説明責任⑥

 夜、時間を置いて俺は改めて梨音に話をしにいくことにした。

 学校では周りの目もあるが、梨音の部屋なら二人きりで話をすることができる。

 同じ家に住んでいる利点だな。

 夕飯を食べ終わり、風呂に入ってからしばらくした後、俺は梨音の部屋へと向かった。

 結局夕飯時にも会話はあまりなかった。

 強いて言えば『醤油取って』ぐらいだったな。


「梨音、今少し大丈夫か?」


 コンコンとノックをしつつ呼びかけるも中から応答がない。

 …………寝てるのか?

 にしてもまだ21時だ。

 寝るにしてはお年寄り過ぎる。

 一応ノックはしたわけだし、ドアを開けて確認しても問題ないよな……。


「入るぞー…………」


 静かにゆっくりと扉を開けて部屋の中を覗くと、梨音は勉強机に座って何かを書いているところだった。

 頭には緑色のヘッドフォンをつけており、音楽を聴いていたためにノックした音が聞こえなかったのだろう。


(勉強でもしてるのか?)


 梨音がこちらに気付く様子がないので、俺はしれっと近付いて机を覗くと、そこに開かれていたのは教科書や参考書等ではなかった。

 そこにあったのは、恐らく梨音が書いたのであろうキャラクターが描かれた漫画の原稿用紙だった。

 何枚も机の上に散らばっており、今も続けて梨音がせっせと描いている。


 長年一緒にいて初めて知った。

 梨音は漫画を描くことを趣味にしていたのか。


「へぇー上手いもんだなぁ」


「え? …………きゃああああああ!!」


 思わず感心した声が漏れてしまい、その声でやっと俺がいることに気付いた梨音が絶叫して描いていた原稿用紙を隠すようにして腕で覆った。


「ななな、なんで勝手に部屋にいるの!?」


「いや、ノックはしたぞ俺。この前の一件からちゃんと学習したし」


「返事してないじゃん!」


「むしろ返事が無い方が心配になるだろ。もし倒れてたらどうすんだ」


「最悪! マジ最悪!」


「そんな悲観的になるなよ。きっと良いことあるって」


「修斗のせいなんだけど!!」


 よせよそんな照れるぜ。

 というかそんな怒ることか?

 下着姿見た時より顔真っ赤にしてる気がするんだが。


「梨音が漫画描いてたなんて知らなかった。中学の頃は美術部だったし、絵が上手いのは知ってたけど」


「あーもう最悪、油断した…………誰にもバレないように気を付けてたのに……!」


「なんでよ隠す必要なくね?」


「恥ずかしいからに決まってるじゃん! 部屋で漫画描いてるなんて根暗なイメージだし…………そんなに上手くもないし……」


「そんなことないって。根暗なんて言ったら漫画家に失礼だろー。というかあれか、もしかして梨音が見たいって言ってた部活って漫画関係?」


「…………うん」


 なるほどな。

 前に美術部に入らないのか聞いたときに『高校の美術部ってなると私の目指してる方向とはかなり離れるから……』って話していたのはこういうことだったわけだ。

 確かに美術の絵画と漫画は分類的には似てるけど項目としては全然別物だもんな。


「いつから漫画とか書いてたんだ?」


「…………小学生から」


「まじで!? 全然知らんかった……」


「だからバレないようにしてたって言ってるじゃない」


「漫画関係の部活なんてウチにあんのか?」


「調べたら漫画同好会っていうのはあったけど……あんまり活動してなかったみたいだからやめたの。中学で基本的なデッサンなんかを勉強して高校で本格的にって思ってたけど…………」


 ということは中学の頃から美術部入っていたのも将来を見据えて勉強も兼ねて、ってわけだったのか。


「じゃあ……将来漫画家に?」


「…………言わない。笑われるし」


 少し顔を背けながら言った梨音に対して、俺は少しムッとした。

 まさか人の夢を笑う奴だと思われていたとは。


「人の夢を笑ったりなんかするかよ。梨音だって俺が小さい頃からプロサッカー選手になるって話してた時に一度でも笑ったか?」


「それは…………修斗はだって、才能あったし……」


「俺は漫画にあまり詳しいわけじゃないけど、俺から見ても梨音のこの絵は充分に才能あるよ。それにほら」


「あっ、ちょっ!?」


 俺は梨音の利き手を掴んで、人差し指の少しぷっくりと晴れている部分を撫でた。


「こんなにペンだこが出来てる奴が、努力してないわけがない。紛れもなく努力してる証拠だろ」


「うう…………そ、それは……」


「ほらここにも、ここにもあるぞ」


「や、やめ……やめて…………」


「な? 隠す必要なんてないって。凄い奴だよお前は」


「分かった……! 分かったから、手……!」


「あ、わりぃ。痛かった?」


「い、痛くはないけど…………」


 俺は梨音の手をパッと離した。


 顔真っ赤じゃんか。

 そんなにバレたことが恥ずかしいのか?

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