魔法道具店
葛
1-1 惚れ薬とブチ猫
「あの、惚れ薬をください!」
ホノカはガバリと頭を下げつつ、店主を窺う。
大学生くらいに見えるこの男性が魔法道具店の店主だ。
落ち着いた店内は喫茶店のような趣ある雰囲気。
ただ鉢に植えられた肉食植物が隣のケージの頭が三つある犬と世間話をしていたり、時折本棚の本がひとりでに空中を舞ったりしているが……。
店主は迷惑そうに眉間に皴を寄せた。
「……何で?」
いや、お店で売っているものを買おうとしてなんで「何で」って言われなくちゃいけないの⁉
ホノカが口をもぐもぐさせていると、店主が重ねて問う。
「何で惚れ薬なんか欲しいの? 好きな人でもいんの?」
「はい……、いますけど……。というか、好きな人もいないのに惚れ薬買おうとしませんけど」
上目遣いに睨むと、はぁと店主が溜息をつく。
「君さ、惚れ薬使わなきゃ結ばれない相手なら、最初から諦めたら?」
「……え、でも」
「薬使うって発想になる時点から相手、君に微塵も興味ないよね?」
正論を突き付けられ、ぐあっとよろめく。
確かにそうだ。
ずっと憧れていた人。自分には見向きもしない人。
「……でも、それでも諦め切れないから薬が欲しいんです」
唇をぐっと噛み締めたホノカに、店主が僅かに口調を和らげる。
「うちもこれ、薬として売ってるもんだから、買った人の素性を把握しておく義務があんのね。詐欺目的で買われたら困るから」
「そう、なんですか」
「そう。じゃあまず君の気持ちが本気かどうか知りたいから、好きな人を振り向かせたい動機を聞こうか」
そう言って向き直られては断れない。
ホノカは洗いざらいを店主に話していた。
その人は同じ高校のバスケ部の先輩だった。誰からも好かれる人気者。皆に平等に優しく接する。
ホノカもその他大勢の女子の一人なのだということは自覚していた。それでも振り向いて欲しくて告白した。まあ、見事に振られたわけだが。
「でも、先輩もうすぐ卒業だから。こないだ部活も引退して、もう接点なくて。でも振られたくせにおめおめと近づけない。けど私もっと先輩と一緒にいたいんです」
目を伏せ、話し終えたホノカを、店主が冷酷そうな目で見詰める。
「君、勘違いしてる。自分で分かる?」
え、勘違い? 何が?
「もっと一緒にいたいってことだけど、それ相手の状況ちゃんと考えたの?」
店主は説明するのが面倒臭そうな顔のまま足を組む。
「状況って。だから先輩はもうすぐ卒業……」
「の前に、受験勉強まっしぐらなんじゃないの? 今くらいの時期は」
ホノカははたと固まる。
「なのに、先輩と一緒にいたいだぁ? バカじゃねぇの?」
「なっ!」
「君、実際に相手の男と付き合っていくつもりないでしょ。相手の状況、1ミリも考えてねぇじゃん。多分そいつの彼女って立場手に入れた途端飽きるぞ」
そんなことない! と叫ぼうとして言葉が喉に突っかえた。
先輩は人気者で、当然ホノカと同じように狙っている女子は大勢いる。
先輩が活躍する度にキャーキャー黄色い歓声を上げる女子達を見下していた。
あんた達と違って私は本気だから、と。
だが、
「先輩を一途に思い続けてる健気な自分に酔ってるだけだろ、君」
真正面からぐっさりと胸を刺された。
なんでそんなこと言われなくちゃいけないの、と涙目になる。
「……私が本気じゃないって、言いたいんですか」
「本気だとは思うけど、自分の気持ちー! って手一杯になってんじゃない? 本気っていうのが本気で相手を手に入れる、で止まってんじゃん。その後どう付き合っていきたいってとこまで考えられてない。今一時的に熱上げてるだけだ」
ホノカは唇を固く引き結ぶ。
そうかもしれないと思ってしまうことが辛い。
店主が手近な本をパラパラと適当に捲る。このやり取りに飽きてきたのかもしれない。
「ちょっと頑張って落ち着いてみたら? 相手の心を薬で無理矢理、君に向かせることが互いにとって良いことなのか。受験とかのこの時期にさ、相手を恋に溺れさせたいか。君がそれこそ本気で相手を大事に思うなら、どっちを選ぶ?」
もし先輩が振り向いてくれたら、きっと嬉しくて堪らないだろう。
でも先輩が受験や友達、その他のことを全部放り出して私を優先したら。先輩の将来を私がぶち壊したら。
ふっと目が
「……先輩のこと、諦めた方がいいんですね……」
「俺は諦めたらって思うけどね。でも、それを選ぶのは君だろ。俺は君に薬を売るか判断したいだけだし」
店主はホノカの中でもう答えが決まっていることを見透かしたように突き放した。
「……分かりました。薬買うの止めます。頑張って落ち着こうと思います」
静かに言い放ったホノカを、店主が横目に見た。一瞬、心の奥を覗き込まれたような気がした。
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