第10話:船上

 特に警邏からの嫌がらせなどもなく、俺はガイウスさんの船に乗ることができた。

 甲板に出ると、その時に護衛を紹介されたのだが、リムルさんが言っていた通りに専属護衛は一人しかいなかった。


「あたいはレミー。群小国家ライフアイランドで活動している冒険者だよ」

「レインズだ。魔獣が出ない事を祈っているが、もしもの時はよろしく頼みます」

「どうだろうね。よろしく頼むのは、あたいの方かもしれないしね」


 ウインク交じりの挨拶に、俺は苦笑を返すに止めた。

 どうやら、ガイウスさんから魔獣キラーの話を聞いているみたいだ。


「それじゃあ、あたいは持ち場に戻るから」


 そんな感じのやり取りを終えて俺が息をついていると、リムルさんが不思議そうに問い掛けてきた。


「レミーさんがよろしくって、やっぱりレインズさんはお強いんですか?」

「あの発言は、俺のスキルが原因ですかね」

「スキル、ですか?」


 アクアラインズから出航したし、伝えても問題ないだろうと魔獣キラーの事を説明した。


「――というわけで、俺はこのスキルが原因で解雇されたんですよ」

「……そんな、凄いスキルなのに?」

「国民性って言うんですか? まあ、そういう理由で国を出るんですよ」


 信じられないと言わんばかりの表情を浮かべながら、リムルさんは俺の事を見ている。


「……でも、魔獣を間引きしていたという事は、今のジーラギ国の魔獣は手強いのではないですか?」

「そうですね。しかし、何度も進言して、それを全て突っぱねられてしまったんです。……正直、俺にはどうしようもなかったんですよ」


 ガジルさんも頑張ってくれたが、それでも俺の言葉は届かなかったのだ。


「まあ、王都のジラギースには、俺よりも強い兵士や騎士がいますから、きっと何とかするんじゃないですかね」

「……そうですね。すみません、レインズさん」

「どうしてリムルさんが謝るんですか?」

「その、辛い話をさせてしまったので」


 ……辛い?


「別に辛くないけど?」

「……そうなんですか?」

「あぁ。生活するために仕事をしていただけで、苦しい事なんてなかったし。まあ、不当解雇を言われた時はイラついたけど、今では自由になれて嬉しくもあるかな」


 意外や意外、今の俺はとても晴れやかな気分になっている。

 こうしてジーラギ国から外に出て、船の上にいる。

 これだけでも驚きの開放感なのだが、リムルさんやガイウスさん、レミーさんと言った人と知り合う事もできた。

 門番として20年間勤めてきたものの、親しくなれたのはガジルさんとエリカの二人だけ。

 にもかかわらず、解雇されてたった一日で三人もの人と知り合えたのだ。

 ……まあ、ガイウスさんとレミーさんを数に入れていいのかは疑問が残るところだが、船旅の間に親しくなれればいいだろう。


「……でしたら、もっと多くの場所を訪れたいのではないですか?」

「ん?」

「その、ウラナワ村は、田舎ですし、若者が出て行きたくなるような場所です。……移住しても、面白くはないかと」


 ……あぁ、そういうことか。


「いや、いいんだよ、リムルさん。俺は、俺が役立てる場所に行きたいと思っていたからな」

「……でも」

「魔獣キラー。魔獣を討伐して生計を立てるウラナワ村でこそ、役立てると思わないか?」


 ニヤリと笑いながら、その頭をポンポンと優しく撫でる。

 先ほどまで泣き出しそうな表情を浮かべていたリムルさんだが、今では顔を真っ赤にしていた。


「あっ! す、すまん! これは、その、後輩にやっていた奴で、思わず!」


 エリカの頭をよく撫でていたから、同い年くらいだと思ってついつい撫でてしまった。

 こんなおじさんに頭を撫でられても嬉しくないだろうし、下手をしたら嫌われるかもしれない!


「い、いえ! その……嬉しい、です」

「……そ、そうか。なら、良かった、のか?」


 とはいえ、ずっと撫でているわけにはいかないのですぐに手をどける。


「あ……」


 何故に名残惜しそうなんだよ。


「そろそろ部屋に戻るとするか」

「そ、そうですね! あは、あははー!」


 照れ隠しだろうか、リムルさんはやや大きな声でそう答えると、すぐに歩き出した。しかし――


『――グギュルガガアアアアアアアアッ!』


 船体を震わせるほどの大声量が、遠くの空から聞こえてきた。


「レ、レインズさん、今のは?」

「おいおい、まさか出航からいきなりの襲撃かよ!」


 剣を抜いたのと同時に、先ほど別れたレミーさんが船室から甲板へ飛び出してきた。


「レインズ! 魔獣だ!」

「わかっている。リムルさんは部屋に戻っていてくれ」

「で、でも」

「ここは戦場になる。戦場にお似合いなのは、戦える奴だけだからな」


 心配そうにこちらを見つめるリムルさんに、俺は笑みを返す。


「リムルさんは、俺たちの無事を祈っていてくれ」

「……わかりました。二人とも、ご武運をお祈りいたします!」


 そう口にしたリムルさんは駆け足で船室の中に向かった。

 ……さて。俺は俺の仕事を全うするとしますか。

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