第75話:バージルの鍛冶
奥の部屋はハルクさんの鍛冶場になっていた。
鍛冶に関しては素人の俺には分からないが、興奮しているバージルを見るに素晴らしい鍛冶場なのだろう。
「おい! 興奮しているだけではなくて、ちゃんと準備をしないか!」
「はい!」
「道具は好きなものを使え! 重さも大きさも各種用意しているが、それで合わなければ諦めろ!」
「はい! 大丈夫です!」
動きが早い。ハルクさんが声を掛けた直後から準備を始め、道具に言及した時にはすでに自分に合った道具を選んでいた。
俺たちが驚いている中、ハルクさんはこれが当然と言わんばかりにあれだこれだと指示を出してあっという間に準備が完了してしまう。
「素材はこれを使え」
「これは……シルフストーンですか?」
「そうじゃ。せっかくじゃ、もう一人の小娘に剣を打ってみろ」
「……え? わ、私ですか!?」
「そうじゃろう。他に女がいるのか?」
「エリカ! あなたの剣を見せてちょうだい!」
「は、はい!」
もの凄い圧力で迫ってきたバージルにエリカは反射的に剣を差し出している。
まあ、あの圧力で来られたら俺でもすぐに差し出すだろうな。
「……女、あたいもいるんだけど?」
「レミーはハルクさんの客だからな。選択に入ってないんじゃないか?」
「いや、そういう意味じゃないだろうよ!」
ん? いったいどういう意味で言ったんだろうか?
俺が考えている間も二人のやり取りは進んでいく。
「細身の剣ですね。それに、軽い。……師匠、エリカの剣を見て見抜いていましたか?」
「はん! 一流の鍛冶師なら、パッと見ただけで剣の性質を見抜けるものだからな!」
「さすがです!」
「口ではなく手を動かせ! 目を動かせ! しっかりと観察して打ち上げろ!」
「はい! 師匠!」
……うん。なんか、この二人の性格はとても合っている気がする。
打てば響く関係というか、ハルクさんが指導をしたらバージルはすぐに成長するんじゃないだろうか。
「それでは、始めます!」
「おう!」
そうこうしている間に鍛冶は始まり、部屋の中には一気に熱を帯び始めた。
立っているだけにもかかわらず汗が噴き出し、衣服が体に張り付いてくる。
「わ、私は外に出ておきますね」
「あたいもパス」
「俺は残るよ。ギースはどうする?」
「……俺も残ります」
「そうか。じゃあ、二人は外で待っていてくれ」
エリカとレミーは汗を嫌ってか外に出る。
まあ、これが訓練とかなら仕方ないけど、観光の途中なわけだし女性としては汗だくで外を歩きたくはないか。
「……ふむ」
ん? バージルの事を見ていると思っていたが、ハルクさんがこちらを見ていた気がする。
……気のせいだろうか? 今はずっとバージルの動きに注視しているし。
部屋の中には鎚を振るいシルフストーンを打つ音が響いている。
何度も振るい、火の中に入れて再び振るう。その繰り返しでシルフストーンが成形されていき、徐々に剣の形になっていく。
今まではただ剣を手にして魔獣を切る事ばかり考えていたが、こうして出来上がっていく過程を見ていると考え方も変わるかもしれないな。
俺としては大事に使っていたつもりでも、もっとうまく使う事ができたんじゃないかと思えてならない。
「……なあ、師匠」
「どうした、ギース?」
「鍛冶って、凄いですね」
「どうしてそう思うんだ?」
「何て言うか……こんなに苦しいところで全力で鎚を振るって作るんだなって思ったんです。俺のこの剣もバージルさんに作ってもらったし、もっと大事にしないといけないなって」
「……そうか。うん、良い事だな」
この状況はギースにも良い影響を与えてくれたようだ。
最初はギースが紛れていた時はどうしようかと考えたものだが、今の姿を見ると最終的に連れて行く選択をして良かったと思う。
そんな事を考えている間にも鍛冶は進んでいき、バージルが大きく息を吐きながら渾身の一振りを振り下ろした。
――カアアアアァァン。
最後の一振りだったのか、バージルは素早く成形したシルフストーンを水で満たされた長い入れ物に突っ込み、ボコボコと水が沸騰して水蒸気を上げている。
その様子を目を逸らすことなく見つめているバージルの横顔は職人の顔であり、ブルーレイズを打ってくれたのがバージルで良かったと思えた。
「……終わりました、師匠」
「おう。おい、そこのでかいの」
「エリカを連れてきます」
「ん? 分かってるじゃねえか」
ハルクさんに声を掛けられたので俺は外に出てエリカを呼び、すぐに戻ってくる。
エリカだけではなくレミーも一緒に戻ってくると、出来上がった剣が机の上に置かれていた。
「……まあまあじゃないか?」
「ありがとう、ございます」
「今の状態が、小娘の課題を浮き彫りにしておるの」
「え? ……な、何が課題なんですか! 教えてください!」
完成した喜びよりも課題が何なのかが気になっているバージルを見て、これが職人なんだなと納得してしまうのだった。
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