 妖怪メイド婆!!」


 新之助の保健体育以外の壊滅的な学力は俺達の手に余るものだったようで、助っ人ことメイド長の牧村さん(妻)に勉強を教えてもらうことになったのだが、案の定水と油だったようで、勉強の行く末は難航していた。


「鈴華さんだ! 鈴華さんを呼んでくれ!」


「鈴華さんは勉強あまり得意じゃないよ」


「ぐぬぬ……」


「も〜、私が代わりに教えるから。試験まで時間ないんだから真面目にやりなさいよ」


「…………まぁ八幡やはたでもいいか」


「〝八幡〟でも…………?」


「教えてもらうなら八幡がいいなあ!! もう八幡しか勝たん!!」


 不意な失言に睨みつけられ、慌てて訂正をする新之助。

 お前の脇が甘いのはそういうところだ。


「新之助、真面目にやらないとまた保健体育以外全部赤点取るぞ」


「鬼真面目だっつーの。真面目という言葉を擬人化したらたぶん俺になる」


「世も末だな」


 前橋は現代文と古文に頭を抱えつつ教科書と睨めっこしていた。

 逆に数学と情報処理に関してはこちらが学ぶことが多かった。新之助ほど尖った成績ではないが、生徒会会計としての能力の高さには目を見張るものがある。


「むむむ…………」


「前橋、せっかくニノがいるんだから古典に関してはニノを使った方がいいぞ」


「う、うん……。ニノ、お願いします」


「僕に任せてよ。ラ行変格活用を暗記で言えるようにしてあげる」


「微妙過ぎるだろ」


 とはいえニノに任せておけばある程度大丈夫なのは間違いない。

 現代文に関しては特段俺が教えられることはない。

 暗記するか表現力を読書等で伸ばすしかないだろう。




 数時間後、にのまえ家で夕飯をご馳走になってから、俺達は帰路へと着いた。

 明日からの期末試験に向けて、個人的には不安要素はあまりない。

 少なくとも、赤点を取るようなことはないだろう。


「少し遅くなっちゃったね。家に帰ったら21時過ぎちゃうよ。お店の方は大丈夫かな」


「問題ないだろ、今日はもっちーさんいるみたいだし」


「そうだよね」


 そこからしばらく沈黙が続いた。

 暗くなった夜道に車や人通りはあまり多くなく、俺達の足音だけが小気味良く響いている。

 時折、梨音が小走りになることに気付き、俺は少し歩くペースを落とした。


「ありがとう」


「普通のことだろ」


 少し前であれば梨音が小走りになることはなかった。

 というのも足を痛めていた俺に、梨音がペースを合わせてくれていたからだ。

 だが今は俺の足が復調したことにより、俺の歩くペースが無意識に速くなってしまっていた。

 だから以前に梨音がしてくれていたように、俺が歩くペースを落とすのは当然のことなんだ。


 周りの人と足並みを揃え、協調性を持つ。

 俺が再び身を投じる世界には協調性は求められても足並みを揃えることはない。

 を出し抜くか出し抜かれるかの世界。


 自分の行く末を考えているうちに家へと着いた。

 この時間になるといつも通う常連のオジさん達が集まって酒盛りをしている。

 そんな中にもっちーさんは上手く溶け込んで対応していた。

 ゲームが好きだと言っていたもっちーさんだったが、そこは流石の大学生。

 酔っ払ったオジさん達のセクハラ紛いなトークも華麗にかわしてみせていた。


「望月ちゃん酒注いでくれよ! 女の子に注いでもらう酒が一番美味えわ!」


「いやいやそんなことないっすよー。それに自分まだ19っすから。1月で20歳なんすけど」


「ええっ!? まだ10代かよ!」


「望月ちゃんみたいな若い女の子が入ったからか、この店も華が出てきたな!」


「あら、私だけじゃ華が足りませんか?」


 梨音のお母さんがにこやかに言った。

 でも目が笑ってねぇ。

 殺気がダダ漏れになってるのが分かる。


「あ、いや……梨花さんが一番」


「もう最強です」


「佐藤さんも内田さんも、ウチはそういうお店じゃないから従業員にセクハラ要望するのはやめてくださいね」


「「すんません……」」


 母は強し。

 さすが若元オジさんを尻に敷いているだけのことはある。


「…………裏から入るか」


「…………そうだね」


 俺達は見つかって絡まれる前に裏口へと回り込んだ。


「でも梨音が手伝いしてるところを見てもあの二人はセクハラ発言しないのに。お前魅力足りないんじゃないか?」


「これから凄くなるのよ」


「具体的には?」


「私を視界に入れた人がみんな気絶する」


「もはやそういう兵器だろそれは……」


 俺達はコッソリと裏から家に入り、それぞれの部屋に戻った。

 風呂に入り、一通りの準備を済ませて早々に布団の中へと潜り込む。


 期末テスト、生徒会、サッカー。

 取り組むべきことは多いが、妥協はしない。


「大丈夫…………きっと上手くいく」


 何かをないがしろにはしたくない。

 時折、店から聞こえてくる喧騒を耳にしながら、俺は静かに眠りに落ちていった。

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