第二十話【起床】
夢を見ていた。
最初は、これまでで見てきた中で一番の悪夢を見ていた気がする。
頭に激痛が走り続け、目の前に起こる幻も絶望と地獄で成り立っていたと思う。
それを、かなり長い時間……永遠とも言えるような時間、見ていた感覚があった。
だけど、左手に優しい温もりを感じ始めると、一瞬で変わった。
悪夢が消え去って、激痛は治まり……安心感が身を包んでくれた。
そして、こんな夢が始まる。
〇
女の子は男の子の手を引っ張り、小学校の校門へと走ります。
『瑞希、そんな走るなよ』
『えへへ……』
特別な事はなにもない、この毎日。
女の子はなんとなく、男の子の手を握っています。
男の子は女の子にそう言いながらも、満更でも無い様子で笑います。
その握られた手には、確かに温もりがありました。
その毎日の日常は、とても幸せで……
□
家でも、その手の温もりはあります。
手には何も触れていないのに、男の子は不思議に思いました。
隣で本を読む女の子は、そんな男の様子に気づかず。恋愛小説を読みながら、男の子に話しかけます。
『この人たち、将来もずっと一緒にいるんだろうね。それって幸せなのかな?』
なんの意図もなさそうな、平然と言う女の子を見て、男の子は考えます。
『……どうだろう。一緒にいる人によるんじゃないのか?』
これが男の子が一生懸命考えた結論です。
女の子はそれを聞いて本を閉じ、男の子に笑いかけます。
『私、しゅーくんと将来も一緒なら、絶対に幸せだと思う!』
満面の笑みでそう言う女の子に、男の子も微笑みかけます。
『俺も、そう思う』
左手に確かな温もりを感じながら、男の子は確信して力強く頷きます。
□
……左手の温もりが、突然消えた。
すると、中学生になったばかりの頃の瑞希が離れていくのが見える。
『瑞希、どこに行くんだ……?』
俺は焦った顔で瑞希にそう問いかけるけど、瑞希は何も言わず、向こう側へ歩いていく。
何も言わず……ただ、どこか知らない所へと、歩いていく。
『待ってくれ……どこに行くんだ……?』
俺は温もりが消えた左手を伸ばしたけど、それに瑞希が気づくこともなく、彼女は向こう側へ歩いていく。
足を動かそうにも、動かない。ずっと幸せな時間を過ごしていると思ったのに……
『瑞希……!?』
●
俺、
……あれ?
背中が濡れている……?柔らかいクッションのようなものに包まれている……
……それに、真っ暗に思えるけど……薄らと光が入ってきているような……
瞼を閉じているのにも気づき、俺はゆっくりとそれを開いていく。
すると、見慣れてない白の天井が見えた。
ぼやける視界の中。俺はゆっくりと体を起こし、周りを見渡した。
すると、すぐ傍にさっきどこかへ消えたはずの……大切な存在の幼馴染、瑞希が視界に映った。
瑞希はただ、俺を呆然と見ている。
「瑞希……?」
俺は瑞希を視認した瞬間、瑞希にゆっくりと両手を伸ばした。
瑞希の横を通り抜けた両腕は、瑞希の背中に回って、そのまま抱きしめる。
「!? しゅしゅしゅしゅーくん!?」
──どどどどどうしたの!?!?
瑞希の声が聞こえて、俺は安心感を覚える。体が軽くなるのを、感じる。
「はうっ……!?」
更に腕の力を強めて、瑞希特有の心地よい温もりを、直に感じる。
俺は安堵の息を強く漏らすと、目に涙が溜まるのがわかった。
瑞希の肩に顔を埋めて、離すまいと更に瑞希を強く抱きしめる。
「しゅーくん……!?」
「もう……離れないでくれ……」
「──ッ!!」
自然と口にしていた言葉を気にすることも無く、俺は涙を流す。
すると、瑞希も俺の背中に手を回してくれた。
──しゅーくん……
「大丈夫だよ……もう、離れないからね……」
背中を擦りながら耳元でそう囁かれて、俺はスッ……と体の力が抜けた。
暫く、瑞希の温もりを感じ続けた。
□
「……もう大丈夫だ。ありがとう」
数十分そのまま抱き合って、落ち着いてきた俺はそう言って手を離した。
手を離した瑞希は、慈愛の瞳で微笑みかけてきてくれた。
その微笑みは、今まで見た中で一番綺麗で……何故か心臓が高鳴ったのがわかる。
「うん、大丈夫だよ」
──ドキドキ?はしたけど……
あまり響いてこなかった心の声も無事に響いてきて、俺は改めて安堵の息を漏らす。
……ただ、『ドキドキ』ってどういうことだ……?瑞希からはあまり聞かない表現だな……
瑞希はこういう時は、確か『恥ずかしい』っていう気持ちをしていたと思うけど……
「……しゅーくん、体の調子は……?」
「……え?あ、ああ……頭痛はもう、おさまったな」
「具合は……?」
「……別に悪くないよ。元気だ」
そう言って微笑みかけると、瑞希はなぜか顔を赤くして顔を逸らした。
──笑顔がかっこよくて、直に見れないよお……
………?
前も笑顔を見られて似たような事はあったけど、少し反応が違うような……?
どうしたんだろうか……?
「だ、大丈夫なんだね……よかった……」
でも、顔を逸らしつつもほっとしてくれている瑞希を見て自然と頬が緩み、目の前の瑞希に意識が移った。
……しかし、視界の端に、少し離れたところからこちらを見て何やらニヤニヤもしている母さんと
先程の俺と瑞希の行動を思い出して、どういう意味がわかった俺は顔を引き攣らせる。
「いや~……二人とも熱いハグでしたね〜」
「そうですね~うふふ」
……瑞希とハグをしていたという、気恥ずかしくて目を背けていた事実を認識させられ、顔が熱くなってしまう。
「まあでも、本当に良かったわ……本当に……心配したんだから……」
「母さん……」
母さんは涙目になりながらも、俺に微笑んできてくれた。
さっきの発言はあれど、本当に心配してくれたのが分かり、胸がジーン……となった。
「……ごめん、母さん」
「もう何ともないなら、大丈夫よ……」
その返答に俺が強く頷くと、母さんも頷き返してくれた。
「本当に良かったですね、愁くん」
「雫さん……ありがとうございます。ご心配おかけしてすみませんでした」
「いえ、大丈夫ならばなによりです」
雫さんが頷くと、病室の入口がノックされ、「失礼します」と看護師の女性が入ってきた。
「……! 立花さん、起きたんですね」
「はい」
「良かったです……でしたら、今から診断したいのですが、歩けますか?」
俺はベッドから降りようと、足に力を入れる。
「大丈夫?」
──まだ起きたばっかりなのに……
すると、どうやら膝立ちだった瑞希が立ち上がって手を差し出してきたので、「ありがとう」と感謝し、その手を取った。
「…………〜〜〜ッ!?」
──自然にやったけど、しゅーくんの手を握っちゃった!?凄く……ドキドキ、する… …
………?
なんだか反応が過剰な気がするんだけど……
顔を赤くして目を見開いてる瑞希に首を傾げるけど、とりあえず診断が先なので、彼女の手を支えに足を掛け布団からだした。
体勢を調整し、腰に力を入れる。
思ったよりすんなりと立ち上がることが出来て、歩けるか試すため軽く足踏みをする。
……これなら、大丈夫そうだな。
「歩けそうです」
「良かったです。では、行きましょうか。お母様も、一緒にお願い致します」
「分かりました」
部屋の端にいた母さんが頷き、俺に肩を貸してくれ、一緒に病室の外に行く看護師の女性に続く。
「……はっ!?」
──あれ?なんだっけ……?……あ、起きたから診断なんだっけ。……しゅーくん、無事だといいんだけど…
脳内に響く我に返った瑞希の声に、俺も共感し、自分の無事を祈った。
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