その九【勉強会で】
「………」
桜が散り、恐らく、一般的には徐々に暑くなりつつある今日この頃。
特に変わったところが見つからない住宅街の、とある一軒家。
その一室──
『お願い、勉強教えて!!』
あの後、朝食を食べ終えると、瑞希が勢いよく手を合わせて頭を下げてきた。
実を言うと今って
瑞希はそれをGWの最終日である今日に思い出し、危機感を感じたのだ。
容姿は学校で評判な瑞希だけど、勉強は昔から苦手で今でもそれは変わらないらしい。
今の学校も必死に勉強してなんとか合格したらしく、順位は下から数えた方が早い。
変わった彼女の変化のない事柄に嬉しさを感じつつ、テストが行われるたび俺に泣きついてきた瑞希の姿を思い出す。
かく言う俺はというと、運動はご存知の通りだとしても勉強は上位にはいれている。
どの経路で知ったのかは脳内に響くことがなく定かではないけど、瑞希はそれを知っていて頼み込んできたらしい。
──で、休みの分追いついていない勉強をするがてらに教えているんだけど……
「……いくらなんでも、やっぱりこれは近すぎじゃないか?」
何故か瑞希は、隣で勉強をしている俺にぴたりとくっついて勉強していた。
それにより、瑞希の甘い香りと暖かい感触が直に伝わってくる。
それはとても心地良いことだし、勉強しづらくはあるけど、まあそれはいい。
……だけど、瑞希の方からぐいぐいと近づいてきているのが問題だった。
さすがの俺も、少し動揺してしまう。
そういう瑞希は、俺の言葉を聞いて首をふるふると横に振っていた。
「こっちの方が落ち着くもん」
──恥ずかしくはあるけど……
さすがに瑞希の方も恥ずかしくはあったんだな……
その犠牲ありきでこれをやっている瑞希の姿に、「そうか」と小さく相槌を打つ。
「………」
……瑞希の言動は、嬉しくはある。
俺のことを必要としてくれてとても愛しいし、同時にとても可愛らしく思う。
ただ、慣れそうにないな、とも思った。
俺は自分でも慌てることの少ない男だと思っているけど、瑞希のするあれこれにはいつまでも慣れそうにない。
そんな自分に、俺は苦笑する。
──……どうやるんだっけ、これ。
「うん?……ああ、これはな──」
……まあ、別にそれでもいいか。
それほど、瑞希は俺にとって別格に特別ということだろう。
□
「疲れた〜……!」
「おつかれさま」
一通りの基本や応用を少し頭に叩き込むと、瑞希はぐでーっ、と仰向けに寝転ぶ。
長時間の勉強に、俺も首を回したり腕を伸ばしたりして身体をほぐしていく。
1時間15分の休憩込みで、ざっと6時間。休日なのにそこそこした方だとは思う。
瑞希は一年の時に赤点の危機が多かったらしいけど、今回は大丈夫だろう。
「はあ〜、寝たい……もしくは糖分が欲しい……」
──頭が……
弱々しくそう願望を告げる瑞希。その姿を見て、俺は苦笑する。
「休憩の時に結構お菓子は食べたし、寝た、いいんじゃないか?」
勉強している俺たちのことを気遣って、
ハート型のお菓子、そして雫さんのニヤニヤとした表情を思い出す。
「確かに……美味しかったけど、これ以上はカロリーが凄いことになりそう……」
──最近太った気もするし……
雫さんの表情に気づいていなかった瑞希は、なかなかに乙女なお悩みをしている。
元々細身だし、太っていても別に俺は気にしないけど……まあ、触れないでおこう。
「じゃあ、寝よっかな……」
そう言って、瑞希はベッドに向かう……ことはなく、こちらをじっと見てくる。
そんな彼女の思考を読んで、これまた俺は苦笑して立ち上がった。
「また俺がか?」
「き、昨日は無意識だし……」
瑞希は昨日のことを思い出して、もじもじと頬を赤らめる。
その可愛い姿に愛しさを覚えて頬が緩むも、俺はベッドの縁に座った。
もう察したと思うけど、瑞希のご所望は膝枕であった。
「ほら」
「うん……じゃあ、失礼します」
腿を叩いて促すと、瑞希が頬を赤らめたまま近づいてきて、恐る恐ると頭を乗せてくる。
腿に彼女の後頭部の重みが乗ってきて、仰向けの瑞希と目が合った。
心地よい重みと甘い香りが漂い少し動揺しつつも、俺は顔に出さず彼女に尋ねる。
「寝心地の程は?」
「えっと……凄く、いいです」
──昨日は感じなかったけど、包まれているみたいで、温かくて、凄く安心する……
「そ、そうか」
そんなことを考えられていることを知ると、自分で尋ねたにも関わらずなんだか居心地が悪くなってくる。
それを自分に誤魔化すように、そして彼女に察知されないように、俺は瑞希の髪を撫でた。
「ん……」
──気持ちいい……
その行動は彼女には好評らしかった。触り心地が良い綺麗な髪を、続けて撫でる。
相変わらずさらさらとしており、触れても触れても飽きることは無さそうだ。
「おやすみ、瑞希」
「ん……」
気づけば表情がとろんとしていた瑞希にそう告げると、瑞希は頷く。
そして脳内に声が響いてこなくなっても、俺は彼女の頭を撫で続けた。
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