第76話:バージルの課題と思わぬ提案
ハルクさんの指摘は、確かに今のバージルの姿が物語っていた。
「体力を付けろ。まずはそれからじゃな」
「体力……ですか?」
「そうじゃ。一回の鍛冶に全てを捧げるのは良い事じゃが、最後まで体力が持たないのであれば意味がないのう」
肩で息をしているバージルを見たハルクさんの指摘にバージルは表情を暗くして小さく頷く。
「少しずつで構わん。お主はまだ若いじゃろう?」
「……35歳です」
「……若く見えると言うのも、意外と悪い方向に行くものじゃのう」
「酷いですよ! 師匠!」
涙目で助けて欲しいと懇願する姿に苦笑を浮かべてしまったが、バージルからすると死活問題にもなりかねないので仕方がないだろう。
そして、ハルクさんはその答えを持っているように見える。特段焦ってもいないようだからな。
「まあ、35歳でも伸びしろがあれば問題はない。それに……」
「それに、なんですか?」
「……鍛冶の腕は、悪くないからのう
「……え?」
「ま、まあ! そこら辺にいる鍛冶師に比べたらじゃ! まだまだなのに変わりはないからの!」
「……ふふ……ふ、ふふふ……ありがとうございます! 師匠! 私は頑張りますよ!」
うん、ものすごく単純だな、バージル。
とはいえ、やる気を出してくれたのは嬉しい限りだ。確実にバージルの腕は上がるだろうし、これからの鍛冶も楽しみになってきた。
だが、そうなると一つだけ問題が生じてしまう。
「なあ、バージル。ウラナワ村から出るって事になるのか?」
「え? ……あ……ああああぁぁっ!?」
「忘れてたのかよ」
ハルクさんに弟子入りするという事は、シュティナーザに移住するという事だ。
一人前になったら戻ってくると思うが、バージルが抜ける時期のウラナワ村は鍛冶方面で大変になりそうだな。
「なんじゃ。ウラナワ村には小娘以外に鍛冶師がいないのか?」
「そ、そうです。田舎の村ですし、森に面していますから」
「森じゃと? ……あぁ、なるほど。あの村かぁ」
ウラナワ村の事を知っていたように話すハルクさんは、腕を組んで何やら考え始めると、予想外の提案を口にした。
「……であれば、儂が移住してやろうか?」
「「「…………ええええぇぇっ!?」」」
俺もそうだが、レミーやエリカも驚きの声をあげている。
ギースは何に驚いているのか分からずに瞬きを繰り返しており、バージルは感動のあまり声も出ない様子だ。
「で、ですが、いいんですか? ハルクさんにはこの店があるでしょう?」
「構わんよ。客なんて、こいつくらいしかおらんからな」
「その客であるあたいはどうしたらいいんだよ!」
「あん? そんなに儂の槍が使いたければ、ウラナワ村まで来たらいいだろう」
「それは! ……面倒」
「それなら諦めるんじゃな!」
ご、豪快な人だなぁ。
だが、移住となると俺たちだけの判断で決めていいものではないだろう。だからと言って貴重な鍛冶師の移住を先延ばしにするのはもったいない。
「……ヒロさんに確認した方が良さそうだな」
「まあ、勝手には決められんわな」
「すみません」
「いいんじゃよ。時間が掛かっても儂がここから動く事はないし、気にするな」
「絶対に説得します! 私の将来が懸かっているんだからね!」
「儂の将来も懸かっているんじゃがのう」
先走っているバージルにハルクさんが苦笑している。……うん、良い師弟関係になりそうだ。
「……あのー、ちょっといいでしょうかー?」
そこに遠慮がちに声を掛けてきたのはエリカだった。
「ん? どうしたんだ?」
「この剣、私に合わせて作ってくれたんですよね?」
「私はそのつもりで打ってたわよ?」
「……これ、どうするんですか?」
会話の最中もずっと剣を握ったままだったエリカ。ずいぶんと手に馴染むのだろう。
「……さあ?」
「さあって!?」
「いやー、私も師匠の指示で打ったから、これをどうこうするとか考えてなかったのよ」
「ハ、ハルクさん!」
鬼気迫るような表情でハルクさんに詰め寄ったエリカからは、この剣をどうしても手に入れたいという気迫が伝わってくる。
「あん? こいつは儂ではなく小娘が打った剣じゃ。儂がどうこうできるものではないわ」
「え? でも、素材を提供してくれたのは師匠ですよね?」
「そうじゃのう……であれば、儂の移住が決定するのであれば、そっちの小娘に譲ってやるわい」
「本当ですか!」
目を輝かせたエリカは剣身を眺めながら笑みを浮かべると、直後にバージルへ向き直る。
「……バージルさん。絶対にハルクさんの移住を決めましょう!」
「もちろん! ヒロさんの説得に全力を尽くしましょう!」
ガシッと手を握り合った二人を見ている横で、レミーは頭を抱えている。ここからウラナワ村までは結構な距離があるからな。
だが、ガイウスの船が停泊したライバーナからウラナワ村は結構近い距離なので、そこまで面倒にはならないと思う。
……と言うわけで、俺は声を掛ける事なくハルクさんの移住が決まる事を願うのだった。
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