第59話:エリカの実力
ウラナワ村を出発したその日の夜、俺たちは宿場町カンザスに到着した。
ありがたい事に、そこにちょうどウラナワ村に向かう予定の行商人がおり、ギレインへの伝言を頼む事ができた。
まあ、わずかばかりの心づけが必要にはなったが、それも必要経費だな。
ギースは申し訳なさそうにしていたが、そう思うなら次は絶対にやらないで欲しい。
翌日になり再び出発すると、道も十分に整備された場所に出てきた。
カンザスまでの道のりもある程度整備されていたが、それ以上である。大都市に近づけば近づくほど、馬車での移動も楽になるだろう。
正直、砂利道でガタガタと揺れる馬車の中では尻が痛くなって仕方がなかったからな。
「……ねえ、レインズ」
「あぁ。二日目にして、初めての魔獣だな」
街道に魔獣が現れる事自体が珍しい事だ。特に大都市に近づけば近づくほど、魔獣狩りが頻繁に行われるからな。
これはどの国でも変わらないだろう。
ジラギースに関してはたまたま魔獣が生まれ落ちるジストの森が近くにあったが、普通はあり得ないはずだ。
王都の近くに強力な魔獣が現れてしまえば、目も当てられないからな。
「……あれ? なら、どうしてジーラギ国ではそうじゃないんだ?」
「ねえ、レインズ。今は目の前の魔獣に集中してくれませんか?」
「ん? あぁ、すまない」
エリカの言葉に俺は現実へ引き戻された。
ジーラギ国の、ジラギースの成り立ちなんて、今の俺には関係のない事だからな。
『ブルフフフッ!』
「相手は……ビッグホーン。魔獣のランクはEランクだな」
「そっかー。Eランクかー」
「なんだ、不服か?」
「ウラナワ村ではBランクのオーガを倒してたのよ? さすがにEランクは……余裕でしょ」
人型ではなく牛型。戦い方は変わってくるが……まあ、ジーラギ国でヘビーベアを一人で倒していたのだから問題はないか。
「おぉっ! ビッグホーンですか!」
「どうしたんですか、ヒロさん?」
「ビッグホーンの肉は高級品なのですよ。ぜひともシュティナーザまで持っていきたい!」
「……というわけだ。エリカ、やれるか?」
「当然ですよ!」
馬車から飛び降りたエリカは剣を抜いてビッグホーンに剣先を向ける。
「ビッグホーンの突進力は脅威です! 威力だけはDランクに匹敵しますよ!」
「わかりました、ヒロさん!」
腰を落としたエリカは腕を下ろすことなく剣先を向けている。
その行為が挑発だとビッグホーンは思ったのか、後ろ足で地面を削りながら鼻息を荒くすると、真っすぐに突進してきた。
砂煙が上がり、地面が抉れている。
それだけビッグホーンの脚力が異常だという事だ。
だが、相対しているエリカもその事には気づいており、それを目の当たりにしてもなお冷静に動きを見て把握していた。
「遅い!」
『ブルオオオオンッ!』
突進してくるビッグホーンを真正面から見れば、それだけでも相当な威圧感があるだろう。
それに対してエリカは自ら前進して間合いを詰めると、邂逅間際に素早く横へ体を移動させる。
すれ違いざまの一振りで首を落とし、ビッグホーンの巨体が勢いそのままに膝を折り、地面に転がった。
「ほら! できたでしょう、レインズ!」
「あぁ、さすがだよ」
ポンポンと前みたいに頭を撫でると、すぐにヒロさんに声を掛けて魔法袋に収納してもらう。
少し遅くなったが、行程が狂う程のものではない。
「さて、それじゃあすぐに出発を……って、どうしたんだ、エリカ?」
「……え?」
「いや、顏が赤いぞ? 体調でも悪かったか?」
動きにキレはあったし、万全のように見えたんだが、無理をさせてしまったか?
「な、なんでもないですよ!」
「そうか? ならいいんだが……一応、この後も馬車で休んでおけ。今日は俺が御者を務めてやるから」
「大丈夫ですってば!」
「いいや、休んでいろ。まだ顔が赤いじゃないか」
「~~~~っ! もう! レインズのせいなんだからね!」
……お、俺のせい?
エリカに何かをしたという自覚はないんだが……別に変な事も、変わった事もしていないしなぁ。
「お、おい、エリ――」
「いいですよ! じっくり、ゆっくり休みますから! 後はお願いしますね!」
「……お、おう」
馬車に乗り込んだエリカは奥に引っ込んでしまった。
顔をエリカからこちらに向けてきたバージルが何故かため息をついている。
「レインズ君、さすがに鈍感が過ぎませんか?」
「え? ヒロさん、何か知っているんですか?」
「……これはもう、どうしようもありませんね」
なんだ、いったい何なんだよ! 俺がいったい何をしたって言うんだよ!
「どうしたんだ? 師匠?」
「俺にはわからん」
「そうなのか?」
どうやら、俺の味方はギースだけのようだ。
……帰ったら、リムルにでも聞いてみるかな。
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