怪我でサッカーを辞めた天才は、高校で熱狂的なファンから勧誘責めに遭う

旅ガラス

部活勧誘編

プロローグ

「ふぅ……今日からここで暮らすのか……」


 とある定食料理屋。

 俺にとって馴染みのあるところではあるが、改めて視点を変えて見ると異なった環境に思えてくるから不思議だ。


 明日から高校1年生。

 新しく始まる学生生活の幕開けと共に、新しい生活も始まろうとしていた。

 この定食料理屋は俺の家の近所にあり、小さい頃から何度も通っていた。

 ここの店主のオジさんと俺の親父は学生時代からの親友らしく、オジさんが家業を引き継いだ時に親父が家を近所に借りたのだ。

 大きな理由としては、同時期に子供が出来たからだろう。

 俺には若元わかもと梨音りおという同い年の幼馴染がおり、小さい頃から何かにつけてはお邪魔して、遊んだりご飯を食べていたものだ。


 それがどうして俺が家に泊めてもらうことになったのか。

 それは親父の仕事に関係があった。



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「父さんな、転勤することになったんだ」


 夕飯を食べている最中、親父が突然話してきた。

 そんな素振りを今まで全く見せてこなかったため、俺は驚きつつも餃子を口に頬張った。


「父さんも一週間前に話されたばかりでな、修斗しゅうとも高校に受かったばかりだし、いつ話そうか迷っていたんだが……」


(そりゃまた急な話だ)


 そう思いながら味噌汁をすする。

 やはり味噌は赤味噌にかぎる。

 本当はアサリの味噌汁が一番好みなんだけどな。

 そうそう飲めるものでもないからしょうがない。


「出張……ってわけでもなくてな、たぶんそのまま向こうに住み着くことになると思う。そうなると引っ越すことになるんだ」


 俺は頷きながら白飯を頬張った。

 田舎のじいちゃんから送られてくるブレンド米。

 毎日食べてても飽きない旨さ。


「母さんはもう一緒に引っ越すと言ってくれたんだが……修斗にも聞いておこうと思ってな……。一応、確認するんだが…………父さんの話聞いてる?」


「聞いてるよ。当たり前じゃん」


 そう言いながらサラダにドレッシングをかけた。

 やっぱりドレッシングはピエトロだよな。


「そ、そうだよな! 真面目な話してるのに、あまりに食欲に忠実だから父さん勘違いしちゃったよ」


「こんな大事な話、真剣にならないわけもぐもぐ……」


「いやそれそれ。真剣味が伝わってこんのよ。修斗の今後を左右することでもあるからちゃんと考えてほしいんだ」


「考えるも何も、俺もついていくしか選択肢ねーじゃん」


 俺一人で自立できる経済力があるわけでもないし。

 かと言って一人暮らしするほど親に迷惑も掛けたくはない。

 そうなると自ずと答えは一択だ。


「いやいや。修斗は瑞都高校に行く準備をずっとしていただろ? それなのにまた編入試験を受けて別の高校に行く準備をするなんて、父さんならやってられない」


「俺は別に……」


「だから父さんもな、修斗がここに残ることも選べる選択肢をちゃんと用意した。というかお願いした」


「お願い? 誰によ」


「父さんの親友にだ」



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 ということで親父は、ここのオジさんに話を通して学生生活の間、俺の面倒を見てくれるようお願いしたのだ。

 生活金というか、これからかかる費用なんかについてはあらかじめ銀行に準備してあり、もし別途費用が掛かるようであれば振り込んでくれるらしい。

 とりあえず金銭面的な部分の心配はいらないようだ。


「にしてもいくら親友の息子だからって、娘と同い年の男を家に泊めさせるなんてよくOK出すよな……。まぁ、別に俺も今更あいつに緊張もクソもないけどさ……」


「お、修斗。来たんだったらそんなところで立ってないで中に入ればいいじゃないか。今日からお前の家なんだぞ」


しげるオジさん」


 タイミング良く中から出てきたのは、親父の親友である若元わかもとしげるさん。

 短髪の白髪頭で、意外と体格はガッシリとしている。

 定食屋の店長というか、どっちかっていうと寿司職人ぽい。

 厳しそうな見た目に反して意外と適当な性格で、よく梨音のお母さんに注意されているのを昔から見てきた。


「明日の準備もあるだろ? ほれほれ、入った入った」


 オジさんに促されて中に入ると、梨音りおのお母さんがテーブルを拭いているところだった。


「あら? 修斗くんじゃない」


「こんにちわ」


「話は聞いてるわよ〜。これから宜しくね」


 梨音のお母さんはおっとりとした性格ではあるが、繁オジさんに対しては結構厳しい部分がある。

 というのも仲が悪いとかではなく、繁オジさんが適当な性格のせいである。

 その場の勢いでお客さんに無料でビールを振る舞ったりしてしまうため、この定食屋のブレーキ役となっているのだ。


 ちなみに名前は梨花りかさんと言い、梨花オバさんというと失礼だということでウチの母が『梨音のお母さん』という風に俺に呼ばせた。


「修斗の部屋は2階にあるからな。おい、梨音! 修斗が来たぞ!」


「………………来たんだ」


 いやそりゃ来るだろ、と思わず言いそうになった。


 2階から降りてきたのが若元家の一人娘でもあり、俺の幼馴染でもある若元梨音。

 目鼻がハッキリとしていて、スタイルも良く、そこらのアイドルと見比べても見劣りしない、と言われている。

 俺からしたらそこら辺のアイドルが単にレベル低いだけだろと言いたいけどな。


 Tシャツに短パンスタイルと、何ともラフな格好。

 相変わらずのようだな。


「修斗の部屋の案内と、荷解きを手伝ってやってくれ。俺と母さんは開店準備があるからな」


「分かった」


「よろしく」


 俺は梨音に付いて店の奥の階段から上へとあがった。

 この階段も久しぶりに登る気がする。


「なぁ、お前寝起きか?」


 気怠そうに階段を登っていく梨音に後ろから声を掛けた。


「そんなことない。ずっと前から起きてた」


「でも頬っぺにヨダレの後ついてるぞ」


「えっ!? 嘘っ!」


「嘘」


「〜〜〜っ!」


「うわあぶねぇ! 突き落とす気かよ!」


「本当に突き落とそうか?」


 振り向きざまに肩をはたかれた。

 でもこの程度、お互い挨拶みたいなもんだ。

 本気で怒ってたらコイツの場合迷いなくグーが飛んでくる。


「はい、修斗の部屋はここね」


 案内された部屋は6畳一間程のスペース。

 一人で過ごすには充分に余裕がある。


「意外と綺麗だな」


「当たり前でしょ。修斗が来る前に掃除したんだから」


「あ、なるほど」


「感謝してくれてもいいのよ」


「感謝感激雨嵐」


「なにそれ腹立つ」


 今日から俺はここで寝泊まりするのか。

 小さい時は良く寝泊まりに来ていたが、この歳で改めて寝泊まりするとなると多少思うところはあるな。


「さ、荷解きしたら必要な物でも買いに行きましょ」


「あ、買い物付いてきてくれんの?」


「明日から学校なんだから、必要なものあるんでしょ?」


「まぁそうなんだけどな。いや、俺の買い出しに付き合わせるのも悪いと思って」


「別に大したことでもないし、お父さんからも修斗の手伝いをするよう言われてるから」


 あんまり迷惑はかけたくはないんだけどな。

 とはいえ買い出しといっても大きな買い物をする予定はない。

 細かな日用品ぐらいだ。


「じゃあ頼むわ」


「ん」


 俺は梨音に荷解きを手伝ってもらいながら、家での簡単なルールを教えてもらった。

 ルールといっても大げさなものではない。

 要は定食料理屋として朝早くから営業している場合もあるため、その時の朝ご飯は自分で作ったりだとか、もしもお店が忙しくなったら手伝いをするなどのお店関係のことだ。

 居候させてもらっている身としては当たり前のことだな。


「こんなもんか」


「じゃあちょっと着替えてくるから。下で待ってて」


「オーケー」


 俺は一足先に下へ降りた。

 この時間ではもうお店は開いている。

 なので梨音が言っている下とは裏口のことだろう。

 この家にはお店としての入り口のほかに、普通の家としての出入り口がある。

 別に出入りするのはどちらからでも問題はないわけだが、お客さんがいる中で堂々と表から出ていくのも変な話だ。


 裏口のところで携帯をいじりながら待つこと10分ほど、梨音が降りてきた。

 着替えたといっても下をはき替えて上着を羽織ったぐらいのものだ。


「お待たせ」


「相変わらずラフな格好だな」


「買い出しくらいでおしゃれするわけないじゃん」


「まるで普段はしてるかのような言い方だな」


「してますけど」


「見たことないんですけど」


「修斗の前でおしゃれする必要がないからなんですけど」


 なるほど説得力あるな。

 そう言われたら確かに俺も俺もって思うわ。


 俺たちは駅近くのデパートへと向かった。

 日用品や服などが買えるため、ここに来れば大体は揃えることができる。


「明日っから高校生か。梨音は緊張したりしてるか?」


 歩きながら俺が話しかけた。


「んー…………そんなにかな。高校自体は家からもあまり離れてないし、中学の時からの知り合いも何人かいるしね」


「いいな。俺は仲良かった奴は誰も瑞都高校には行かないからなぁ。そりゃ知ってるやつはいるけどよ、それこそ仲いい奴なんて梨音ぐらいのもんだ」


「ふーん…………」


「なんで顔背けんだよ悲しくなんだろ。クラブの奴らもそのままユースにあがって全寮制の学校に行った奴らがほとんどだしよ、俺はサッカーしかやってこなかったツケが回ってきた感じだな」


 あははと俺が冗談交じりに笑った。


 俺は中学3年までクラブチームでサッカーを続けていた。

 俺の世代はクラブチームの歴史を見ても才能のある奴らが揃っていると言われており、U-15の大会のタイトルをほとんど総ナメにしていた。

 俺自身もトップ下のポジションで司令塔として活躍し、日本代表にも呼ばれていた。

 そのことから地方や海外にも多く遠征していたため、両親は今回のように親元を離れることに大して抵抗を感じなかったのだろう。


 だけど、3連覇を狙った中学3年の夏に行われたUー15のクラブユース大会の予選において、俺は相手選手との接触プレーによって右膝の靭帯をいくつか損傷した。

 その後遺症で医者からは普通に歩くことはできても、走ったりボールを強く蹴ることは難しいかもしれないと言われた。


 走ることもできず、シュートもクリアもセンタリングもできない選手なんか必要か?


 俺のサッカー選手としての人生はその瞬間終わったんだ。


「……高校で何か面白いものが見つかるといいね」


「そうだな。何もサッカーだけが人生じゃないんだ。運動しなくても楽しめる部活が何かあるはずさ」


 これまで見えていた景色から視点を少し変えて、広がった世界を見ようぜ。


 明日から始まる高校生活に希望を抱き、俺はデパートへと向かった。

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