試合開始①

 土曜日、フットサル当日。


 俺と梨音は集合時間よりも少し早く目的地に着いた。

 時間は12時、梨音には「そんなに早く着く必要はないんじゃないと」言われたので、先輩達よりも早く行くのは社会人として当たり前だろ! と言ったら「早くフットサルしたいだけでしょ」と言われた。


 そうだよ図星だよ。

 一番最初に現地に着いて少し練習しようと思ってたよ。


 ところが一番最初に着いたのは俺達ではなかった。


「あ、高坂っち〜梨音っち〜!」


「げっ」


 満面の笑みで手を振ってきていたのは元ストーカ……もとい、友人の桜川だった。

 まさか本当に来るとは……。

 しかも早ぇーし。


「げって、そのリアクションは酷いと思います!」


「あれ? 桜川さんどうしたの?」


 事情を知らない梨音が聞いた。


「高坂っちがフットサルやるって聞いたから、飛んできた!」


「来なくていいとアレほど……」


「あの高坂修斗がサッカーやるんだよ!? そりゃ見に来るでしょ!」


「追っかけファンだね」


 それを世間ではストーカーと……。

 まぁ来てしまったものは仕方ない、今さら帰らすのも可哀想だろう。

 そもそも言って聞きそうな雰囲気ではないが。


 それにしても桜川はいるのに奴らがいないな。


「桜川、新之助達は?」


「佐川っちはめんどいからパスって言ってたよ」


 あんのデビュー野郎……!

 別に来て欲しいわけではなかったが、来ないなら来ないでなんか腹立つな。

 桜川に情報だけ横流ししやがって。


「にのっちは用事があるって」


「ふーん……。それよりもよ、向こうにいる人は誰だろうな。さっきからずっといるけど」


 俺が指差したのは、コート入り口で腕を組んで仁王立ちしている一人の男の子だった。

 身長は大鳥先輩よりさらに小さいのにやたらとギラついていて、立っているだけなのに凶暴性が垣間見える。


「実は私が来る前からいたんだよね……。誰かの弟さんとかかな」


「桜川さんが来るぐらいだしあり得るかもね」


 にしては堂々としすぎだろ。

 それに弟とかなら当人と一緒に来るはずだよな普通。


「ま、幸いにもコートは空いてるみたいだし、受付の人に話をして練習させてもらうか」


 俺は少し離れたところにあるプレハブ小屋みたいなところに行き、中にいる人から話を聞いてボールとビブスを貸し出してもらった。

 コートを使用してもいいか尋ねると、俺達の前に使っている人達がいなかったということもあり、少し早いけど使ってもいいと許可をもらった。

 結構緩いみたいで助かるな。


 ボールとビブスが入ったカゴを持ってプレハブから出ると、先程まで仁王立ちしていた子が俺に話しかけてきた。


「もしかしてお前、瑞都みずと高校の生徒会のやつか?」


「……そうだけど」


 何だ偉そうに。

 タメ口か少年。


「俺は漆間大学附属高等学校の生徒会会長、堂大寺どうだいじだ」


「漆間…………えっ!?」


 嘘だろ!?

 この人相手の生徒会長!?

 じゃあもしかして……先輩か!?


「集合の1時間前に来るとは殊勝な心掛けじゃねぇの。ウチの役員達にも見習わせてやりてぇぐらいだ」


「まぁ……下準備には慣れてる……ますから」


「今日はよろしく頼むぜ。とはいえ、泣きを見るのはお前達だろうがな」


「はぁ……」


 はははと高笑いした後、相手の会長は戻っていった。

 俺は不思議な気持ちになりながら梨音達のところへ戻った。


「どうしたの?」


「あの人、向こうの生徒会長だった」


「ええ!?」


「中学生に見えてもおかしくないよ!?」


「な。でも変な威圧感あったわ」


 あれが生徒会長たる所以なのか。

 確かに人の上に立っていそうな雰囲気だ。

 とてもじゃないが普通の人には御しきれなさそう。

 うちの生徒会長を除いて、な。

 うちの生徒会長はほら、普通じゃないから。


「さぁ、練習しようぜ」


 俺と梨音はあらかじめジャージ姿で来ていたので、後は上着を脱いで靴を履き替えるだけだ。

 トレーニングシューズは自主練用として昔使っていたものがあったので俺は問題ないが、梨音はさすがに持ってなかったので普通の運動靴を使っている。

 人工芝の上ではかなり滑るが、そもそも梨音は控え予定なので試合に出ない可能性の方が高い。

 運動靴でも問題ないだろう。

 ちなみに帰りのための着替えはちゃんと持ってきているから汗をかいても大丈夫。


 俺と梨音はコートの中に入った。


「高坂っちのサッカー着姿での準備体操、いいね!」


「…………写真を撮るなや」


 カシャカシャと容赦なく携帯で写真を撮る桜川。

 昔から写真を撮られることは多かったのでそれほど抵抗感はないが、単純に恥ずい。


「ボール、蹴る?」


「いや、まずは柔軟体操からだ。これを怠れば怪我に繋がるからな」


 どんなスポーツ選手でも準備体操は入念に行っている。

 体が柔らかいほど、怪我はしにくくなるからな。


 俺は座って両足を開き、前に体を倒した。


「うわっ! 高坂っち柔らかい!」


「当たり前だろ。今でも毎日柔軟は欠かしてないからな」


「後ろから押そうか?」


「そうだな、頼む」


 一人では倒れ込むのにも限界はある。

 押してもらった方が良い柔軟になるからな。


 梨音が後ろから俺の背中をグッと押し込む。

 俺の体はほとんど地面に着きそうなぐらいまで倒れ込んだ。


「修斗本当に柔らかいね……!」


「まだまだ余裕よ」


「すごーい! 梨音っちもっと押しちゃえ!」


「それじゃあ……いくよっ」


 梨音が体重を乗せるようにして自分の体ごと俺の背中を押した。


「おっ……これは結構キツ───」


 待て……背中に……何かが当たっていないか……!?

 俺の全神経……背中に集合ー!!

 俺も梨音も運動着のシャツ一枚だからこそ分かるこれは…………もしや……!!


「高坂っち柔らか〜い!」


 うん、マジ柔らかい。


「こんなに柔らかいなんて初めて知った」


 ね、俺も俺も。


「ふう……。押してる私の方が疲れちゃった」


「マジ助かったよありがとう。ホント…………マジでありがとう……!!」


「えっ……押しただけなのに何でそんな熱意こもってるの」


 毎日柔軟やってて良かった…………体柔らかくて良かった!!

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