最終話【幼馴染へ】

 〇



 男の子と女の子がまだ小さい、本当に小さい……年少さんの頃の話になります。

 男の子の家でお母さんが、男の子と女の子に絵本の読み聞かせをしていました。


『こうして、王子様と少女は幸せに暮らしましたとさ。めでたしめでたし〜』


 そう言って、男の子のお母さんは大きい絵本を<ぱたんっ>と閉じました。

 男の子と女の子は無邪気に拍手をして、お互いに顔を向き合いました。


『おもしろかったね〜!』

『そうだね』


 女の子が満面の笑みで感想を言うと、男の子も微笑んで同調します。

 すると女の子は、男の子のお母さんの方を向いて首を傾げ口を開きます。


『そのおうじさまとおんなのこって、けっこん?したの?』


 [結婚]の意味も、まだよく分かっていない女の子。そんな純粋な女の子に、男の子のお母さんは『そうなるね』と頷きます。

 女の子は『そっか〜』と男の子の方を向きました。男の子は、首を傾げます。


 よく分かってないと言っても、''これからずっといっしょにいる''と認識していた女の子は満面な笑顔になって男の子に告げます。


『しゅーくん!大人になったら、けっこんしようよ!』


 本当に、無邪気な提案でした。しかし、これが女の子の本心なのは間違いありません。

 [結婚]の意味を女の子と同じように解釈していた男の子は、『うん』と頷きます。


『やくそくね!』



 ●



 車で家に帰った後の、もう空は茜色が侵食しもはや紺色に染まり始めている時。

 公園について、もう11年程も前のことを俺、立花愁たちばなしゅうは思い出していた。


 幼馴染なら、していてもおかしくはない[結婚]という約束。

 その意味は、今や昔と違ってしっかりと理解している。

 

 本来、対して意味もわかっていなかった幼少期のそんな約束なんて……十数年も経てば、ほぼ無効となっているものだろう。


 だけど俺は、今やその約束を果たしたいという気持ちがとても大きくなってきている。

 幼馴染である、須藤瑞希すどうみずきと親しくなってからした約束のことを……


「涼しいね」


 その瑞希がこんな少し広い公園で少し歩くと、風で靡く髪を抑えながらそう呟いた。

 白いワンピースに、水色のカーディガンを羽織っている瑞希のそんな姿は様になっており、美しくて可愛いと感じさせられる。


──……神妙な顔だったけど、どうしてしゅーくんは散歩に誘ってきたんだろう?


「……ああ、そうだな」


 俺の意図が掴めず、内心で首を傾げているであろう瑞希に俺は相槌をうった。


 ……そして、沈黙の時間。


 長いか短いのか、分からない……二人で、ただ公園の中を歩く沈黙の時間。

 周りに人は居らず、ただ少し強い風で揺れる木の音と、足音だけが鼓膜を刺激してくる。


 そんな時間が暫く続いて。……俺は、遂に口を開き沈黙を破った。


「……瑞希」

「うん?」

「これから、二つ。大事な話があるんだ」


 その二つは、勿論。俺の気持ちと……未だに原因はわかっていない、この能力のこと。


 俺の雰囲気に気圧されてか、瑞希は表情を固くしてこくん、と頷いた。


──なんだろう……怖いな……


「……まず、一つ目」

「う、うん……」


 その前置きをして、俺は軽く深呼吸をした。覚悟は出来ていても、やはり緊張する。

 胸に手を置いて息を吐くと、俺は改めて瑞希に向き直り……口を、開く。


「俺は、瑞希の事が……好きだ」

「………え?」


 突然の行為の言葉に、唇を引き結んでいた瑞希が……ぽかんとした顔になった。


──好き……好き?


 脳内で俺の言葉が反芻される。

 瑞希の顔はまだ、気が抜けていた……理解がまだ、追いついていないようだ。


──しゅーくんは、私の事が……好き?


 瑞希はそう考えると……再び顔を引き結び、顔を赤く染めていった。

 なり始めてから1秒もせずに、瑞希の顔は熟したトマトのように瑞々しい赤となる。


──え?え?しゅーくんが私の事……好き!?


 そんなに好意の言葉を反芻されると、こちらとしても流石に恥ずかしくなってくるな。


「……ほんとに……?」

「ああ。昔からずっと、瑞希が好きだった。無論幼馴染としてではなく、異性としてな」


 勘違いされぬよう、最後にそう付け足す。


 瑞希は、ようやく落ち着いたようで。

 顔を赤くしながらも「それで……?」と、俺に続きを促してくる。


「……そこで、二つ目」

「え?」


──二つ目……?


「……そう、二つ目」

「……え?」


 もう告げるもののことだから、俺は瑞希の心の声に返答をする。

 俺は、これまで誰にも告げなかったこの秘密を……瑞希に、明かす。


「……俺は、瑞希の心が読める」

「……え……?」


──心が……読める……?


 俺の宣言に、瑞希は信じられないような顔で俺を見てくる。

 その反応は、先程と違い意味がしっかりと理解しているものだ。


「……読めるんだよ。瑞希の心の声が」


 想像したくない未来のことを想像してしまい、俺は眉を寄せながら低い声で言った。

 瑞希は、首をふるふると横に振る。


「心が読めるって……ありえないよ……」


──そんな……非科学的な……


「瑞希はそこで科学的とか、そういうのを考えるんだな……」


 思ったのと違う瑞希の表現に、俺は少しばかり倒れそうになった。

 瑞希は俺の言い方で、これが真実だということがわかったようだ。


「ほんと……なの……?」


──じゃあ、最近やっと分かるようになった[好き]っていう気持ちも……?


「……ああ、俺には分かるよ」


 恐らく、分かったのは瑞希の母親であるしずくさんの手によるものだろう。

 ……そんなどうでもいい事で、俺は考えてしまう未来を打ち消していく。


「……気持ち悪いだろ?心が読めるって」


 しかし、やはり想像してしまう。


 ……まあ俺だったら、気味が悪いと思う。

 涙を流しそうになりながら、無理に笑ってそう言うと……瑞希は首を横に振った。


「気持ち悪くは、ないよ……」


──しゅーくんは気持ち悪くなんてない……


 本心からの瑞希の言葉に、俺はどういう意味なのかと首を傾げる。


──それでも、しゅーくんなんだし……

──心を読みたくて読んでるわけじゃないんだろうし……


「そもそも、心を読んで自分勝手な私とまた仲良くなってくれたし……」


──多分、だけど……一緒に帰ってきた時とか……それ以外にも……


「しゅーくんは、受け止めてくれた……」


 目の前から、そして脳内に響く俺を擁護する言葉に、俺は一歩後ずさる。

 どういう事なのか、わからない。


──だ、だから……!


「気持ち悪くなんて、ないよ……!」


 瑞希は胸に握り拳を当てて、前かがみになって俺に訴えかける。


 ……本当に予想外だった。

 瑞希を悪く思っているわけではもちろんないけど、普通は心を読まれるのなら……嫌悪感や恐怖を抱くものだと、俺は思っている。


 それが……瑞希は本心から、それを受け止めていることが……予想外だった。

 ……瑞希の事を、理解出来ていなかった。


 その事を脳裏でチラリと考えると、俺は自嘲するようにくすっ、と笑う。

 ……それならば、と。


 瑞希の事が、もっと知りたくなってきた。

 元々、色々なことを知りたいと思っている相手だが……それが一気に増してきた。


「……ありがとう」

「う、うん……」


──……でも、心を読まれるってなんだか恥ずかしいなあ……


「……すまん」

「え?あ!いや、そうじゃなくて!あの……」


──最近溢れ出す、しゅーくんへの想いが……全部ダダ漏れなんだなあって思うと……


 そう心の中で、顔を赤くして弁明する瑞希に、俺までも顔が熱くなるのがわかった。


 たしかにこの二週間、瑞希は俺がいないところでも心の中で俺の名を出し続けていた。

 恐らく家でも。恐らく歩いてる時でも。恐らく学校でも……出し続けていた。


 ……何故か、恐らく告白を断る際にも。


 ……それが俺への想いなのかは深く考え無いでおくけど、確かに言う通りだ。

 ……でも、それだったら。


「その分、俺が瑞希への想いを伝えよう」

「え?」

「瑞希が俺の事を想う分、俺は瑞希に好意の気持ちを送ろう」

「ええ!?」


──どういうこと!?


 そのままの意味だった。


「……いや。寧ろ、そうさせて欲しい」


 そんな欲望までも、俺は瑞希にぶつける。


 ……自分でも、厚かましい奴だと思う。

 誰かに脅されても怯えず、酷い怪我をおっても心配されぬよう顔色を変えることもせず。

 

 そして、「好き」という言葉を伝えるのにまるで躊躇がない。


 自分でも笑えるほどに、厚かましい。


「瑞希、お願いできないか?」

「わ、わかったよ……」


 参ったように、瑞希は渋々と頷いた。


 ……じゃあ、それをする為には……


「ありがとう。……瑞希」

「……なに?」


──今の私は拗ねってますよ〜だ!


 上目遣いで睨み、早速心の中で会話を試みている瑞希に頬を緩んだ。

 しかし俺は、それを気にせずに続ける。


「さっきも言った通り、俺は瑞希のことが好きだ。俺と……付き合ってくれないか?」

「ふぇ!?」


 どうやら、瑞希は付き合うことに関してはあまり考えていなかったようで。

 赤みをひかせていた顔を再び赤く染め、そんな可愛らしい悲鳴をあげる。


「……ダメか?」


 悪戯っぽく笑って瑞希ににじり寄ると、瑞希は「うぅ……」と縮こまる。


──いきなりずるい……


 どうやらさっきよりは早くに落ち着いたようで、瑞希は赤い顔で俺を睨んでくる。

 俺はその表情に頬を緩めるばかりだった。


──……でも、答えは決まってる……!


「……私も、しゅーくんの事が大好きです。喜んでお受けします」


 その言葉を聞いた途端、俺は微笑んで更に瑞希へと近づいて。



 その赤みをおびた頬に寄っている唇を、自分の唇と重ねた。

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