第十一話【父親たち】

 エプロンをつけて、俺、立花愁たちばなしゅうはキッチンにたつ。二階から須藤瑞希すどうみずきが降りてきたのを確認して、口を開いた。


「瑞希、リクエストはあるか?」

「俺ステーキがいい!」

「父さんに聞いてない。客優先に決まっているだろう」

「そんなあ……」


──立場が逆転してる……?


 瑞希に聞いたはずなのに、なんで父さんが答えたんだ。というか、昼にステーキは些か重すぎないだろうか?


「それよりも父さん。靴は揃えたか?手洗いとうがいはしたか?ジャケットはハンガーにかけたか?」

「全部バッチリだ!」


──お母さん……?


 瑞希、父さんがずぼらでいつもやらないだけで、俺は悪くないんだ。信じてくれ。

 というか、なんとなくだけどお母さんと言われるのは嫌すぎる…


「で、瑞希。リクエストはあるか?」

「俺照り焼──」

「だから、父さんに聞いてないって言っているだろう……」


──椿翔つばさおじさん……?


 ついに瑞希にまで引かれているじゃないか……可哀想に。だけど、ボケる父さんが悪いんだからな。


「瑞希、あるか?」


 もう面倒臭いので、省略して名前だけにしてしまった。


「んー……オムライス?」


 答えが出ると同時に脳内にも響くため、こういう時はあまり便利ではないな。

 まあ、原因不明で突然やってきたものに、便利も何も無いとは思うけど。


 「わかった」と了承して、俺は冷蔵庫を開ける。


「瑞希くん……先程のはどういうのか説明して貰っていいかい?君たちは付き合ってるのか?」

「ふぇ!?つつつつ、付き合ってないですよ!?」


──さっきの……うぅ〜……


 ……それはどっちで悶えているんだ?


「……はあ、誤解だって言っただろう。なんで初っ端からそんなことを訊くんだ」

「だって父さん……怖くて……」


 だから父さんは何にそんな必死になっているんだよ。


 それに瑞希と父さんの想像するようなことをしていたら、かなめさんに殺されてしまう……

 要さんとは、瑞希のお父さんのことだ。優しい人なんだけど……怒ったら絶対に怖い。


「べ、別に昔のことを思い出してやっただけですよ……昔はあの体勢で一緒に本を読んでて……」

「愁?」


 小学生の頃なんだから、そんな距離感でもおかしくないと思う。

 それが分かっているはずなのに、何で父さんはそんな信じられないような顔をしてくるんだろうか……


「……もう父さんはスルーでいいぞ」

「うん。わかった」

「え……」


 捨てられた子犬……いや大型犬みたいな顔で悲しまれても、俺たちにダメージはない。


──おじさん……


 ……瑞希が優しくてよかったな、父さん。


「……そういえば、瑞希ちゃんが家に来るのなんて久しぶりじゃないか」


 俺の言葉を無視し、瑞希の呼び方を戻して微笑みながら言った父さん。


 たしかに、昨日母さんには言ったけれど、父さんには言ってなかったな……

 父息子同士、スケジュールをもう少し共有しておくようにしよう。


「しゅーくんの家に来たかったんです。四年間、来ていなかったので」


 昔はタメ口だったのに、敬語でそう言う瑞希。年の流れを感じ、懐かしさが生まれる。


「なるほどな。そういう事ならもちろん歓迎する。ゆっくりしてくれよ」

「ありがとうございます」


──この微笑み、やっぱり親子だなあ……


 ……俺のことなのか?似ているのだろうか……


 父さんの微笑みは、出す状況もありそうだがいつも安心感を与えてくれる。

 いつも少しアホらしいことを言いながらも、褒めてくれる時、慰めてくれる時などにでてくる微笑みを実は俺も好きだ。


 それが、俺に似ている……ね。

 わざわざ鏡で見た事はないけど……さすがに父さんほどの安心感は与えないだろう。


 瑞希に訊けるわけもなくそう自己解決して、俺は料理に集中した。



 □



「ごちそうさん!」

「ご馳走様でした」


──美味しかった〜


「お粗末さま」


 三人でオムライスを平らげ、俺はキッチンに戻って皿を洗い始める。

 その時、インターホンがなった。


「ごめん父さん。代わりに行ってくれないか」

「多分だが俺の客だしいいぞ」


 そう言って、父さんはリビングを出た。


 というわけで、俺はキッチンに居るとはいえ瑞希と二人きりになった。先程の父さんの発言のせいで、何か気まずい。


──気まずい……


 それは瑞希も同じく感じていたようで、何を話せばいいかわからなくなった。


「お、お客さんって誰なんだろうね……」


 と思っていたけど、瑞希が話題を切り出す。


「さあ……父さんのってことは、宅配便か?」

「何買ったんだろうね〜……」


 「あはは……」と瑞希が未だに気まずそうにしていて、それがおかしくて吹いてしまった。


「な、何?」

「いや、瑞希がずっと気まずそうにしてるのがなんかおかしくてさ、ふふ……」

「なんで!?」


 「もー!」と抗議してくるが、少し離れているため何もできない瑞希。それもまた微笑ましい。


 そんなことを思っていたら、父さんがリビングに戻ってきた。

 声をかけようとしたら、父さんの後ろから誰かついてきてることに気がつく。


「やあ、瑞希」

「え、お父さん!?」


 先程思い出していた要さんだった。瑞希を視認し、微笑みかけている。


「なんでお父さんが!?」

「休みの日はたまに椿翔の家に来ているんだよ。知らなかったっけ?」


 瑞希が首を勢いよく横に振った。


 まあ、要さんが来始めたのは二年前と最近で、その頃には俺は瑞希と疎遠になっていた。

 それにそもそもとして、瑞希は今年初めくらいまで反抗期で要さんを嫌っていたらしいし……知らなくても仕方はない。


 しかし……相変わらず要さん大きいな。

 本人に身長の話をすると不機嫌にはなってしまうけど、男性の平均身長である父さんが少し小さく見えるくらいだ。


 本人に昔聞いたところ190は超えているらしい。見たことは無いけど、さっき言った通り怒ったら確実に怖いだろう。


「愁くんも、こんにちは」

「こんにちは。今日も飲み会ですか?」

「え?」


──お父さんってお酒飲んでるの?大丈夫?


「えっと……愁くん、僕たちって一回も飲み会したことないよね……?」


 瑞希が心配そうに要さんを見ていたけど、ほっと胸を撫で下ろしていた。

 ちなみに、心配そうにしてた理由は要さんがかなり……いや、絶望的に酒に弱いからである。一杯で泥酔するレベル……?くらい。


「冗談はさておき、今日もゲームですか?」

「まあ、そうだね」

「お父さんゲームやるんだ……」


──意外すぎる……


 瑞希の家ではやっていないんだろうか。うちに来ては毎度父さんとしているのに……


「あ、愁くん。一応僕は椿翔に合わせているだけで、家ではしてないよ。」

「父さん?」


 趣味じゃない人に無理やりやらせんなよ……立場的に要さんの方が上だろう……


「ああいや、愁くん。僕も楽しいから、別にいいんだよ。」

「それならいいんですけど……」

「なんか段々と愁がオカンに見えてきたぞ」


 いや、誰のせいだよ。


──ゲームかあ……やったことないなあ……


「……まあ、瑞希もいるなら丁度四人だし……やるかい?」


 相変わらず要さんは人の顔をよく見ている。それで仕事で利益を沢山得ているのだから、尊敬する。


 それで、言い当てられた瑞希はというと…ふむ、顔が輝いているな。


「いいの?」


──やりたい!


「僕はいいよ。そもそも、ここは椿翔の家だけどね……」

「もちろんいいですよ!瑞希ちゃん、一緒にやろうか!」


 父さんはフレンドリーな性格なため、もちろん乗り気だった。

 早速父さんは立ち上がって、ゲームの用意をしはじめる。


「……あれ?俺の意見は?」

「え?しゅーくんやらないの!?」

「いや、もちろんやるだろう?」

「──!……まあ、やりますけどね」


──よかった〜……


 本当に、要さんは人のことをよく見ているし、人のことをよく理解していると思う。

 口パクで『瑞希がやるなら』と図星を言ってきた時には、思わず苦笑してしまったものだ。


 そんなことを思いながら、俺は皿を洗い続けた。

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