第一章 覇者の列席と世界の渦 3 列席の眼と聖女の歌

『満月の人魚亭』での休息を切り上げ、俺たちは飛行戦艦に乗り込んで『世界の渦』を目指した。

「……カルウェン、貴女に聞くのも少し酷ですけれど。この方向で間違いはなくて?」

「はい……しかし、何か……」

「隠密結界を張っているとはいえ、無防備に見えるな。『列席』のメンバーは、常に本拠地にいるわけじゃないのか」

「『世界の渦』に、『列席の眼』以外誰もいないということは無いはずです。しかし……」

「――ディック殿、あれがおそらく『世界の渦』の地上部分です。島の上部に、遺跡の入り口のようなものが見えています」

 グラスゴールが幻燈晶に投影した光景は――遺跡の入り口近くに倒れている数名の男女。焼け焦げたような痕跡と、石床が砕けたような跡がある。

「……スオウとミカド。俺たちより先に戻ってきて、ここで交戦した……いや……」

 俺とグラスゴール、そしてカルウェンは、同時にその推論に辿り着いた。

「襲撃……だとしたら……」

「……『異空の神』が動き始めている。『列席』に敵対する者は、他にいますか?」

「『世界の渦』に到達できるような者は、そうはいないでしょう。竜の翼でもなければ……」

 竜の翼――その言葉から連想したのは、因縁深い相手。かつて浮遊島ベルサリスを地に堕とした、クヴァリスの竜翼兵。

(だが、奴はSSランク程度の強さで、列席の下位でも負けるとは思えない……一体何が起きてる? いや……一体、『列席』は何をした?)

 それを確かめるためにも『列席の眼』に接触しなければならない。これは久しぶりの潜入作戦というやつだ。

「グラスゴール、シャロン、カルウェン。超長距離射撃のできるコーディと、空中戦闘ができるミラルカと連携して、飛行戦艦に接近する敵が現れた場合に対応してくれ」

「かしこまりました、ディック殿。ご武運をお祈りします」

「行ってらっしゃいませ、ご主人様」

「……お気をつけて」

 カルウェンはシャロンの支配下に置かれているから、無理やり言わされている――というわけでもないようだ。この状況において『世界の渦』に向かう俺を、多少は案じてくれているということか。

 制御室を出て、転移陣で甲板に上がる。ミラルカとコーディも含めて魔王討伐隊の全員と師匠、そしてヴェルレーヌとスフィアが待っていた。

「慌ただしくて仕方ないわね。けれど、全て終わるまでは休んでも……」

 休んでもいられない、そう言う前に、俺は回復魔法を発動する。仲間たち全員の身体がほのかな光に包まれる――ミラルカはそれを見て苦笑する。

「あなたも魔力を温存したほうがいいと思うのだけど。長丁場になりそうなんでしょう?」

「問題ない。回復魔法っていうのは、自分の力を分け与えるだけのものじゃないからな」

「強い人ほど、回復力を活性化できる回数も多い……昔そうやって教えたよね、ディー君」

 師匠は嬉しそうに微笑む。今日は髪型を変えているが、それはスフィアとお揃いにしたからのようだ――二つ結びのおさげで、動きやすさを重視している。

「お父さん、私もついていっていい?」

「ああ、一緒に行こう。ミラルカ、コーディ。飛行戦艦の守りを頼みたい」

「ええ、任せておきなさい。後顧の憂いなく、思い切り暴れてくるといいわ」

「アイリーン、ディックのことを頼むよ。今のディックに近接戦闘でついていけるのは君だけだからね」

「うん、任せといて。気を抜くとスフィアちゃんとリムセさんに遅れを取りそうだけど、そうならないように陰ながら努力してるから!」

 アイリーンは半分本気で半分冗談と言った調子だが、その明るさがいつものように俺たちの緊張を解(ほぐ)してくれる。

「さて……行くとするか。あまり悠長にしている時間もあるまい」

「ヴェルレーヌには『翼を持つ者』を召喚してもらって、ユマを連れて降りてもらう。師匠とアイリーンは黒竜で……『鎧精』の力を借りて、守りを固めておこう」

「了解。それくらいの防御が必要ってことだね、空中でも」

 作戦の伝達を終えて、俺はバニングにスフィアと共に乗り込む。師匠とアイリーンは黒竜に、ヴェルレーヌは魔王の姿に変わると、『精霊王の王笏』を振りかざして『翼を持つ者』を召喚し、ユマを抱きかかえて飛び立った。

「ふぁぁ……精霊さんの魂というのは、こんなにも大らかな波動を持っているのですね」

「ふふ……やはりユマ殿は目の付け所が違う。私からしてみれば、まだ『翼を持つ者』がどのような存在かも知らず、召喚者として力を借りているだけなのでな」

「精霊さんはヴェルレーヌさんのことを、とても温かな目で見ていらっしゃいますよ。まるで、自分の娘のように……だそうです」

「む、むう……精霊が永きを生きる存在とはいえ、そう言われると照れるものがあるな」

 ヴェルレーヌとユマの組合わせというのも珍しく、その話も俺にとっては興味深いものだったが――やはり、波乱のない道行きとはいかない。

「――ディック、何か来るっ!」

「あの姿……竜と人が一緒になった、クヴァリスの……!」

 アイリーンと師匠が警告する。俺は次の瞬間、バニングの上から飛び――スフィアも俺に続いて、俺と手を繋いで急降下していく。

「――ゴァァァァァッ!!!」

『世界の渦』――『覇者の列席』の本拠地への入り口から、一体の竜翼兵が飛び立ち、こちらに猛然と向かってくる。

 全身が黒い魔力に覆われたその姿――明らかに、前に交戦した個体とは違う。

 だが、俺たちも前と同じというわけではない。『覇者の列席』、そしてもう一つの世界での戦いを通して、確実に進化している。

「行くぞ、スフィア!」

「はい、お父さんっ!」

 ――零式・二重殺(ツイン)・十字交差(ブレイドクロス)――

 無銘の剣にミラルカの『零式』から学んだ破壊の力をまとわせると、スフィアはそれを寸分たがわぬ精度で再現してみせる。

 二つの剣閃が竜翼兵の身体を走り抜ける――この連携ならば、一撃で倒せる。

「しかし……やはり、一体というわけにはいかぬな……!」

 一体を落としたあと、もう二体が姿を現す。

 しかし次の瞬間、飛行戦艦から放たれた光線――一体はコーディの光剣による射撃で撃ち抜かれ、もう一体はミラルカによって高速展開された立体魔法陣に捉えられて爆砕する。

「なんと……こうまで洗練されているか。魔王討伐隊……もはやその呼び名では足りぬな……っ!」

「ヴェルレーヌさん、まだ悪しき魂が……っ!」

 もう一体の竜翼兵が、俺とスフィアに接近せずに大きく迂回する――だがそこに、師匠の黒竜が回り込んでいた。

「ディー君、ヴェルちゃん、ここは私たちに任せて!」

「通さないよ……っ! 『羅刹残月蹴』っ!」

 黒竜から飛び立ったアイリーンは、流星のごとき速度で竜翼兵に蹴りを叩き込む。『世界の渦』の入り口周辺の海面に竜翼兵は叩き落とされる。

「はぁぁぁっ……『修羅鬼神烈弾』……っ!」

 アイリーンはさらに追い打ちとして鬼神の力を練り上げ、赤い気弾に変えて浮上してきた竜翼兵に叩き込んだ。

「これで一体、終わり……っ!」

「アイリーンちゃん、まだ来るっ……!」

「まだ全然いける……あたし、強くなれてる。敵も硬いけど、全然関係ない……っ!」

「アイリーン、師匠、頼む! バニング、俺たちが戻るまで後方で待機してくれ!」

「――グォォォォッ!」

 俺とスフィア、そしてヴェルレーヌとユマは『世界の渦』の入り口に着地し、そのまま遺跡のような内部へと駆け込む。

「ユマお母さん、私と一緒なら早く行けるよ」

「あっ……ス、スフィアさん……ああ、何ということでしょう、娘と一体化してしまうなんて」

 人工精霊のスフィアが宿ることで、ユマもスフィアと同じ身体能力を持てるようになる。俺の強化魔法を付与してさらに速度を高め、俺たちは遺跡の深部目指して、長大な通路を走り抜けていった。

       ◆◇◆


 アルベイン王国内も含め、世界の各地に点在する遺跡。その全てが『遺された民』に関係するものではないが、この場所は明らかにそれと分かるものだった。

 何人か『列席』のメンバーらしい人物が倒れていたので、最低限の治療を施してここまで来た。幸いと言っては何だが、重傷でも命を落とした者はおらず、歩けるようになった者はまだ動けない仲間を外に脱出させてくれた。

『あの化け物が突然、無数に飛来して……一体なら勝てるが、あの数じゃ……』

『列席の下位者は一層での防衛に当たったこの全員です。スオウ殿とミカド殿は帰投してすぐ、深部へと潜って……』

 自らを末端と言うカルウェンがSSSランクなのだから、『列席』を構成するメンバーは全員がSSSランクを超えている。それでもSSランク上位まで強化された竜翼兵複数を相手にすれば、押されるのも無理はない。

「――ご主人様、来るぞっ!」

「「――ゴォォォァァァッ!」」

 通路の終端、見上げた先の天井に張り付いていた竜翼兵が俺に向けて殺到する。

「っ……!」

 ――零式・修羅残影剣・転移瞬烈――

 生み出した残影を限界を超えて加速させ、二体の竜翼兵に向けて同時に斬撃を放つ。ミラルカの『零式』を組み合わせることで、通常では両断できない竜翼兵の装甲を貫通する。

「お父さん……凄い……」

「全く……震えがくるほどの太刀筋だな。どこまで強くなるのだ、ご主人様は」

「俺の剣自体は大して変わってないが、ミラルカの魔法を組み込んで強化に使えるようになったからな。凄いのはミラルカだよ」

 俺は剣を鞘に納める。前に戦ったときは数で押されていたが、ユマの『聖歌』で敵の戦意を低下させ、スフィアとヴェルレーヌと連携すれば、苦戦することは無かった。

「これ、床に描いてあるのは……お父さん、転移陣かな?」

「ああ、そうだな。これを使ってさらに奥まで竜翼兵が侵入してるとすると……」

 会話の途中でズシン、下から突き上げるような振動が響く。下層でも戦闘が行われている――しかし、転移陣を起動させようとすると封印がかけられている。

「お父さん、私に任せて。この転移陣も、下のほうまで霊脈でつながってるはずだから」

「霊脈に潜り込んで、封印を解除できるっていうことか。分かった、無理はするなよ」

「うんっ……!」

 スフィアの身体が光り輝き、霊体化して魔法陣に吸い込まれていく。

 俺とヴェルレ―ヌ、そしてユマが祈りながら見守る中で――いくらもかからずに、魔法陣から光の粒子が飛び出し、再びスフィアが実体化した。

「うまく行ったみたい。お父さん、これで一番下まで行けるよ。さっき揺れてたのはそこからだと思う」

「良くやった、スフィア。みんな、陣の中に入ってくれ……下層に入ったら、ヴェルレーヌとスフィアはユマの護衛を頼む」

「うむ、了解した」

「了解しました、お父さん!」

「お二人とも、ありがとうございます。ディックさん、これから行く先には多くの魂の波動が渦巻いています……戦うべき相手が誰なのかを、冷静に見極めましょう」

 ユマの忠告を聞き、俺は考える――スオウとミカドが敵に回ることはない。どれだけ状況が変化しても、彼らが簡単に意見を変えることは考えにくい。

『世界の渦』に入り込んでいる襲撃者。そして、スオウとミカドに対して指示を出していた『列席の眼』が、侵入してきた俺たちをどう見るか。

「……お父さん、この中にいる人が奥に入ってきてほしくないのなら、完全に転移陣を動かないようにすることもできたと思う」

「そうか……ありがとう、スフィア。その意見は参考になる」

「『列席』の目的が異空の神を退けることならば、私たちもその点においては同じなのでな。例え神と呼ばれる存在でも、私たちの世界を好きにさせるわけにはいかぬ」

「ああ。全く、大きすぎる話になったもんだが……別の世界に飛んだあたりで、もう腹は据わってる」

 俺は転移陣に手をかざし、起動する――先程まで封印されて中層までしか飛べなかったが、さらに深部まで飛ぶことができる。

 陣を起動すると、外側の光景が変化する。俺たちが飛ばされたのは、広大なドーム上の空間の入口だった。

「――ぐぁっ!」

「くっ……!」

 吹き飛ばされてきたのはスオウとミカド――俺は瞬時に反応し、彼らの周囲に防壁を展開する。それでも二人が叩きつけられた石壁が大きく陥没し、石片が飛び散った。

 スオウとミカドは辛うじて意識を保っている。彼らの視線の先――宙空に浮かんでいるのは、金属の球体の中で椅子のようなものに座っている、一人の少女。

 空中に二つの、巨人のごとき大きさの腕が浮かんでいる。一方は氷、一方は土の属性を纏っている――スオウとミカド、二人の魔力に相反する属性で、同時に二人を圧倒したということだ。

「……ディック……来るのが早すぎだ。内輪の問題は、あんたが来る前に解決しておきたかったんだがな……」

「スオウ……今は虚勢を張るときではないよ。さっきの一撃で、ごっそりと魔力を持っていかれた……この状態でもう一度受ければ、さすがに逝ってしまうよ」

 ミカドは冗談めかせていうが、確かに極度に魔力が低下している――俺の魔力を最低限分け与えると、弱まっていた脈が復活し、魔力の循環が戻る。

「っ……はぁ……これがディック……いや、ディック様の魔力か。これを日常的に供与されているディック様の仲間たちは、さぞ満ち足りた日々を送っているんだろう」

「おまえこそ冗談言ってる場合じゃねえぞ……かはっ……あぁ、死ぬかと思った。久しぶりに殺されかかった相手が、まさかあいつとはな……」

 俺は剣を構え、宙に浮かんだ金属の殻――その中にいる少女を見る。

「……私はマキナ。あなたたちを『第二世界』に送り込んだ者」

「普通なら無事じゃ済まないところだ。だが……俺たちの力を見込んでということなら、あの時あの場所に送り込んでもらったことには、むしろ感謝してる」

 俺たちが行くことで、もう一つの世界の知人たちも守ることができた。ディノアは日常に戻り、仲間たちと暮らしているだろう。

 しかし『異空の神』の本体が存在する限り、いつもう一つの世界――マキナが言う『第二世界』に、滅びの危機が訪れてもおかしくはない。

「ディック・シルバー……あなたは、この世界にとって二つとない存在」

「……俺の存在が『第二世界』で『ディノア』として在ることを言ってるのか?」

「そう……通常は、並列世界でもあれほど差異のある姿にはならない。あなたはそれぞれの世界で別の姿として存在して、それでも世界に大きく影響を与える。王にもならず、玉座も求めず、支配をせず。けれど世界を守り、人々に安寧をもたらそうとする」

 俺のことを少女――マキナがどれくらい知っているのか。全て見通されているようで、そのまま受け入れるのも驕りが過ぎると思える。

「俺は自分のしたいようにしてるだけだ。誰かに言われて犠牲を強いられるようなことは御免だが、今は自分の意志でここにいる」

「……『異空の神』を倒さなければ、いつ世界が終わってもおかしくない。『覇者の列席』はそれを防ぐために作られた組織。けれど、もう役目は終わってしまった」

「終わった……? どういうことだ」

 スオウとミカドは立ち上がり、その目には戦意が戻っている――だが、すぐにマキナに攻撃を仕掛けることはしない。

「……『盟主』が乱心した。列席の第一位、カインの身体を乗っ取り……その上で、この『世界の渦』にある何かを手に入れるために、魔物を送り込んできた」

「あれは浮遊島クヴァリスの作った兵器であったはず……そのクヴァリスは『異空の神』に干渉を受け、人間に害を成そうとした。そのクヴァリスに侵入したカインが、クヴァリスの兵器を支配下に置いている……それは、一つのことを意味する」

 スオウとミカドの言葉を総合すると――『覇者の列席』を率いる盟主、そして列席の第一位が敵に回ったということになる。

「……マキナ。盟主とそのカインという男は、どんな状態にあるのか分かるか」

「盟主様は……クヴァリスの力の源、『擬神核』の力を得て、『異空の神』のいる場所に至る道を開こうとした。けれど『擬神核』には罠が仕掛けられていた。その力を取り込むと、『異空の神』に支配されるというもの」

「『擬神核』……それが残ってる以上は、早く手を打つべきだったな。あの時は、撃退するだけでやっとだった」

 スフィアを見やる――彼女を失った、その絶望を一度味わわなければ、クヴァリスを撃退することはできなかった。

 それでもスフィアは悲壮さを感じさせることなくそこにいて、微笑んでいる。俺は二度と彼女を見失わない、そう誓っている。

「しかし、罠があるというのは推測できなかったのか? ここまで慎重に『異空の神』と戦う方法を模索していたはずの盟主が……」

「――盟主様を侮辱する者は許さない」

 問答無用――空中に浮かんでいた巨人の腕が、音を越える速さで俺に向けて放たれる。

 超加速による擬似転移で回避すると、巨人の拳が床に接触する前に威力を相殺して止まる――無差別に爆砕するほど、冷静さを失ってはいないようだ。

「……『異空の神』を倒すための力。それを手に入れることを急いだんだな」

「あなたたちが浮遊島クヴァリスの軌道を変えたときから、盟主は列席の一位と二位に命じ、クヴァリスへの侵入を試みていた。それが可能になったのは、カルウェンがもたらした技術により、時空間転移が可能になったため」

「別の世界に攻撃を逃がす防御方法……確かに、あれの原理を解析できれば世界間転移が可能になりそうだな」

「しかしそのような魔法、原理が理解できてもなかなか試せるものではないぞ……時空間転移を行ったとき、肉体と精神を維持できるのかなど、問題は幾らでもある」

 ヴェルレーヌの言う通り、自分で試すとしたらよほどの理由がなければやらないだろう――時空間転移、それは明らかに、俺が知る魔法の範囲を越える領域に足を踏み込んでいる。

「……結果論だが、時空間転移は俺たちを対象にして成功した。そういうことだな」

 金属の殻の中で、少女が頷く。その頭に被っている魔道具のようなもので、口元のみしか見えていない。 

「そして、列席には時空間転移を発動できる者が、私以外にもいる。列席の二位、アストルテ。現時点で観測される、世界の頂点に立つ魔法使いの一人」

「……俺も、間違いなく頂点にいる魔法使いを一人知ってる」

「そう……もうひとりは、ミラルカ・イーリス。カルウェンの干渉によって、今はアストルテも凌駕する存在となった」

「それだけ俺たちの力を認めてるのなら……いや。今まで別の思惑で動いてた者同士が、簡単に共闘できるわけもないか」

 マキナは答えない。巨人の腕が動く気配もない。

 しかし、このままでは彼女と戦わなければならなくなる。肌にひりつくような感覚で、それがわかる。

「……なぜ、スオウとミカドを攻撃した?」

「私は盟主様に従うのみ。盟主様は、自らの手で『異空の神』を滅ぼそうとしている」

「その盟主様という方は『異空の神』に操られてしまっているのではないのですか……?」

 ユマの問いかけに、マキナは答えない――いや、違う。

 答えられない、俺にはそう見えた。マキナが見せた感情の揺らぎ、それは盟主に対する思慕の情と、盟主が敵に回った事実を認められないという葛藤によるものか。

「……私は『魔神具』の力を使い、異空の神と共に消滅する」

「っ……!」

「おいおいおいっ……聞いてねえぞ、そんなもんがあるってことも、あんたがそんな役割だなんてことも……っ、うぉぉっ!」

 立ち上がったスオウに、巨人の拳が打ち込まれる――その間に割って入ったのは、ヴェルレーヌの召喚した『薙ぎ払う者』だった。

「くっ……何という……!」

 ヴェルレーヌの召喚に応じ、虚空から姿を現した守護者の腕は、巨人の腕の攻撃をわずかにそらし、命中を免れる。

「最後は盟主様と、私によって全てを終えるつもりだった。私はあなたたちが思うより、永い時を生きている……この命は盟主様の目的を果たすためにある」

「……その『魔神具』で『異空の神』を必ず倒せるのか? そんなのは賭けにもならない、ただの自殺だ……っ!」

「お父さん……っ、そうです、マキナさん! 誰かのために、自分が死んじゃってもいいっていのは、絶対しちゃいけない我がままです……っ!」

「――私と盟主様の、何がわかる」

 巨人の腕が転移する――次の瞬間、俺に向けて二つの拳が襲い来る。

 巨大質量と硬度、そして速度による純粋な破壊力。それに対抗する手段は一つ、同等の破壊的な力。

「――お父さんっ!」

「ご主人様っ……!」

 ――零式・魔力剣(スピリツトブレード)・終極強化(エンドライズ)――

 無銘の剣を限界まで強化し、そして俺の残影に託して放つ――零式の刃。

 ――修羅残影・転移瞬烈――

「――おぉぉぉぉっ!」

 拳と斬撃がぶつかり合い、相殺し――爆発的に縮合した力が、限界を迎えて弾ける。

「ユマ、マキナと戦うのは本意じゃない! 彼女には迷いがある!」

 ヴェルレーヌの召喚した『翼を持つ者』の翼に包まれ、守られていたユマは――翼が開いたとき、すでに祈りを始めていた。

「アルベインの神よ……迷える魂のもとに、救いの御手を……!」

 ユマが聖歌を歌い始める――音を遮断しても回避することのできない、『魂の波動』が作り出す音色。

「っ……あ……あぁ……っ!」

 マキナが苦しみの声を上げる。しかしユマの歌は、そんな彼女を包み込むように、広い空間を満たして響き続けた。

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