第19話:VSギレイン

 松明の前に移動すると、ギレインが木剣を肩に担いで俺の事を待っていた。


「ようやく来たか!」

「俺は逃げたいくらいなんですけど、負けるわけにはいかなくなりました」

「ガハハッ! メリースに何か言われたか?」


 ……まあ、その通りではあるんですけど、明確な理由は違います。


「だがなあ、俺だって自警団の隊長って肩書きがあるんでな、簡単には負けてやらんぞ?」

「だったら、模擬戦を中止するって選択肢はないんですか?」

「ねえなあっ! 俺は、戦いが大好きだからよう!」


 この人、戦闘狂かよ。


「レインズさん、これを使ってください!」


 木剣を持って横に来たのは、ギースだった。

 その顔は、誰がどう見ても模擬戦を楽しみにしている少年のものであり、ここで中止にでもなったら泣き出してしまいそうなものでもある。


「そんなに嬉しいのか?」

「そりゃあな! これで、親父が一週間は酒を飲まなくなる」

「お前! 親父が負ける前提で話を進めるんじゃねえよ!」

「親父が酔うと面倒くさいから言ってるんじゃないか!」


 その面倒くさい現場に、俺は巻き込まれているんですがねぇ。


「仕方ない。メリースさんにも言ったが、勝てる保証はないからな?」

「大丈夫じゃねえかな?」


 おい、ギレイン。親父の威厳はどうしたんだよ。


「それじゃあ、模擬戦の審判は僕が務めさせてもらおうかな」


 そう言って俺とギレインの間に立ったのは、ギレインと同年代くらいの眼鏡を掛けた男性だ。


「初めまして、レインズ君。僕はミリルの父親でクランキーと言います」


 とても丁寧な口調に、俺は驚きつつも差し出された手を握り返す。


「ミリルが危ない目に遭っているところを助けていただいたとか、感謝していますよ」

「いや、当然の事をしただけです」

「一応、私も自警団の一員なのですが、魔法師なのであちらの筋肉バカとは一緒にしないでくださいね?」

「おい! 聞こえているぞ、クランキー!」


 筋肉バカか……うん、非常に納得いく体格ではあるな。


「てめえも納得してんじゃねえぞ、レインズ!」


 む、顏に出ていたか。


「それでは、始めましょう。……両者、準備はいいですか?」


 クランキーさんは俺の前から移動すると、再び間に立って右腕を上げる。

 俺とギレイン、二人が頷いたのを確認すると、三歩後退してから――


「模擬戦――開始!」


 勢いよく振り下ろされたのと同時に、ギレインが突っ込んできた。

 その迫力は結構なもので、魔獣で例えるとDランクかCランクと同等のものがある。

 振り抜かれた木剣を受け止めると、衝撃でわずかに地面が沈み込む。


「俺の初撃を受け止めるか、なかなかやるじゃねえか!」

「これ、俺じゃなかったら、脳天かち割られてたんじゃないですかね!」


 鍔迫り合いを繰り広げながら、ギレインが目の前で笑う。

 俺は足腰に力を込めると、腕の力だけをわずかに抜いて刀身を逸らせる。

 力が抜けた事に気づいたのか、ギレインは即座に後退して体勢を立て直す。

 そこへ追撃を仕掛けようと前に出たのだが、地面を蹴り上げて砂利が俺の顔に襲い掛かる。


「親父! 汚いぞ!」

「戦闘に汚いも何もねえよ!」

「その通りだな!」

「うおっと!」


 体をわずかに引いていたので、こう来ることは予想していた。

 砂利を木剣で打ち払いつつ、前に出て袈裟斬りを放ったのだが、さらに飛び退いて回避されてしまう。

 だが、集まっていた観衆の壁がさらなる後退を防いでいるので、俺はギレインを追いつめた形になった。


「やるじゃねえか、レインズ! これは、俺も本気で掛からないと、マジで負けそうだぜ」

「本気じゃなかったんですか?」


 俺はこの模擬戦をさっさと終わらせたいと思い、軽い挑発のつもりで口にしたのだが――


「……へへ、面白いじゃねえか! いいぜ、これで決めてやるぜ!」


 この人、単純すぎる。

 大きく息を吸い込んだギレインは、目を見開くと先ほどよりも速く俺の間合いに入ってきた。


「スキル――ラッシュブレイド!」


 体力が続く限り、剣を振り続ける事ができるスキル、ラッシュブレイドか。

 なるほど、このスキルがあるから、ギレインは筋肉バカになったんだな。

 鋭く振り抜かれる一撃が全て、初撃と同等の威力を持っている。

 受けるのに一度でもミスをすれば、俺の負けが決定するだろう。

 広場には木剣と木剣がぶつかり合う音が響いている。

 俺は正面から受け止め、受け流し、打ち落とす事もあったが、ギレインは全てに対して素早く体勢を立て直し、再び木剣を振るってくる。

 体力に自信があるのだろう、1分以上が経過した今でも、ギレインの瞳には勝利を確信している炎が灯っていた。


「だが、俺も負けられないんでね!」


 実力は把握した。

 ギレインの実力は、エリカよりはやや強いものの、ガジルさんには及ばない。

 対人戦の経験は少ないが、ガジルさんとの模擬戦は嫌という程やって来ているんだ。


「そこだあっ!」


 ――バキッ!


 鈍い音が響き渡り、観衆の視線が音の出所に集まる。


「……嘘だろ、おい!?」

「……武器破壊とは、恐ろしい技術ですね」


 ギレインのラッシュブレイドを受ける際、俺は全く同じところに刀身をぶつけていた。

 そして、徐々に欠けていく刀身を見つめながら、最後にこちらからも木剣をぶつける事で武器破壊を行ったのだ。


「……こりゃあ、完敗だわ」

「勝者――レインズ君!」


 クランキーさんが声高に叫ぶと、観衆からは大歓声があがった。

 俺は小さく息を吐きながら、ふと感じた視線の先へ顔を向ける。

 そこにいたのは、満面の笑みを咲かせているリムルだった。

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