その七【翌朝のウォーキング】

 目覚ましがなり、俺は目を覚ました。

 ……そして、唇に残る彼女の温もりを感じる。


「………」


 軽く唇を抑え、俺は目覚ましがなったにも関わらずまだ寝ている胸元の瑞希みずきを見る。

 彼女の母親が言っていた通り寝相が悪いのか、瑞希は体を変な方向に曲げて俺の胸元を枕にしていた。


「………」


 ……昨日は思わず、これまでの想いを爆発させるかのように彼女を求めてしまっていた。

 彼女は受け入れてくれていたけれど……さすがに、もう少し自重しなければならない。


 少し申し訳なく感じつつも、俺は瑞希を胸元から枕へと下ろして上半身を起こす。

 そして、瑞希を起こさないように彼女の匂いが充満するベッドから出る。


 これから、結局一回しか出来ていないウォーキングをしなければならない。

 部屋を出てから階段を降り、着替えるために洗面所へ──


「──あれ?愁くん、おはようございます。朝、早いんですね」


 ……行く前に、オープンキッチンでなにやら作業をするしずくさんに挨拶をされた。

 アラームがなったし、まだ6時のはずなのだけれど……この人はいつ起きているんだ?


 そんな事を考えつつ、俺も「おはようございます」と挨拶を返した。

 それに丁度いいし、今の内に許可を──


「昨日はなにか進展はありましたか?二人きりで一緒のベッドなんて……ねえ?」

「………」


 朝っぱらからそんなことを尋ねられて、俺は肌寒いというのに顔を熱くさせた。


 ……ただまあ、ありえないことだ。俺は瑞希を大切にしたいし、瑞希は純粋なのだから。

 そういいつつ、もう経験済みのことは何度も繰り返しただろというツッコミはうけつけていない。


 平然を装って「はあ……」と呆れたようにため息を吐きつつ、俺は口を開く。


「からかわないで下さいよ。それと、後でシャワーを借りてもいいですか?」

「別に愁くんになら瑞希のを上げてもいいんですが……あ、大丈夫ですよ」


 何が、とは訊かないでおこう、うん。

 「ありがとうございます」と感謝の旨を雫さんに伝え、俺は洗面所に入った。


 ジャージをバッグから取り出して、それに着替てからウエストポーチを身につける。

 逆に、脱いだ寝間着をバッグへと直す。


 直ぐに準備を済ませて洗面所を出ると、雫さんが目を見開いた。


「運動するんですか?」

「え?あ、はい。運動不足が深刻でして……」


 理由を説明すると、雫さんがなにかに気がついたように「へえ?」とニヒルに笑う。


「瑞希のためですか?」

「当然ですよ」


 すぐにそう返すと、雫さんが「おお」と感嘆の声をあげた。多少気まずさを感じつつも、俺は気にせずに須藤家を出る。


「いってきます」


 さて、久しぶりな寒い中のウォーキングを、始めるとしようか……



 □



 15分ほどウォーキングをして、また俺はへこたれながら公園のベンチに座った。

 荒い息を整えて、汗や息で抜けていった水分を水を飲んで補給する。


「美優、二週間ぶりに見るけどここにあるの愁だよな?」

「え?……あ、確かにこれは愁だ」


 聞き覚えのある声がして後ろを振り向くと……やはりバカップルがいた。

 俺は前も見たな、と思いながら苦笑し手を上げて口を開く。


「前よりも更にモノ扱いな言い方だな」

「前がなんか面白かったからな。おっは〜」


 そういうのは園拓也そのたくやだ。長年の付き合いだし、やはり気にしてはいない。

 隣に立った、拓也の彼女の藤村海優ふじむらみゆうがニッコリ笑って「おっはよ!」と挨拶してくる。


 いつかの日のように「二人ともおはよう」と俺は返す。


「今日もバカップルでランニングか?」

「ああ、そうだ。そういう愁は退院して早速のぼっちウォーキングか?」


 拓也に揶揄やゆするようにそう言われ、「うるさい」と笑いながら返す。


「にしても、酷い状態らしかったから退院してよかったよ。お見舞い行けなくて悪かったな」


 確かに、拓也も海優も一度も看病には来てくれていなかった。


 二人とも友人も多いし、当日の夜には無事と診断されたから俺としては構わなかった。

 それに、果物とか持ってくるとかの迷惑を掛けるのも、俺としては嫌だからな。


「でもでも!愛しの幼馴染さんの方はどれくらいお見舞い来てくれたの?」

「……毎日だよ」

「「毎日!?」」


 感慨深く、少し噛み締めるように答えると拓也と海優はそんな驚いたような声を上げる。

 急に大きな声を出されて半目で睨むも、俺は二人に同感する。


 好意を持たれていたとしても、毎日来るのは中々なものだからだ。本当にありがたい。


「……ねえ愁。それ絶対須藤さんに好意を向けられているよ?」

「そうだろうな」


 というか、好かれているしね。

 何故かこみかみが震え引き攣った笑顔の海優を相手して、そんなことを考える。


「……なあ愁。須藤さんに告白しないのか?」

「ん?いや、もうしたぞ?」

「「したのかよ!?」」


 またもや驚いたような声を上げる二人だが……俺は首を傾げる。


「して何が悪いんだ?」

「いや悪くないけどさ!?したなら会った瞬間に言えよ!?肺が飛び出たわ!!」


 心臓じゃなくて肺なのね……


 「はあ、はあ……」と何故か息を荒らげる拓也に「大丈夫か?」と、一応声を掛けておく。


 「大丈夫だ……」と言われ、少し胸を撫で下ろすと拓也が「んっん!」と咳をする。

 なんだかわざとらしいな……


「まあ、恋人成立……なのか?だとしたらおめでとう。お前と須藤さんなら、絶対幸せになれるよ」

「私もそう思う!」


 そう微笑み掛けてくれる二人に「ありがとう」と伝え、俺は立ち上がる。


 少し騒がしいけど、素直に祝福してくれる良い友人を持つことが出来たな。

 そう思いながら、感謝の言葉と別れの挨拶をして俺はまた歩き出した。



 □



──ん〜……?


 ウォーキングもあと10分といった所、脳内に聞き心地のいい声が響き始める。

 いつもと同じ時間、我がプリンセスのお目覚めのようだった。


 ん?なんで知ってるんだ、だって?

 いや、瑞希っていつも6時半起きだし……


 知らない人に弁明しつつ、俺は立ち止まってスマートフォンを取り出す。

 乱れる息を整えながら、瑞希に【おはよう】とメッセージを送った。


──……ん?こんな朝からなんだろ……


 水を飲み、脳内に響く声を楽しむ。

 思いつきでやり始めてるんだけど、これは案外面白そうかもしれない。


──しゅーくん……?あ、そう言えばしゅーくんがいないけど、もう起きたのかな……?


:しゅー:

【起きてちょっとウォーキングしてるよ。あと10分くらいで帰るかな】


──……あれ?え、ちょっと待って、もしかして聞こえてる?


 バッチリ聞こえている。この能力に距離制限というものはないらしい。

 メッセージで【聞こえる】と伝える。


──………。


 ………?


 瑞希の声が突然聞こえなくなったため、俺は路上で一人首を傾げる。


「道に迷ったのかい?」


 急に声をかけられたので振り向くと、お婆さんがこちらを見ていた。

 立ち止まって首を傾げたからか、道が迷ったと勘違いされたらしい。


 「大丈夫です」と伝えると「そうかい」とお婆さんはどこかへ行ってしまった。

 その時だった。


──聞こえてるの!?遠くでも!?


 脳内に大声が聞こえて、俺の体が跳ねる。

 突然どうしたんだ?とスマホを構える。


──もしかして……私の毎朝毎夕の食事中も、入院中の時の学校でも……?


 ……あー。


 そういえば、その時ってだいたい瑞希が脳内で俺の名前を呼ぶ時だ。

 恐らく、恥ずかしいのだろう。申し訳なく感じつつも、【聞こえてた】と送る。


──えぇぇぇ!?ホントに!?……恥ずかしい〜……!!


 別に嬉しいことだしいいんだけどね……


 まあ、俺の事を恥ずかしがってくれる彼女は可愛いと思うのだけども。

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