黒いオルゴール

冷門 風之助 

その1 発端

『法に触れておらず、結婚や離婚問題でなければ、大抵の依頼は引き受けます。探偵料ギャラは一日六万円と必要経費。拳銃などの武器が必要だと判断した場合には、危険手当として四万円を加算させて頂きます。詳しくは其の契約書をお読みになってください。』

 俺は卓子テーブルの上に書類を置くと、その男は一通り最初から終わりまで目を通し、それから取り出した万年筆でサインをすると、次に印鑑を取り出してした。

『結構、それではお話を伺いましょうか』

 11月も押し詰まったある日、彼はある事件で情報を交換したことのある、九州に住んでいる弁護士の名刺と紹介状を持って俺の事務所オフィスを訪ねて来た。

 彼の名前は石倉武いしくらたけし、歳は45歳、都内で税理士事務所を営んでいる。

 地味な紺色のスーツに、薄いえんじ色のネクタイをし、スーパーマンに変身する前のクラーク・ケントみたいな黒縁眼鏡をかけている。

 色が白く、如何にも真面目を絵に描いたような男だった。

『この女性の居所について調べて欲しいんです』

 彼は背広の内ポケットから札入れを出し、中から一枚の写真を指で挟んで俺に手渡した。

 一人の少女が写っている。

 どこか公園のような場所だろう。

 芝生の上に横座りになり、膝の上に本を置いてカメラのレンズを見ている。

 薄茶色のセーラー服にひだの多いスカート、白いソックスに黒の革靴。

 肩まで伸ばした髪は、首の後ろでひとまとめにして束ねられている。

 ぱっちりした目、色白で細面の、一昔前の東映のお姫様女優のような顔立ちだ。

 鼻はそれほど高くもない。

 口は小さく、まるで日本人形のそれのようだ。

『名前は石倉純子いしくらじゅんこといいます。その写真は今から11年前、まだ高校三年生の時のものです』氏は言葉を切り、俺が出したコーヒーを一口啜り、大きく息を吐き出すようにして、

『彼女は私の妹、いや、正確には異父兄妹いふきょうだいというべきでしょう』

 そう短く告げ、また息を吐き出した。


『私たちの両親は、まず父親が私が大学一年、妹が小学校六年の時に亡くなりました。』

 父は割と名の知れた財閥系船会社の重役をしていた。

 仕事で海外を飛び回ることが多く、あまり家にいる事はなかったが、物静かで、優しく人柄のいい性格だったという。


 母親は同じ会社で働いていた女性で、父とは恋愛結婚だった。

 見た目には夫婦仲も良く、至って普通の家庭で、波風など立ったことは一度もなかった。

『妹さんとは随分歳が離れているようですが、』俺の問いに、石倉氏はまた苦い顔をして、コーヒーを口に運び、それから続けた。

『妹は私が10歳の時に生まれました。その頃は父も会社の重役になりましてね。一応落ち着いたものですから、日本にいました。私は突然母が妊娠し、妹が生まれると知り、少し戸惑いはしましたが、嬉しかったのは確かです』

 

 妹の純子は本当に美少女だった。

 もう幼い頃から、周囲の男性、いや、時には女性まで惹きつける妙な魅力を持っていたという。

 武は最初、

”本当に美少女なんだから当たり前だろう”

 ぐらいにしか思っていなかったのだが、そのうちに妹に妙な違和感を覚えるようになってきた。


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